第四章 『女タラシ』といわれる男

「マモルとカオルは、可能性が小さくなった!番長も、単なる、家出の可能性が高い、と……」

学校の図書室に帰ってきた三人の会話が始まった。

「本命は、片桐エイタロウ!対抗馬は?」

「野球ができなくなった、ショウヘイね!」

「君たちは、自殺と思っているけど、ジャイアン松坂が、単なる自殺未遂をここまで、秘密にするかねぇ?僕は、誰かが突き落とした、殺人未遂の可能性が小さくないと、みているんだ!」

「フウン、変人の考えね!じゃあ、誰が誰を突き落としたっていうの?」

「誰が?は不明だけど、松坂先生が庇わなければならない人物……。誰を?は、この九人の中のひとり……」

「殺されるほどの動機を持たれる男?それなら、本命は、丸山よ!あいつに泣かされた女子は、数知れずよ!」

「ルミ、女子だけじゃあないわ!この二学期の初めに、白石先生が辞めたでしょう?噂だけど、丸山に言い寄られて、関係を持ってしまって、自主的に退職ってことになったみたいよ!」

「関係を持ったんじゃなくて、ほぼ、強姦されたのよ!ただ、そんな状況になったのは、教師としての自覚が足りない!って、子泣きジジィに責められたのよ!」

「丸山のお父さんは、国会議員だそうだぜ!」

「なんか、ぼんやり映像が見えてきた気がするわね……?」

「みどり、ダメ、ダメ!ヒロの妄想が産み出した映像よ!可能性があるってだけよ!」

「そう!新たな、仮説さ!ルミが本命、対抗馬っていうから、大穴を考えたんだけどね……。殺人未遂なら、本命が丸山で、対抗馬は、不良の桜木。大穴が植田タイヨウ。自殺未遂だとしたら、本命は片桐、対抗は大前。大穴が、山崎カズオだな……」

「なんだ!結局、残った六人を調べる必要があるってことじゃあないの……」

と、みどりが呆れた声を上げた。

「じゃあ、本命から調べるのが、定跡よね?しかも、こいつなら、証言は山ほど集まるわよ!悪事ばかりが、ね……」

「丸山リョウマ!背が高くて、イケメンで、運動神経もまずまず……。欠点は見当たらない?性格以外は、ね……」

「自称『日本一のモテ男』通称は『女タラシ』よ!」

「誰かが、別の通称をいっていたわ!確か、そうだ!妖怪マニアのマモルがつけたあだ名よ!『一物(まら)から先に生まれた男』よ……!」


「丸山リョウマ?し、知らないわよ!どうして、わたしに訊くの?」

と、衝撃の声なのか、戸惑いの声なのか、はたまた、身に覚えがある秘密を指摘された、驚愕なのか、微妙な答えが、グラウンドに響いた。

ルミが声をかけたのは、野球部のマネージャーをしている、キミコだ。場所はつまり、前日訪れた、野球部の練習場だ。

何故、ショウヘイのことではなく、女タラシのことで、野球部のマネージャーを訪ねてきたか、というと……

「丸山の最近の相手?うぅーん?たぶん、野球部のマネージャーをしている、キミコって娘だと思う……」

そういったのは、みどりの友人のミキだった。ミキは、丸山とは、中学校の同級生。一時、ふたりは恋人だと噂されていた。ミキも、まあまあの美少女だから、お似合いのカップルだったのだが、丸山はかなりの浮気症なのか、とにかく、女好きで、片っ端から、女子生徒にちょっかいをだしてしまう。しかも、かなりの高確率で、カップル成立となるのだ。ミキは堪忍袋の尾が切れたのだった。

それでも、丸山の行動については、一番詳しい。丸山が仕留めた女子生徒と別れると、必ずミキに報告する。丸山にとって、ミキは最初の女──初体験かは、不明だが──であり、心のオアシスだった。

みどりは、一年生の時、ふたりと同じクラスだったので、ミキに、丸山の現況を尋ねた。その返事が、キミコという名前だった。

「みどりは知っているでしょう?リョウマのやつ、白石先生と関係して、先生が辞めることになったでしょう?一時、落ち込んでしまってたのよ。そんな時に、野球部の部室の前を通ったら、中から、女の子の悲鳴じゃないけど、拒絶する声──止めて!って叫び声──が聞こえて……、ドアを開けたら、大前がキミコのスカートに手を突っ込んでいたんだって……」

女タラシが、正義の味方になったのだ。ユニフォームのズボンをずらして、下半身を丸出しにしていた、野球部のエースは、抵抗もできないまま、部室を飛び出した。乙女の貞操を守ってくれたイケメンに、キミコはあっさり、唇を差しだしたのだった。

