第三章 『妖怪マニア』と呼ばれる生徒

「ショウヘイ?あいつ、肩を痛めていたのを隠して、秋の大会で投げ続けて、肘までやっちまって……。再起不能……。推薦で大学行くつもりだったのが、パァーになったらしいぜ!野球部は辞めたし、学校も転校するって噂を訊いたな……。今?知らねぇよ!バッテリィたって、あいつ、サイン無視で投げてくるから、会話なんか普段はしないよ!実家も大阪のどっかだぜ!地元じゃあレギュラーになれないから、親戚の家に住所を移して、越境してきたんだからな……」

九人の中のひとりで、誰もが知っている──ただし、校内だけだが──野球部のエースなら、情報は簡単に掴めるだろうと、野球部の練習を訪ねてきて、キャッチャーをしているダイスケに、『大前(だいぜん)ショウヘイ』のことを訊いたのだが……。

「あいつは、ワンマンで、チームワークなんて考えていなかったから、はっきりいって、チームメイトからは、総スカンを喰らっていたな……。友達?そんな奴、いねぇよ!ああ、マネージャーのキミコは気があったみたいだけど……、無理やり、ヤラレそうになって、逃げたみたいだぜ!女には、あのニキビ面で、ダンゴっ鼻だから、いくら野球が上手くても、モテネェよ!丸山じゃあねぇからな……」

と、ショートを守っている、キャプテンのヨシノブからも、いい返事はなかった。

「何なのよ!超有名なショウヘイまで、行方不明なんて……。この学校、自体がおかしくない?」

「まあ、理由があって──つまり、病気や受験で──予め、欠席が決まっていた生徒以外で、大事な期末試験を受けなかった奴らだから、特別な理由を持っているのは、理解できるけどね……」

「そこじゃなくて、誰も親しい友人がいない!ってところよ!普通、高校生で、友達がいないなんてことある?」

「まあ、ないね……。僕でさえ、ひとりやふたりは、親友はいるからね……」

「ルミ!愚痴をいっても調査は進まないよ!次のターゲットに移ろうよ……」

と、みどりが遠慮がちにいった。自分が持ち込んだ案件が、これほど難解だったとは思ってもみなかった。もう辞めよう!とルミが言い出し兼ねない雰囲気だったのだ。

「片桐エイタロウって、どういう人物なの?一年生らしいけど、まったく情報がないのね?」

と、リストの残り六人を眺めながら、ルミが尋ねた。

「一年C組の学級委員に訊いた時には、すぐに、名前が出てきて、ほかには、欠席者はいません!って電話を切られたよ……」

と、リストを作ったヒロが答えた。

「わたし、夕べ、知り合いに電話して、片桐エイタロウを知っている娘を探したの。確か、一年C組に妹がいるって娘のことを思い出して、誰だったか、まず確認して……」

と、みどりの会話は歯切れが悪い。

「それで?結論は?」

と、ルミが焦れったそうに促した。

「うん、レイコって先輩の妹だとわかって、レイコ先輩に電話して、妹さんに電話を代わってもらって、片桐のことを尋ねたのよ!」

「はい、はい、結論はまだなの?」

「不確かだから、そのつもりで、っていわれて……。片桐君、イジメにあっているらしいの……」

「イジメられている?それが不確かって、どういうこと?」

「つまり、イジメと認められていない?陰湿なやり方なんだね?」

と、ヒロが推理していった。

「そうらしいの……。暴力じゃなくて、精神的な……、脅迫されて、お金をゆすられたり、万引きを強要されたり、しているみたいなのよ!」

「決まりね!」

と、ルミが高々と宣言する。

「何が、決まりなんだ?」

「飛び降り自殺したのは、片桐エイタロウだってことよ!イジメを苦にして、屋上から……」

「まあ、動機としたら、濃いかもね?でも、それなら、もっと噂になっていると思うよ!期末試験を欠席した時点で、片桐君、自殺したんじゃない?ってクラスの中で、さ……」

「つまり、前兆があったら、欠席の理由にそのことが結び付くってことね?」

「そう!みどり君、君は名探偵の素質があるよ!」

「なんだか、ヒロの推理は飛躍し過ぎるなぁ……。小説なら、そうなるかもしれないけど……、現実はもっと単純だと思うわよ……」


「で、結局、北原マモルから調べるのかい?」

急な登り坂を自転車を押しながら、ヒロがいった。

「まあ、本命は後にして、わたし、『妖怪マニア』ってところに惹かれるのよ!」

と、並んで自転車のハンドルを押しているルミが答えた。

「ルミは、イケメンの丸山や、秀才の植田、不良の桜木には興味がないのね?」

「ルミは、変わりもんが好きなのさ!」

「変わりもんじゃあないわ!個性的なのが好みなの!」

「なるほど、それでヒロが好きなのか……?」

「み、みどり!わたしがいつ、ヒロが好きっていったの?こいつとは、幼稚園からの腐れ縁なのよ!ただ、ミステリー好きな趣味が合っただけよ!言っとくけど、わたしは、面食いなのよ!丸山のような、女タラシは嫌いだけどね……」

