エピローグ: 名探偵は誰だった?

「荒俣堂二郎、か……」

と、マサが呟いた。

「何?マサ君、独り言なんかいって……」

と、ルミが尋ねた。

文化部の発表会の翌日、学校は振替休日だ。ルミは、みどりやヒロには黙って、マサをサークル活動の一環といって、学校近くのパーラーに呼び出した。つまり、内緒でデートを企てたのだ。マサには、みどりもヒロも用事がある、と嘘をついている。マサには、小学5年生の『美少女』の従妹がいて、マサはその『オト』という娘に片想いなのは知っている。だが、まだ子供、というより、ガキだ!最近自分は、バストも大きくなったし、女性としての色気も出てきた、と思っている。その女の魅力で、今のうちに、マサと深い関係になろう!うん!『あなたにわたしの一番、◯◯な、ものをあげるわ~』と、誰かの歌を口ずさんで、リップクリームを塗ってきたのだ!

それなのに、小さなテーブルの対面にいるイケメンは、まったく、ラブロマンスのカケラも感じさせない!

(もう少し、大きなテーブルで、隣合わせに座ったらよかったわ!そしたら、さりげなく、マサ君にタッチして……、きゃぁ!わたし、何、考えてるの?昨日、恋愛小説の変な場面を読んじゃったからね……!従兄のシゲルに借りたけど、あれ、ポルノ小説だったんじゃあないかしら?男女のきわどい場面ばかりだったけど……)

「ほら、昨日、キンちゃんが、変なギャグをいっただろう?」

「エッ?何の話?」

妄想シーンをマサの言葉が遮った。それは、ルミ自身が投げかけた、質問に対する答えだったのだが……。

「あれは、ダイマル・ラケットのギャグだったのかな?『あら、また、どうじゃろかい!』ってやつさ!」

「あ、ああ、そうね!下らないギャグだったわね……」

「あれをもじって、『荒俣堂二郎』って名前は、どうだろうと思ったんだ!」

「アラマタ、ドウジロウ?何?誰の名前?」

「名探偵の名前さ!明智小五郎や、金田一耕助のような、シリーズものの名探偵の名前さ!」

「ああ、小説の主人公の名前ね?でも、そんな、駄洒落みたいな名前で、大丈夫?」

「海野十三の名探偵は『帆村荘六』といって、『ソウロク・ホムラ』、シャーロック・ホームズの駄洒落みたいな名前だし、天下の江戸川乱歩は、エドガア・アラン・ポーのモジりだよ!」

「どちらも、超有名人のモジりだよ!ギャグの、しかも、『吉本好き』しか知らないギャグだよ!」

「だからいいのさ!マニアックだろう?」

「マニアック、ね……?確かに……誰も気づかない、と思うわ……」

「よし!名探偵『荒俣堂二郎の冒険』を書くぞ!ルミさんのマープル、じゃあない、『マーばあちゃんの冒険』に負けないやつをね!オトを見返してやるんだ!僕にだって、ミステリーは書けるってことを証明してやる……!」

マーばあちゃんというのは、ルミが創作した、ミステリーの主人公。素人探偵の名前だ。本名『森真麻(もり・まあさ)』森鴎外の娘という設定だ!──もちろん、架空の人物──鴎外が、ドイツ人女性との間にもうけた、ハーフである。クリスチャンで、教会のマザー。だから、チェスタトンのブラウン神父ものを彷彿させるのだ。

「マサ君、ミステリーを書くつもりなのね?オトちゃんを見返す、って、マサ君は、今回の事件で、鮮やかに謎を解いたわ!それって、ミステリーを書くより、凄いことだと思うけど……?」