「キミコなんて、リョウマのタイプじゃないのよ!ただ、ふたりとも、ブルーな時期だったから、肉体関係になるのは、すぐだったのね……。別れるのも、すぐだったけど……」

と、ミキは呆れた口調で話を終えた。

「しらばっくれても、ダメよ!ネタは、あがっているのよ!不純異性行為……、指導主任の『ハゲタカ』にチクったら、内申書の点数が上がるかな……?」

「る、ルミ!あんたって、そんな人だったの?弱い者の味方じゃないの?」

「弱い者の味方じゃなくて、正直者の味方なのよ!さあ、白状しなさい……」


「おい!お前ら、練習の邪魔をするな!」

と、ノックバットを肩に乗せて、小柄だが筋肉質の男がルミたちの背中に声をかけた。野球部の監督をしている、小田忠男(おだ・ただお)だ。あだ名は『チュウ』だったのだが──名前の『忠』を音読みして──『妖怪マニア』の北原が、例の『ゲゲゲの鬼太郎』に登場するキャラクターの名前をつけたのだ。新しいあだ名は『ねずみ男』だった。『チュウ男』が転じて、『ねずみ=チュウと鳴く、男』となったのだが、『砂かけババァ』や『子泣きジジィ』ほど、キャラクターのイメージとは、合致していない。

ルミは……、

「せっかく、親が『回文』になるように、上から読んでも『おだただお』、下から読んでも『おだただお』にしたのだから、『カイブン』ってあだ名が良いのに……」

といったが、実は、彼には旧姓があって、婿養子の縁組によって、『小田』姓になったのだった。

「キミコ!二年のキヨシが、スライディングの練習で、足首をひねったみたいだ!湿布をして、サポーターで固定してくれ!あいつ、サードのポジションを一年のタツノリに取られて、必死なんだ!守備も打撃も負けているから、走塁をアピールしようとして、ハリキリ過ぎたんだ!」

そういって、肩に担いでいたノックバットで、キミコのお尻を、急かすように、軽く叩いた。現在なら、完全な『セクハラ行為』だ!

「秋季大会は、ショウヘイが怪我を隠して登板した所為で、二回戦で負けたが、チーム力は、ここ数年で一番充実しているんだ!高校野球は、冬場の練習が最も大事なんだよ!夏の甲子園を目指して、チーム一丸、ハリキっているんだ!ショウヘイの穴は、二番手だった、ダイキが、サイドスローに変えて、良くなっているんだ!お前ら、変な噂を立てるんじゃないぞ!みどり!特にお前だ!松坂先生が気にしていたぞ!PTAや教育委員会や、体育連盟、野球なら、高野連に、妙な情報が流れたら、対外試合禁止になるからな!部員の汗と涙が『無』になってしまうんだぞ!ショウヘイは、肩と肘を痛めて、野球は続けられない。実家に帰って、肘の手術をするそうだ。リハビリもあるから、転校することになったんだよ!変な噂があるようだが、ショウヘイのことは、もう終わっているんだ!」

と、ねずみ男は、最終通告のごとく、強い口調でいって、丸く大きな尻を揺らしながら、グラウンドに向かっていった。

「ねずみ男、秋の大会は、ダークホースで、県大会を突破して、地区大会、うまくいけば、春の選抜……、って新聞に書かれて、周りもその気だったのに、ショウヘイの怪我で、二回戦敗退。それも、1対12の『5回コールドゲーム』。4回裏に、ショウヘイが12点目を押し出しの四球で取られて、なお、ノーアウト満塁。そこで、二番手のダイキに交替したら、三者連続三振に切ってとったんだ。5回表に1点返したけど、ゲームセット。監督として、部員──特に金の卵のエース──の怪我の状況を知らなかった責任を追及されて、監督解任寸前だったらしいよ……。ただ、二番手のダイキが、サイドスローに変えて、三者三振にした場面が逆に評価されて、夏までは、首が繋がったらしい。だから、ねずみ男は結果を出す必要があるんだよ!」

「ヒロ、野球に詳しいのね?」

「当たり前さ!中学校で野球部に入部したんだぜ!」

「三日で辞めたけどね……」

「なんだ!理論だけなのか……!それより、ねずみ男は、ショウヘイのことを調べていると、勘違いしているわ!まあ、野球部のエースがマネージャーの女子生徒を強姦(レイプ)したなんて知れたら、高野連が、一年間の対外試合禁止処分にするわよね?暴力より、罪は重いよ!」

「みどりのいうとおりね……。そして、それを隠す為に、加害者を退部させて、なおかつ、転校させた、なんて噂を立てられたら、野球部どころか、一高全体のスキャンダルよ!全国紙に載っちゃって、『推薦入学も取り消し』なんて、大学も出てくるかもね……」

「我々の調査は、ショウヘイじゃあなくて、正義の味方に変身した、『女タラシ』の行方なんだけど、な……」


「丸山君とは、もう縁が切れているのよ……はっきりいえば、振られちゃった、ってことよ!ルミ、お願いだから、ハゲタカには内緒にして!あなたたちの知りたいことで、わたしが知ってることは、何でも教えるわ!それ以上に、調査にも協力するから……」

