第十章 『ミステリー同好会』に、お達しが下る

「君たち、えーと、『ミステリー同好会』か……は、いったい何がしたいんだね?」

そう尋ねたのは、小柄な頭に髪の毛は、ほとんど残っていない、五十代終わりくらいの男だ。一高の校長で、あだ名は『子泣きジジィ』だ。場所は校長室。時間は、もう下校時間を過ぎている。つまり、文化部の発表会が終わり、生徒も父兄も帰って行ったあとの時間帯だ。

部屋には、かなりの人間がいる。『ミステリー同好会』のメンバー五人、教師陣は、教頭(=ポン太)、指導主任(=ハゲタカ)、ヒロの担任の『水素』、『砂かけババァ』、『キンちゃん』と、事件の当事者の『ジャイアン』だ。

生徒は、『女タラシ』『イジメられっ子』『A』と『B』だ。不良は、見事に『トンズラ』している。もうひとりの人物は、PTA会長だった。

「そうですね!ズバリ言うと、真実を隠すってことが嫌いなんです!しかも、陰湿な隠蔽工作をしていることが、ね!我が校が好きだからこその、告発ですわ!」

と、『ミステリー同好会』の会長が、臆せずにいった。

「あんな形、あんな場所で告発する必要があったのか?」

と、ハゲタカがいった。彼は、一応、顧問なので、責任問題になりそうなのだ。

「はい!うやむやに、されないようにです!」

「しかし、顧問のわたしに、事前の相談もなかったぞ!」

「相談したら、止められたでしょうね?」

「まあ、いいじゃあないか!この子たちの言い分は最もだ!PTA会長のわたしにも、隠していた事実があるんだからね……。すべての話が真実なら──どう考えても真実としか思えないが──我が校の体制に大きな問題がある!ということだよ!ねぇ、梅沢先生……?」

「本当ですわ!片桐君へのイジメも大問題なのに……、時計台にこんなハレンチな写真を隠すなんて……、天皇陛下のご御影があった場所ですよ!昔なら、切腹ものですよ!」

と、『砂かけババァ』が興奮気味にいった。

「シンスケ君!この写真は君が持ち込んだ物かね?」

半透明のプラスチックの板に挟まれた、外国男性の上半身裸の写真を指差して、『子泣きジジィ』がいう。その裏には、映倫の検査には、合格しない映像が写っているのだ。

「は、はい……」

と、俯いたまま、小声で、サッカー部のゴールキーパーがいった。

「松坂先生!先生は、ご存知だったんですか?サッカー部の顧問でしょう?」

と、『ポン太』が問い詰める。

「は、はい!しかし、このふたりは、県の選抜メンバーに選ばれていまして……、こんな些細なことで、メンバーから外されたら……」

と、おどおどしながら、言い訳を語った。

「こんな些細なこと?松坂先生!このふたりは、片桐君をイジメていたんですよ!しかも、陰湿な、写真を強迫の材料にして……!もう、犯罪行為ですよ!」

『砂かけババァ』は、片桐エイタロウの事件が一番肝心なのだ。

ジャイアンは、無言で俯いた。

「校長先生!このふたりは、停学、いえ、退学処分が最適な裁定ですわ!」

「まあ、梅沢先生、一時の興奮で、未来のある生徒を裁定してはいけませんよ!ただし、停学は、仕方ないでしょうね……」

と、番長の父親がいった。

「俺は、シンスケに誘われただけです!そりゃあ、片桐君をイジメていた、シンスケを止められなかったし、怖くて、告発もできませんでしたけど……。反省しています!停学は、勘弁してください!」

と、『B』がいった。

「おい!ツバサ!裏切るのかよ?」

と、シンスケが驚きの声をあげる。

「ツバサ君!君の罪は、ほかにもあるのよ!」

「なんだよ?みどり!ほかの罪って?」

「わたしたち、ひとつだけ、真相を隠していた、いえ、事実と違う言い方をしたのよ!誤解を招くような、ね……」

と、ルミがまず、言葉を発して、みどりに続きを促した。

「丸山君!あなたに罪を擦り付けたけど、松坂先生の娘さんを妊娠させたのは、あなたじゃなくて、ツバサ君だったのよね?ふたりで、レイプしたけど、あなたは、ちゃんと、スキンを使った。『女タラシ』の常備品だし、それが、あなたのある意味、ステイタス?プライドかしら?でも、ツバサ君は、焦って、スキンを着けずに、その行為をした……」