「それなんだけど、ね……。実は、事件の謎を解いたのは、僕じゃあなくて、ほとんど、オトなんだよ……」

「ええっ!あの『美少女』で『成績優秀』で『全校のアイドル』で、『ラヴレターが下駄箱から溢れる!』っていう、小学5年生が……」


「あっ!やっぱりここにいたわ!ヒロ!わたしの推理も、たいしたものでしょう?」

パーラーの入り口から、三人の男女が入ってきた。先頭の女性は、みどりだ。後ろから、ヒロと、『美少女』のカオルが入ってくる。

「まあ、デートするなら、ここしかないよね?校則で、喫茶店は入店禁止だから、パーラーで……ってことになる……」

と、ヒロがいった。

「でも、ヒロ先輩は、『オクテのマサがデートに誘われても、オッケーするわけないじゃん!』って、否定していましたよ?」

と、カオルがいった。彼はもう、『美少女』とは呼べない。髪型をマサと同じくらいのスポーツ刈りにしている。だから、美少年なのだが、美少女時代のオーラは感じなくなっている。

「ああ、たぶん、マサは、デートじゃあなくて、『ミステリー同好会』の打ち合わせ、とか、なんとか言われたんじゃないかな……?」

「ああ、それはあり得ますね!ルミ先輩なら……」

と、カオルがルミに訊こえないように、小声でいった。しかし、最初のみどりの声を聞いてから、ルミは、耳が象の耳になっていたのだ。カオルとヒロのヒソヒソ話もバックグラウンドミュージックより、はっきりと聴こえていたのだ。

「デートじゃあないわよ!ヒロの推測どおり、打ち合わせよ!次の同人誌に載せる、小説についてね!ヒロのカーの模倣作品の評判が今一だったから、マサ君に執筆を頼みたいのよ!今回の事件をちょっと、脚色してね!名探偵の名前は、そう、『荒俣堂二郎』に決まったわ!」

ルミは、咄嗟に考えついたデタラメを語った。しかし、そのデマカセは、皆を納得させてしまった。

「いいね!絶対ウケるよ!何せ、自分たちの身の周りで起きた出来事だから、発行部数が稼げるよ!」

「そうですよ!僕なんか、まだ事件の全貌は知らないのですから……。マサ先輩が、どうやって、あの結論を導いたのか?その過程を知りたいです!」

「カオル君、真実は知らないほうが、いい場合もあるのよ……」

「ルミ、それ、どういう意味?」

「今回の事件の謎を解いたのは、マサ君じゃなくて、マサ君の従妹のオトちゃん!小学5年生の少女だったんだって……」

「ええっ!あの『美少女』で『成績優秀』で『全校のアイドル』で『下駄箱からラヴレターが溢れる』っていう、あのオトちゃんが……?名探偵は、小学5年生……?」

「それ、いいぜ!新しい名探偵の誕生だよ!『安楽椅子探偵』だぜ!絶対、受けるよ!『荒俣堂二郎』なんて名前の探偵よりも、ね……」


「それで、マサさんがミステリーを書くことになったの?」

県立図書館のテーブルに向かい合う形で会話をしているのは、マサと小学5年生の『美少女』だ。

「原稿を渡したんだけど……、ルミさんが、顔をしかめて……『ちょっと、意味不明な点が多いわね……。書く方は、結論──事件の真相──を知っている。読者にそれを隠そうとするのよ……。それが顕著に出てしまって、話の流れがよくわからなくなっているわ……』って言われた……」

と、マサが落胆したような声で答えた。

「まあ、マサさんの中学校時代の作文を見ても、文才はないわね……。ルミさんも困ったでしょうね……」

「ああ、結局、ルミさんが手直しすることになった……。ほとんど、書き直しだな!締め切りがあるからね……」

「それで、主人公は?マサさんがモデルなの?」

「まあ、表面上の探偵役は、僕がモデルらしい……。でも、最後にどんでん返し、というか、美少女の妹が実は謎を解いたっていうオチになっている……」

「妹?従妹じゃあなくて?」

「そう!ヒロ君に言わすと、ルミさんは、小説の中でさえ、僕と美少女──つまり、オト──が恋愛関係になってしまうのが嫌なんだってさ!次のシリーズで、自分がモデルの探偵助手と主人公の『荒俣堂二郎』とが、恋人になるシチュエーションを考えているって言ってた……」

「ヘエー?現実の世界でも、荒俣と美少女は、恋愛関係なんかには、ならないのに、ね……」

「そ、そうだ……ね……」

「でも、わたしの仮説があんなに当たるとは、思わなかったわ!だって、わたし、時計台の中がどんなか、知らないのよ!ただ、時計台が事件の重要なアイテムになったら、面白いな、と思っただけなんだ!」

