第五章 『秀才』『不良』と呼ばれる男達

「植田タイヨウ?あいつなら、受験勉強しているに決まっているだろう!あいつが勉強以外をしているところを見たことないぜ!ションベンしながら、英語のカードを読んで、暗記しているからな……」

ルミの質問に答えたのは、学習塾の教室で、今日発表される、テストの順位結果を待っている、タイヨウと同じH組で、国立のかなり難関の部類の大学を目指しているコウジという男子生徒だ。

「タイヨウさんは、この学習塾の生徒じゃあないんですか?」

「ああ、夏休みの頃には、いたな!二学期からは、レベルがどうたら、って言って、ここは辞めたよ!噂では、東大卒の家庭教師と、東京の有名予備校に毎週、通っているらしいぜ!東大が、そんなにいいのかねぇ……?」

「それじゃあ、期末試験を受けなかったのは、東京の予備校に行ったからなのですか?」

「そうだろう?前もって、担任に言っとけばいいのに、東京の予備校にまで行って、落っこちたら、恥だとでも思っているんだろう?秋の実力テストで、ちょっとミスって、東大合格ラインから、外れたからな……。あいつが急に欠席したから、東大受験に悩んで、自殺した、って噂をしている奴がいたな!あいつはそんなヤワじゃあねぇのにな……」

「お忙しい時に、どうもありがとうございました……」

と、ルミがコウジに頭を下げた。

「いや、このテストの順位なんて、受験には関係ないんだ!ただ、ほかの連中がどれだけ、伸ばしてきたかを知りたいだけだ!それはそうと、ルミ君だったっけ?何で、タイヨウのこと調べているんだ?あいつに女性が気をかけるなんて、『ピタゴラスの定理が間違っている』って、説が出ることくらい、有り得ないぜ……?」

「いえ、別に、気にかけてなんかいません!東大へ現役で合格したら、何年ぶりなんだろうかと思って……」

「そうだな……、俺も浪人して、一年間、予備校で揉まれたら、合格する可能性もあるけど……、もう一年、勉強漬けの青春は、イヤだな……。そうだ、ルミ君、受験が終わったら、俺とデートしないか?俺の高校生活には、『恋』という言葉はなかったんだ……。最後に、バーチャルだとしても、恋を体験してみたいんだ!」

「い、いえ、ご遠慮します!わたし、彼がいますから……。じゃあ、受験、頑張ってください!」

と、ルミは怯えるように背中を向けた。その背中に向かって……、

「そいつと別れたら、連絡くれよ!」

と、コウジが声をかけた。

(絶対、しません!秀才か、天才か、知らないけど、絶対、付き合いたくないタイプだわ……)


「優等生のおまえたちが、何故、タカシのことを訊くんだ?まさか、ハゲタカにチクって、内申書の点数を上げてもらつもりかよ?」

桜木の数少ない友人といわれている、──と、いっても、今までの五人に比べれば、多いともいえる。不良仲間だが──シンゾウをゲームセンターで見つけて、ヒロとみどりは『不良』の行方を訊いたのだ。

「まさか!僕らは『ミステリー同好会』のメンバーで、ね。桜木君の武勇伝をモデルに小説を書こうと思っているんだ!」

「ミステリー?ああ、探偵小説か?俺は読まないけど、タカシは『怪人二十面相』が好きだぜ!」

桜木のことを訊き出そうと、ゲームセンターに着く前に考え出したストーリーを、シンゾウはあっさりと信用してくれた。

「タカシは、ルパンも好きだな!どんな金庫でも開けられる……、あいつ、鍵の開け方を研究しているんだぜ!」

(それじゃあ、不良というより、盗人だろう?)