「う、嘘だ!俺は、『中✕し』は、していない……!」

「ほらね?自白したでしょう?松坂先生!これでも、この『ろくでなし』たちを庇いますか……?」


「よおぅし!、シンスケ、ツバサ、それにリョウマの三人は、しばらく、自宅待機だ!追って、裁定を下すから、それまで外出禁止だ!」

子泣きジジィが、そういうと、名前を呼ばれた三人は、無言で頷いて、キンちゃんに促されるように、部屋をあとにした。

「さて、松坂先生も、裁定があるまで、自宅待機してもらいますよ!教育委員会に、報告しないといけないかもしれませんからね……」

「はい!わかりました……」

と、ジャイアンは、小さな声で答えて、立ち上がり、深く一礼して、校長室をあとにした。

「まあ、この子たちのおかげで、娘さんに乱暴した犯人が、わかったのだから、彼にとっては、かえってよかった結果だったよ……」

と、PTA会長がいう。

「しかし、ルミ君、君たちはよく、今回の事件の真相を掴んだね!どうやって、真実にたどり着いたのか、もう少し詳しく話してくれるかな……?」

と、子泣きジジィが尋ねた。

「真相を掴んだのは、マサ君です。マサ君!君から、説明してくれるかな?」

と、ルミがマサに促した。

「講堂の舞台の上で漫才形式で話したように、用務員の長谷川さんから、期末試験の前々日に、時計台の修理をしたこと。その時、屋上で、サッカー部の部員が二名、トレーニングをしていて、帰り際に、顧問の松坂先生も、屋上にいたことを訊いたのです」

「しかし、それなら、普通のトレーニングをしている場面としか、思えないだろう?それが、翌日の、みどり君が見たという、自殺行動に見えた男子生徒と、どうして結びつくんだね?」

「松坂先生が、みどりさんの行動──噂を広めるということ──にあまりにも、意識し過ぎていたからです。不安に駈られていた、ともいえます。屋上から飛び降りたものはいない!ならば、単なるイタズラか、あるいは、証拠隠滅の行動か、としか思えない。そのいずれにしても、隠す必要はありませんよね?職員会議ではなくても、何人かの先生方には、伝えるのが、普通ですよね?生徒指導主任の近森先生も、最古参の梅沢先生も、教頭先生も、まったくご存知ない!ならば、隠さなければならない出来事だった!番長が喫煙したのを隠したのと、似ていますよね……?松坂先生が隠さなければならないことなら、それは、サッカー部の部員が絡んでいる、と考えたのです……」

マサは、サッカー部員の同級生のテツオにサッカー部の現況を訊いた。期末試験の前々日にトレーニングをしたい、と申し出たのは、ゴールキーパーのシンスケと、ミッドフィルダーのツバサだったとわかった。ふたりは、県の選抜メンバー入りをして、来年の国体の強化選手となっていること、それでふたりは『天狗になっている!』と、話した。

「マサ!これは、極秘の話だけどな!ツバサたちは、不良の桜井たちと、協定を結んでいて、タバコを隠れて吸っている。ツバサたちが喫煙中は、不良たちが、先生の行動を見張っているんだ!それだけじゃない!『女タラシ』の丸山とも、手を結んでいる。タバコの仕入れ先は、丸山かららしい!それと、夏休みの合宿の頃だったけど、ツバサが、得意げに話したことがあるんだ!『俺、丸山のおかげで、初体験をさせてもらったぜ!相手は、処女だったんだぜ』って……ね」


「長谷川さんに、ツバサとシンスケの写真を見せると、間違いなく、屋上でトレーニングをしていた生徒だと、証言してくれました。それから、時計台の鍵を開けて、中を調べさせてもらったんです!時計台の中に、長谷川さん以外の靴跡が三つ。その足跡の先に、一枚のグラビア写真が、壁の棚の陰に引っ掛かっていたんです。それが、そこにある、外人男性の写真です!足跡のふたつは、サッカースパイクの靴跡で、大きさが違う。ツバサは、167センチ。シンスケは、190センチくらいあるから、足跡の違いも、状況証拠になったんです!ただ、どうやって、翌日、南京錠を開けれたのか?その時はわからなかったのですが、不良仲間から、桜井が、最近、鍵を開ける研究をしているって訊いて、ピンときたんです!三つ目の靴跡は、桜井のものだと、ね……」