「ええっ!誰かが、時計台に秘密の品物を隠していて、それを取り出したところを見つかった場面をみどりさんが目撃。証拠隠滅のために、屋上から放り投げたのを、飛び降りた、と勘違いした、って推理は……、小説として、面白いと、思っただけなのか……?」

「まあ、飛び降りはなくて、ものが落とされて、下にいた男性がそれに関わっていることは、すぐにわかったわよ!ただ、そのものが何だったかは、わからないよ!だから、その部分は、空想よ!そこに、素敵な時計台という、アイテムがあるんだから……ね?」

「それで、『前日か、その少し前に、時計台を修理したことがあって、その隙に秘密のものを隠した生徒がいる。その生徒とコンビの生徒が事件の犯人よ!そして、そのふたりは、松坂という先生の担任か、クラブの生徒。ただし、時計台の鍵を開けられる、もうひとりの人物がいるわね……』っていったのは、オトの創作した、ストーリーだったのか……?」

「うん!面白いでしょ?アガサ・クリスティ風で……」

「じゃあ、救急車の謎は?」

「あれ?マサさんに、『シゲ叔父さんに頼んで、救急車の発動履歴を調べてもらえば?』って、いったら、結果が出たでしょ?『隣の女子校の生徒……』。その言葉、ルミさんの事件の説明の時に訊いた覚えがあるのよ!『女タラシ』の丸山が、『隣の女子校の生徒を孕ませた!』って……」

「ル、ルミさん!オトにそんなことまで話したのか?小学5年生に……」

「そうよ!ルミさん、小説家の才能があるから、凄くわかりやすい表現で説明してくれるの!だから、あんなお姉さんが欲しい!って、マサさんにいったのよ……」

「おまえ、『孕ませた』って意味、わかるのか……?どうやって、孕ませたのか、も……?」

 と、マサが図書館の周りの人たちを気にしながら、小声で尋ねた。

「まあ、何となくね!ミステリーには、つきものよ!妊娠くらいは、小説にたくさん書かれているわ!」

「ああぁ!典型的な、『耳年増』だ……」


「できたわよ!『ミステリー同好会』の第二回の同人誌!『学園ミステリー特集』!さあ!売るわよ!まず、子泣きジジィに十部は買ってもらうし、ポン太と、ジャイアンと、ハゲタカと、水素には、五部ずつ!そうだ!砂かけババァと、キンちゃんにも、数冊は売れるわね……」

三学期の終わり近く。卒業式に間に合うように、同人誌は完成したのだ。サークルの部長役のルミが、高らかに宣言したのだ。

「タダで、贈呈しないのか?」

と、ヒロが不思議な顔をして訊いた。

「ナニいっているの?印刷費──インクや用紙代──に、製本!費用がかかっているのよ!」

「でも、ほとんど、学校の備品庫にあったものだぜ!印刷も、学校の機材を使ったし、まあ、原稿用紙や、鉛筆、消しゴムは、自前だったし、参考にした、ミステリーの解説本は、皆の小遣いで買ったけど……。それも、サークルの部費が支給されるか、学校の図書費が出るか、ってハゲタカが手配してくれたよ……」

「ナニよ!一番の費用は、原稿料よ!執筆した人に、お礼をしないといけないでしょう?」

「執筆者?ほとんど、サークルのメンバーだぜ!ひとり、何役ものペンネームを使ったけど……。外部は、番長の父上、PTAの会長さんに、巻頭の挨拶文を依頼。『美少女』のオトちゃんに、メインの創作ミステリーの主人公のモデルということで、お薦めのミステリー、ベストテンを書いてもらっただけだぜ!」

「わたしたちの労力に対する、報酬よ!打ち上げは、回転寿司、食べ放題よ!」

 と、ルミが本音を語った。

「ああぁ、女性陣ふたりの欲望か……?いけねぇ!女性といえば、俺、手紙を預かったんだ!」

「手紙?誰から?誰宛ての?」

 と、できたての同人誌のページを捲っていたみどりが、急に興味を示して尋ねた。

「ほら、演劇部へカオル君と一緒に入部した女の子だよ!『スズカさん』って名前らしい……」

「へぇ?じゃあ、カオル君宛てなの?」

「そうだろう?宛て名は書いてないよ!ただ、『これ、お願いします!』って渡されたんだ……。あっ!カオル君!待っていたよ!スズカさんから、手紙を預かったんだ!ラヴレターかな……?」