と、ヒロは心の中で、ツッコミを入れている。

「二学期の期末試験辺りから、姿が見えないんだ!僕たち、次回作の締め切りがあるから、早く、桜木君に会って、武勇伝を訊きたいんだけど……」

「ああ、内緒の話だがな……。おまえ、百円玉持ってねぇか?今、このゲーム、いいところなんだ!」

と、シンゾウは、遠回しに、情報提供への報酬をねだった。

「わたしが持っているわ!はい、二百円!正直に話してね!」

「おぅ!サンキュー!みどりは気前がいいな!俺のスケにならねぇか?俺、あっちは、得意だぜ!」

「お断りよ!わたしには、ちゃんと、相手がいるの!男に不足はしていないの!さあ、桜木君のことを話しなさい!」

「いいねぇ!姉御肌の女!そいつと別れたら、でいいからな、連絡くれよ……。そうだ!タカシの奴、期末試験の前日、俺ん家へ来てよう!『やベェことになったから、しばらく、身を隠す!京都の知り合いの大学生のところに世話になる予定だが、汽車賃を貸してくれ!』って、俺の小遣いをさらっていきやがったのさ……」

「期末試験の前日?それ、何時頃だ?それと、その『ヤバいこと』っていうのは、具体的に、どういうことなんだ?」

「確か、晩飯前だったな!汽車の時間があるからといって、ヤバいことの内容はいわなかったけど、『ジャイアンに訊かれても、知らねぇ、というんだぜ!』っていって、慌てて、金をポケットに突っ込んで、出て行ったよ……」

「なるほど、夕方で、松坂先生と関係していることか……」

「じゃあ!誰かを突き落とした、犯人は、桜木君だったのね!」

「はあ?タカシが誰かを突き落とした?誰を?あいつは、ルパンと同じで、人殺し、どころか、殴るのも、嫌いだぜ……」


「意外ね!桜木タカシが、人を殴ることも嫌いだなんて……。不良同士の喧嘩の時、どうしているのかしら?」

それぞれの情報を携えて、再び、図書室に集まった三人。桜木の情報を訊いたルミが感想を述べた。

「それより、ルミもみどり君も、今の彼と別れたら、連絡くれよ、っていわれたんだろう?君たちがそんなに魅力的だったとは、知らなかったよ!」

「あら?ヒロ!みどりはモテるのよ!誰とでも、話しができるし、可愛いからね……。ただ、若干、お喋りだから、彼ができたら、すぐに噂を広めるのよ!彼にしたら、まだ内緒にしておきたい、時期にね……」

「そうね……、前のヤスベエも、そうだったわ!結構、真面目で、本気だったのよ……!」

「ヤスベエ?ああ、ヤスノリのことか?あいつは、僕と気が合うから、結構話をするよ!ヘエ、みどり君と、上手くいきそうだったのか……?」

「なるほど、みどりの好みがわかったわ!オクテで、真面目なタイプね?じゃあ、ヒロは、あぶないよ!」

「そうよ!ちゃんといったはずよ!ルミがヒロと付き合わないなら、わたしがヒロの恋人に立候補するって……」

「はいはい、ふたりとも、僕には『いい、お友達』だよ!どっちも、好きだからね……」

「優柔不断!どっちも好き、なんて、絶対、許せないよ!女の子は、ね!ルミとわたしはいいけど……。もし、ヒロが大恋愛をしたら、それはダメよ!絶対、振られるよ!女の子は、好きな人には、自分だけを見て欲しいのよ!」

「そうよ!わたし、ヒロのこと好きよ!でも、みどり以外にヒロに好きな人ができて、その娘とわたし、どっちも好き!なんていったら、さよならね!」

「ええっ?僕の性格、そんなにヤバいのか?恋人、できないぜ!」

「だったら、ルミ一本に絞ることね!今、ルミは、『好きだ』っていってくれたじゃない!わたしは、ほかを当たるわ……」

「みどり!今は、みどりもヒロを好きでいいのよ!三人のチームワークのためにね!わたしに、別のいい男が現れるかもしれないでしょう?例えば、マサ君とか……」

「あっ!そうね!マサ君は、ヒロとよく性格が似ているみたいだし、ヒロより、男前よ!ただ、ヒロ以上にオクテらしいけど……」

「マサはダメだぜ!従妹とかいう、『美少女』に惚れている!あの娘には、みどり君でも勝てないね!ルミは当然、無理だ!」

「ええっ!従妹って、歳が五つか六つは下でしょう?」

「ああ、小学五年生だね……。でも、美人で、成績優秀で、小学校では、知らない生徒がいないくらい、アイドルらしいぜ!ラブレターが、クツ箱から溢れていたことがあったらしいから……」

「詳しいのね?さては、気になって調べたか?こっちの事件を放っておいて……」

「ま、まあ、ついでにね……。こっちの事件をおろそかにはしていないよ!ほら、山崎カズオって、『透明人間』がいるだろう?あいつの小学校が、彼女と同じだったんだ!小学時代から、山崎は、目立たない子供だったそうだぜ!」