「フムゥ!桜井も、職員会議で処分の対象にしないといけないな!」

と、ハゲタカがいった。

「それで、みどり君が見た、植栽の低木に乗っかかるように倒れていたのは、ツバサらしいが、どうして、ツバサが倒れていたのかね?」

と、子泣きジジィが疑問点を提示する。

「屋上にいたシンスケが、時計台から取り出した、写真を自分のナップサックに入れて、証拠隠滅のために、下にいるツバサに放り投げたんです!ただ、そこには、電気や電話の線を校舎内に取り込むための、庇があって、ナップサックは、その庇に当たって、軌道が変わったんです。ツバサは下にいて、それを受け取ろうと、手を伸ばす。ところが、その前方に低木があって、身体がその上に乗る羽目になった。ナップサックを掴んで、低木から降りようとした時、『キャアー!』という悲鳴が響いた。みどりさんが現れたんです。ツバサは、咄嗟に死んだ振りをするしかなかったんですよ……」

「そのすぐ後に、屋上から、階段を駆け降りてきた、松坂先生がわたしを現場から、遠ざけたんです!これが、真相です!」

と、最後の部分は、みどりが説明したのだ。

「ちょうど、そのタイミングで、隣の女子高生が倒れたため、救急車が発動したんですけどね……」

と、今度は、ヒロが話を付け足した。

「その女子高生が、松坂先生の娘さんだったのか……?」

「しかし、松坂先生の娘さんに不埒な行為をしたのが、ツバサだと、どうしてわかったのかね?サッカー部の同級生の話では、相手の女性が誰だか、特定はされて、なかったようだったけど、ね……」

「娘さんが入院している病院に、お見舞いに行きました。彼女の従姉と一緒に……。彼女を襲った男は、学ラン姿のふたり組。顔には、仮面を付けていたようです。ただ、乱暴されている時、ひとりの持っていたスポーツバッグの中身がサッカーボールだとわかったんです!」

「ほう?中身を見ずに、わかったのかね?」

「ええ、彼女はバレーボール部のマネージャーで、毎日、バレーボールを触っています。弟がバスケットをしていて、家にはバスケットボールもあります。お父さんは、元ラグビー選手で、今はサッカー部の監督。サッカーボールも家にあるそうです。だから、ボールの大きさや、硬さで、ボールの種類がわかるのです!」

「なるほど、犯人のひとりは、サッカー部員と、わかった……。しかし、ツバサだとは、わからないはずだ……?」

「バッグを持っていなかった男から、甘い香水の匂いがしたそうです!彼女は、その匂いを知っていた。学園祭の時、友達と一緒に我が校に来ていて、その時、その友達から、丸山の噂を訊いたのです!すれ違った時の香水の匂いを覚えていたのですよ!そして、もうひとりの男は、明らかに、丸山より背が低かったそうです!丸山は、180センチくらいありますからね……。だから、サッカー部の問題児のふたりのうち、背の高いシンスケではない!ならば、もうひとりのツバサだと考えられる!彼がテツオ君に漏らした『自慢話』とも、合致するのですから……」

「だから、わたしが先ほど、ツバサに『カマをかけて』自白させたのですよ……」

と、ルミが自慢気にいった。

すると、ルミの前に戻ってきていた、キンちゃんこと、安藤先生が、驚いたように、

「あら、また、どうじゃろかい……」

と、漫才師の『中田ダイマル』の物まねをしたのだった。

「荒俣?堂二郎……?」


「さて、事件の全貌がわかったところで、処分の話をしなくては、いけないな!去年の春に、わたしが校長として赴任してから、生徒の自主性を重んじてきたが、それがかえって、不正行為を見逃すことになったようだ……」

「そうですわ!生徒たちは、まだ子供です!厳しく、指導するべきですわ!」

「梅沢先生のおっしゃるとおりです!生徒指導主任として、今後はもっと校則違反を取り締まります!」

子泣きジジィの発言に、砂かけババァとハゲタカが、賛同の言葉を重ねた。

「いや、生徒の自主性は大事ですよ!この『ミステリー同好会』の連中の、自主的な行動がなければ、今回の事件は、うやむや、闇の中でしたからね……」

と、『水素』が初めて意見を述べた。

その時、校長室の扉が急に開き、女子生徒が飛び込んできた。

「広瀬先生!いけません!こいつらを英雄扱いしては……。こいつら、校則違反をしているんですよ!」

と、興奮した口調で喚き声を上げる。

「なんだね!君たちは……?」

と、ハゲタカが立ち上がりながらいった。女子生徒の後ろには、もうひとり、学ラン姿の生徒が立っていたのだ。

「僕らは、生徒会の代表です!生徒会長が受験で……、代わりに、二年G組のクラス委員の僕らが、生徒会の意見を持ってきました!」

そういったのは、ルミやヒロの同級生、クラス委員のケンだ。隣には、興奮気味のユリが立っている。

「生徒会の意見?まあいい、入りたまえ!」

と、子泣きジジィが横柄にいった。

「失礼します……」

と、いいながら、頭を下げて、ふたりは、ソファーに座る。

「わたしたち、ツバサ君と、シンスケ君の処分について、嘆願にきました!確かに、彼らは、校則違反をしています!けれど、彼らにかけられた期待、それに対するプレッシャーは、我々には想像できないほど、大きく、重いものだったはずです!不良たちの誘惑に乗って、喫煙したり、冗談半分だった、片桐君への要求が、イジメだ、と思われたりして、彼らを追い詰めていったんです!松坂先生もそれがわかっていたから、不問にしようとしたのに!こいつらの所為で……!」