野球部の部活を終えて、キミコは、着替えもしないまま、図書室に飛び込んできて、ルミに言葉を投げかけた。

「キミコ、ゴメン!ハゲタカにチクる気なんて、元々考えていないわよ!でも、そのくらい強く言わないと、あなたが真実を話してくれないと思ったの……」

「まあ、腰をかけて……。ショウヘイに乱暴されかけて、その時、リョウマが現れて、助かったんだよね?」

「うん、わたし、もう、頭の中がパニックになって、そのあと、どうしたか、覚えていないのよ!ショウヘイのこと、嫌いじゃなかったし……、普通に求められたら、キッスくらいは……。でも、いきなり、下半身を丸出しにして、無言で、わたしのスカートに手を入れにきたのよ!眼が血走っていたし……」

「わかるわ!わたしなら、キンタ✕、蹴っ飛ばしてやるけど、普通は無理ね!よく、声を上げたわね……」

「声?わたし、無言で、抵抗できなかったよ!それ、誰から訊いたの?」

「あっ!ゴメン、丸山が部室に飛び込んで、助けてくれたって訊いたから、キミコの悲鳴か、助けを求める声が聞こえたのかと、勝手に想像したんだ……」

ミキの証言は、女タラシの話の又聞きだ!多少ながら、フィクションが混じっていることに、ヒロは気づいたのだ。

「そうなの?そういえば、丸山君、よく気づいたわね……?まあ、寸前のところで、丸山君が飛び込んできて、ショウヘイは、慌てて、ズボンを上げながら、飛び出したわ!そのあと、丸山君がわたしを抱きしめて……『怖かったね?安心して、僕は、何にもしないよ!』って、ずっと抱きしめたまま……」

「ケッ!『何にもしない』って、しっかり、身体を密着しているじゃあないか!」

「そうね……、冷静に考えたら、下心があったのかもね……。でも、正直に言うと、わたし、ショウヘイのオチンチ✕が立っているのを眼の前で見たし、パンティの中に手を入れられて、大事なところを撫でられていたから……、少しは興奮していたのよ……。それに、丸山君、とってもハンサムで、優しくて、おまけに、良い香りがするのよ!それで、キッスをして……」

「なるほど、女タラシの手口が見えたね!その香りがクセ物さ!媚薬が混じった香水だね!それと、これはあくまで、僕の想像だけど、ショウヘイが君にいかがわしい行為をするきっかけを作ったのも、丸山かもしれないよ!ショウヘイは、怪我のことで落ち込んでいた。丸山は白石先生のことで、白い眼で見られている。そこで、丸山は、ショウヘイに『心のキズの捌け口には、女が一番』とでも吹き込んで、ショウヘイの一番身近な、君をターゲットに推薦したんだ!その裏の魂胆は、自分の欲望を満たすことだった……。さすがの『女タラシ』も、その時期には、女子生徒には、相手にされなかっただろうからね!ワナを仕掛けた、ってことだよ……」


「本当に、丸山って男は、女の敵ね!誰かが、屋上から突き落としたとしても、あいつには、同情しないわ!納得はするけどね……」

「みどり!何度も言うけど、キミコに話した仮説は、この変人の頭の中で創られた、妄想なのよ!媚薬の混じっている香水なんて、高校生が持っているわけないでしょう!『ジゴロ』じゃあるまいし……」

「ううん、ルミ!ミキがいってたんだけど、丸山とは、口もききたくない!って思っているのに、あいつの前にいると、過去のことを許せるんだって!それって、その媚薬入りの香水の所為だと思わない?うん、ヒロの仮説は、大当たりよ!屋上から突き落とされたのは、丸山リョウマよ!」

「みどり君、僕は、飛び降りたのか、突き落とされたのか、は不明だけど、君が見た人物が丸山リョウマとは、いってないぜ!多分、違う……。あいつを突き落とすには、香水の呪いを解かないといけないからね……」

「そうか!女の子は、あの香りで、殺意を消される……?」

「みどり!納得しちゃあダメでしょう!女の子から頼まれた、あるいは、恋人を取られた、男がやったかもしれないでしょう!」

「さすが、『ミステリー同好会』ね!素晴らしい仮説だわ!」

「まあ、丸山殺害説も可能性として残しておいて、あと残り、四人だよ!冬休みはあと一日。明日から、三学期が始まるんだよ!今日中に四人は無理だな……」

「優先順位を決める?本命の片桐は明日になれば、わかるわ!わたしは、欠席すると思うわ!それと、山崎カズオは正体不明過ぎて、今日中は無理よ!」

「じゃあ、あとは、不良の桜木と秀才の植田。まったく対象的な二人ね?」

「どっちからいく?」

「同時進行よ!みどりとヒロは、不良を当たって!わたしが秀才を調べるわ!」

「ええっ!桜木を調べるってことは、不良たちに訊く、ってことだぜ!」

「だから、二人組みにしたのよ!本来なら、男のヒロがひとりで調べるべき案件よ!」

「男女差別は止めよう!そうだ!マサはどうなっているんだ?昨日辺り、帰ってきているはずだぜ!」

「連絡はないわ……。当てにしないで、我々で調べるのよ!」

「ああぁ、明日の始業式、無事出席できるかなぁ……」

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