「反対でしょう?彼女、オトちゃんのことを調べていたら、たまたま、カズオがいたんでしょう……?」


「さあ、いよいよ、残った候補は、ふたりよ!大本命の『片桐エイタロウ』と、大穴の『山崎カズオ』。どっちかは、今日も欠席のはずよ!」

始業式当日、二年G組の教室には、ヒロとルミとみどりのほかには、まだ誰も出席していない。それくらい、早めの登校だったのだ。

「あとの七人は、対象外でいいのかい?」

「少なくとも、不良の桜木は、飛び降りた本人ではない、と判明したわ!加害者の可能性は、大きくなったけどね……」

「まあ、シンゾウの証言を信用すれば、だけど、ね……」

「始業式に何人かは、出席するはずよ!そしたら、絞り込めるわ!」

「そうだね!ショウヘイは、転校したらしいから、いないだろうけど……、カオルと番長と、秀才と、女タラシは出てくるだろうな……」

「そうね、不良と妖怪マニアは、出席しないかもね……」

「ひとりは、逃亡中。ひとりは、UFOを調査中。どっちも始業式より、そっちが大事だろうからなぁ……」

「そうだ!マサ君から、連絡あった?」

「それがね、わたしたち、家に昼間はいなかったでしょ?マサ君かどうかはわからないけど、母が、男の友達から電話があった、っていうのよ!時間帯が、ヒロとみどりと一緒にいた時だから、男の友達っていうと、心当たりがあるのは、マサ君!だと思うの……」

「それで、内容は?伝言は?」

「無し!母が笑ってたわ!あなたのボーイフレンドって、みんな、オクテみたいね!って……」

「ああぁ、みんなって、ヒロとマサ君のことよね?お母さん、よくわかっているね!」

「マサ君は、まだ、面識がないんだけど、電話で、オクテってわかるなんて、ヒロよりひどいみたいね!」

「僕は、ルミのボーイフレンドだと、お母さんは認めてくれてるらしいけど、オクテって、何でわかるんだよ?」

「ヒロ、あなた、ルミのお母さんにあったことある?その時、きちんと、正面からお母さんの眼を見て、挨拶できた?ルミのお母さんって、PTAで、美人のお母さんって有名だから、あなた、ドキドキしていたんでしょう?」

「みどり、あなたは名探偵の素質があるわ!わたしの次回作は、女子高校生が名探偵のストーリーにしようかな……」

事件とまったく違う話を三人がしていると、

「みどり!あんた、この探偵小説マニアふたりに、何を吹き込んだの?ヒロ君!あなた、全クラスのクラス委員に電話して、変な質問をしたようね?何の調査をしているの?ただの小説のネタ探しとは、思えないんだけど……」

教室の教壇側の開き戸を開けて、ユリが三人に向かって、言葉を投げかけた。その隣には、クラス委員のケンが立っていた。

「松坂先生が、みどり君から、何か相談とか、噂話を訊かされなかったか?って尋ねていたよ!まさか、見てもいない、誰かの飛び降り自殺を調べているんじゃないだろうね?誰かが自殺なんかしていたら、少なくても、クラスでは、噂になるよ!冬休み中ならともかく、その一週間くらい前なら、隠しても、噂を隠しきれはしないさ!」

「あら?わたしたちが何を調べているか?興味があるの?わたしとヒロが『探偵小説マニア』だと知っているなら、別にとやかく、いうことはないはずよ!ミステリヤスな出来事の真実を知りたいだけだから、誰にも迷惑をかけていないわ!特に、あなたたちふたりには、ね!」

「何よ!期末試験で、まぐれで、ちょっといい点数を取ったから、って、お高くなっているんじゃないわよ!あんたたちの変な行動が、G組の評判を下げるのよ!梅沢女史に睨まれたら、G組の掃除当番が、ガラス拭きから、全校のトイレ掃除に変更されるわよ!今は、丸山君のクラスが、トイレ掃除の担当だけど……」