「片桐君への要求が、冗談半分だった、ですって!何いっているの?犯罪行為なのよ!」

と、砂かけババァが興奮していった。

「しかし、彼らは、校則違反をしているんだよ!それなりの処分は、受けないと、ね……!」

と、子泣きジジィがいう。

「ええ、何らかの処分は、仕方ないと思います!けれど、サッカーが続けられないとか、県の選抜メンバーから、外されるようなことには、ならないようにお願いします!校則違反なら、こいつらも処分してください!」

「このメンバーがどんな校則違反をした、というのかね?」

「まず、無断で、時計台に入っています!事件の調査なんて、後づけです!」

「それと、もっと重大な違反をしています!生徒会のクラス委員の名簿を勝手に利用して、全クラス委員に電話をしたのです!」

と、ケンがユリの発言に追加の言葉を加えた。

「全クラスではないわ!あなたたちには、していないわ!それに、どちらも、正義のためよ!校長先生が春の始業式でおっしゃったわ!『生徒諸君!正義感を持って、日々の行動をして欲しい!』とね……。隠し事や、悪事の証拠隠滅なんて、わたしたちは許せないのよ!」

ルミが、クラス委員の言葉に反論した。誰も、その言葉には反論できなかった。

「それにしても、ユリはツバサ君にカタを持つのね?」

と、みどりが沈黙を破った。

「やっぱり、あの噂は本当だったんだ!ユリとツバサが、夏休みの終わりに、郊外の『モーテル』から、出てきたのを見たって、噂は……」


「さてと……、本当にいろんなことが明るみに出た一日だったな……!とりあえず、もう遅いから、君たちの処分だけでも、決めておこう!」

ユリが、みどりの言葉に反論できず、真っ赤な顔をして、部屋を飛び出し、慌てて、ケンがその後を追って行った。一段落して、子泣きジジィが、会話を始めたのだった。

「まったく!最近の女子生徒は、節操がなくて……!異性行為の恐ろしさをもっと授業で教えるべきですわ!みどりさんは、大丈夫よね?」

と、砂かけババァが、お気に入りのみどりに確認した。みどりは、『はい!』とは、答えられなかった。

(どういう意味で『大丈夫』なの?知識が豊富だから?)

と、隣でルミは首をひねっていた。

「さて、マサ君は無断で時計台に入った罪!ヒロ君は、生徒会のクラス委員の名簿を使って、電話をしたことだったね?それが『正義のためだ』としてもだ!」

「はい!処分に値するのなら、清く処分に従います!」

「マサ君!あなたに罪はないわ!事件の捜査をお願いしたのは、わたしよ!わたしに罪があるわ!」

「ルミ!それなら、最初に事件の捜査を依頼したのは、わたしよ!先生!罪はわたしだけに与えてください!マサ君は、刑事の息子です!正義感の固まりなんです!罪なんかありません!」

「みどり君!仕方ないよ!連帯責任さ!僕は、甘んじて、処分を受けるよ!」

「ヒロ先輩!僕もですか……?」

と、最後に、『美少女と呼ばれた』カオルが困惑した表情でいった。

「ハハハ!いや、失礼!君たちは、本当にユニークだな!こんな生徒が我が校にいるとは……!わたしは嬉しいよ!」

と、子泣きジジィがいった。

「わたしの担任している子ですからね!」

と、『水素』が胸を張る。

「いや、広瀬先生!クラブの顧問は、わたしですぞ!」

と、『ハゲタカ』が自慢気にいい放った。

「まあ、マサ君の時計台に入った、という校則違反は、用務員の長谷川さんの許可を受けているから、問題ない!ヒロ君の生徒会名簿を使った電話も、名簿は誰でも閲覧できるものだ!それを使って電話してはいけない、という、校則など存在しないよ!だから、君たち『ミステリー同好会』には、お咎めなしだ!ただし、今日の文化部の発表会。あまりに、盛り上げ過ぎて、次に舞台に上がった『演劇部』の演目が、まったくウケなかった……。演劇部にそのことだけは、謝っておくこと!いいね!演劇部の顧問は、実は、わたしなんだよ!ワッハハハ……」

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