ちょうど、話題の本人が、部活に利用している、図書室にやってきたのだ。早速、スズカから預かった、ピンクの花柄の封筒をカオルに差し出した。

「ラヴレター?スズカが僕に?あり得ませんよ!一度告白したんです!僕と付き合ってくれって……。その時、はっきり、断られましたよ!全然、タイプじゃない!って……彼女、『さんま』みたいな、面白い人が好きだそうです!」

「じゃあ、誰宛て?」

「たぶん、ヒロ先輩宛てですよ!先日の漫才が、かなりウケましたからね!お笑い好きの女子に、ヒロ先輩、好感度が上がってますよ!」

「ええっ!あり得ない!ヒロが下級生からラヴレターをもらうなんて……。この前のバレンタインは、わたしとみどりの『義理チョコ』だけだったわよ!マサ君は、十いくつか、『本命チョコ』を手にしていたけど、ね……」

「ああ、マサ先輩も、漫才で知名度がアップして、イケメン好きは、マサ先輩のほうに手を上げますね!」

「じゃあ、このラヴレター、マサ宛てかもしれないな……?」

「ナニ弱気な発言をしているんです?スズカが本人以外にラヴレターを手渡すわけがないでしょう?かなり、強気で、しかも、モテているんですよ!」

「確かに、パッと目、美形で可愛い娘だった……。ええっ!生まれて初めてラヴレターをもらったぞ!家宝にするぞ……!」

「ナニ馬鹿なこといってるの?ちゃんと中の文章を読んで、返事をしなくちゃ!」

「いや!ラヴレターじゃあなくて、ただのファンレターだったら、イヤだ!」

「あっ!『脅迫状』かもしれないよ!カミソリとか、入っていたりして……」

「みどり!それは、言い過ぎ!たぶん、漫才がつまらなかったって、ダメ出しの手紙ね!お笑い好きには、あれは『漫才』とはいえないでしょうから……」


「ヒロさんから、年賀状よ!ヒロさん、スズカさんと、婚約して、同棲をしているんですって……!」

「ああ、暮れに大掃除で見つけた、高校時代の同人誌の件だね?そういえば、スズカさん、新学期から、『ミステリー同好会』に入会して、それと、関係ないけど、イジメにあっていた、『片桐エイタロウ』も入会したんだ。スズカさんはヒロと付き合うようになったんだ!ヒロは、もうスズカさんにメロメロで、ルミさんもみどりさんも、呆れていたよ!」

「ルミさんは、マサさんが好きだったんでしょう?お付き合いしなかったの?」

「それが、僕の文才のなさにガッカリして、イケメンの大学生と付き合い出したんだ!」

「みどりさんは?」

「驚くなよ!」

「わかった!カオル君と付き合うことになったんだ!」

「ええっ!何でわかるんだよ!まさか、このスターシャが、未来予知をしたんじゃないだろうな!」

「ミャァー!マサ!わたしは、そんなクダラない、未来予知なんかしないわよ!バカねぇ!ヒロ君の年賀状に、高校時代の同好会のメンバーの近況が書いてあったのよ!」

と、座布団に丸まっていた、両眼の色が違う──所謂(いわゆる)オッド・アイの──白い子猫が、人語で答えた。

「フウン!三年前の事件か……?これがその時の同人誌だね?」

と、当時小学2年生だったリョウが、大掃除で見つけた、同人誌のページを捲りながらいった。

「なになに、タイトルが『そして、誰も、居らんなった……』だって?ダサイ!アガサ・クリスティの傑作のパクリと思われるよ!僕なら、『荒俣堂二郎の回想』にするな!この前の事件が『荒俣堂二郎の冒険』ならね……」

「そうだ!ルナちゃんのおばあさんからの探偵依頼は?」

「それは……、これからだよ……!」

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