「秀才の植田の出席は確認できたよ!」

「美少女のカオルも、元気だったわ!」

「不良と妖怪マニアは、欠席よ!女タラシは、確認したわ!」

「あと、番長だけど、欠席するって、本人から、クラス委員に電話があったそうよ!なんでも、家出ついでに、北海道の『網走番外地』の冬の風景を見たくなって、網走まで行ったけど、帰りの汽車賃がなくなったんですって……。お兄さんに内緒で伝言を頼んで、現金書留が届くまで、民宿に泊まって、雪かきのバイトをしているってことよ!」

「まあ、高倉健に憧れていたから……ね、でも、はっきりいって、『バカ』だわ……!」

「本命の片桐と、透明人間のカズオの確認に行くか……」

始業式が終わると、すぐに三人は手分けして、リストの生徒の出欠を確認に走った。野球部のショウヘイは、事務所で、転校の確認が取れたのだ。

その結果、屋上から飛び降りたか、突き落とされたのは、片桐エイタロウか、山崎カズオに絞られたのだった。

「女タラシが殺されてなかったのは、意外だったわ!わたし、てっきり、不良の桜木タカシが、丸山を突き落としたんだ、と思っていたのに……」

「みどり君、僕がいったとおり、丸山を突き落としたりは、できないんだよ!あいつ、結構、力もあるし、運動神経も良いんだよ!それに、用心深い。不良とも、良好な関係を結んでいるんだ!ミカジメじゃあないけど、小遣いをあげて、ボディーガード役をさせているそうだよ!」

「なるほど、スネにキズのあるもの同士の提携か……」

廊下を進みながら、三人の会話が続く。

2年A組の教室は、始業式が終わった後の、クラス集会が終わろうとしているところだった。

「どれが、山崎カズオか、まったくわからないわね!」

と、廊下から、窓越しに教室を覗き込みながら、みどりがいった。

教壇側の扉が開き、担任教師が廊下に出る。その教師に一礼して、ルミは、開いたままの扉から、教室に滑り込んだ。

「山崎カズオ君!いる?」

と、教壇の脇に立って、ルミが帰り支度をしている、A組の生徒に声をかけた。

「山崎!彼女が呼んでるぜ!」

と、後ろの席にいた男子生徒が、横でほかの生徒と話をしている男子に、声をかけた。

「は、はい!『山崎カズろう』だけど……?」

と、特徴のない、やや面長な顔の男子生徒が手を上げた。

「えっ?カズロー?カズオ、じゃあなくて?」

と、ルミが驚く。

「山崎君って、三人いるんだよね?名簿でみたら、山崎アキオに、山崎一郎(いちろう)……」

と、ルミのあとから教室に入ってきた、ヒロが手帳を開いて、確認しようとする。

「あっ!それ!一郎と書いて、カズロウと読むんだ!親父がヘソ曲がりでね……。いつも読み間違われるよ!」

と、先ほど、手をあげた生徒が答えた。

「じゃあ、もうひとりの山崎君、山崎カズオ君は……?」

「ええっ!透明人間に用事があるのかよ?そんな奴、初めてだぜ!」

と、最初にルミの声に反応した生徒が、勘違いをごまかすように、髪の毛をかきながら、いった。

「は、はい、山崎カヅオは、ぼ、僕ですけど……」

と、最後列の、窓際に座っていた、黒ブチメガネの小柄な少年が、おずおずと、手をあげた。本名は、カズオではなく、カヅオだったのだ。だから、出席番号がカズロウよりあとになっているのだ。

「なんだ!透明人間、今日は、いたのか?この前の期末試験の時みたいに、トイレにいってたら、欠席だと間違われるぜ!」

先ほど、勘違いした生徒が嘲笑するようにいった。教室内に、小さな笑い声が起きた。

「それ、どういうことなの?期末試験の当日、トイレにいっていて、欠席扱いにされたの?」

と、ルミが驚きの声をあげる。

「カズローが、カヅオがいなかったから、てっきり、欠席だと、早とちりして、教師に、『カヅオは欠席だけど、俺と間違わないでくれよ!』っていったんだ!カヅオは、すぐにトイレから帰って来て、一番後ろの席にいたんだけどね!」

と、カヅオの隣の席の、メガネをかけた女子生徒が説明した。すると、クラス委員の男子生徒が、言葉を繋いだ。

「ああ、そういえば、ヒロ君が、僕に電話で、期末試験の欠席者を問合せした時、僕、勘違いしたままで、カヅオは欠席していたって、答えたんだっけ……?」

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