「じゃあ、わたしがヒロの恋人宣言していいの?わたし、ヒロって好みなんだ!オクテで、可愛いし、まだ、童貞でしょう?わたしが、初体験の相手になってあげるわ!」

「ダ、ダメよ!こいつ、そっちの知識はまるでないし……、そう、マザコンだから……」

と、ルミは慌てて、意味不明な否定の言葉を発した。

「ほら!やっぱり、ヒロのことが好きなんだ!いいよ!わたしは、別の色男を探すから……」

「あのね、僕にも、選ぶ権利があるよね?」

「ない、ない!オクテのあんたに、選ぶ権利はないのよ!」

「チエッ!もういいよ!北原の家はこの辺だぜ!アッ!あの黒い壁の家だよ!」

と、坂道を登り切った場所に建っている洋風の家を指差してヒロがいった。

「さすが、妖怪マニアの住む家ね!妖気が漂っているわよ!アダムス・ファミリーの屋敷に似ていない?」

「どこが?壁が黒い、ってだけだろう?普通の建売り住宅だよ!」

「ヒロ、あなた、カーのファンのくせに、このシチュエーションがわからないの?坂の上の黒い屋敷……。魔女か悪魔が潜むと噂される、その屋敷で、密室殺人事件が発生するのよ!それは、連続殺人事件のほんの序章に過ぎなかった……。ミステリーとサスペンス、それとホラーは、重なるところがあるのよ!怪奇小説を理論的に解決すれば、ミステリーになるし、心理面を強調すれば、サスペンスになるから……」

「そうか!北原を調べようっていったのは、次回作のネタ探しだったんだな?」

「エヘヘ、バレたか……」


「マモルは、いないわよ!」

と、玄関のドアを押し開けて、顔を覗かした赤毛の女がいった。赤毛といっても、茶髪に近く、もちろん、顔は日本人だ。最初は年齢不詳だったが、良く視ると、ニキビの跡がある。化粧もしていない。まだ、未成年のようだった。

「あのう、ご家族の方ですか?」

ヒロは、妖怪マニアの行方調査より、眼の前の魔女に興味を向けたのだ。ただし、苦手な美少女に近いから、対応はおぼつかない。

「ええ、姉よ!マモルに用なら、出直してくれる?今、家族は誰もいないのよ……」

そういった少女の格好を見直すと、ガウンのようなものを身体に巻き付けているだけで、その下は、下着か?あるいは、なにも着けていない感じだった。

誰もいない、といっていたが、今、チラリと廊下の奥に男性の顔が覗いた。

「ヒロ!取り込み中らしいから、失礼しましょう!」

と、みどりがヒロの腕を掴んでいった。

「あ、ああ、ど、どうもお邪魔しました。失礼します……」

さすがのオクテにも、状況がわかったとみえて、ヒロは少女に頭を下げて、玄関を離れた。ドアがパタンと閉まった。

「家族がいない隙に、男を引きずり込んで、エッチをしようと、シャワーを浴びたところね!」

「ヘエ、みどり君は、あの状況をそこまで読めるのかい?」

「だって、エッチした後の臭いがないし、顔にも、満足感がないし、汗もかいていなかったでしょう?でも、裸にガウン姿だったわ。始めるところへ、わたしたち、お邪魔虫が現れたってことよ!」

「みどり!あなた、詳しいけど、経験があるの?」

「イヤだぁ!友達からの受け売りよ!」

「怪しい!絶対、自身の経験談だわ……」


「お隣の北原さん?旦那さんは公務員よ。奥さんは教師だったか、保母さんのはずよ。共稼ぎで、あまり近所付き合いはしていないわね……。お子さんはふたり、変わりものよ、ふたりとも……。お姉さんは、女子高を卒業して、一時県外の短大に入ったと訊いたけど、夏休みが終わっても、ずっと家にいて、何をしているのか、髪の毛を茶色というか、赤く染めて……。弟さんのほうは、髪の毛を伸ばして、なんていうのかしら?この世のものでない、お化けとか、妖怪とか、怪獣に、空飛ぶ円盤とかの情報を集めているそうよ!学校にそんな授業は、ないわよね……?」

「オカルトっていうらしいですね?怪奇現象を総称して……」

と、ヒロが答えた。

マモルの情報を得るため、隣──と、いっても30メートルほど離れている──の庭先で、洗濯ものを干しているオバサンに、みどりが声をかけて、北原家の家族構成を訊いたのだった。

「それで、息子さんは、最近見かけましたか?冬休みの間とかに……?」

「そういえば、見かけないわね……?そうだ!暮れに、町内会の餅つきがあったのよ!だいたい、お子さんが参加するんだけど、北原さん家は、奥さんだけが参加したのよ!町内会長の山下さんの奥さんが、『お子さんは?』って、北原さんに尋ねたの。わたしは側にいて、その会話を何気なく訊いていたのよ!『娘は、人前に出るのを嫌がって、息子は、わたしの叔父、息子からすると、大叔父のところへ行くといって、まだ帰ってこないの……』って答えたわ!そういえば、まだ帰ってきていないみたいねぇ……」

「大叔父さんのところ?それは、どこなんですか?県外なんですか?」

と、ヒロが尋ねた。

「さあ、わたしはそこまでは知らないわ!ただ、北原の奥さんは県外人だから、その叔父さんも県外にお住まいだとは思うけど……。それなら、山下の奥さんに訊いてみたら?そのあとも、会話をしていたから、その辺のことも話したかもしれないわ!山下さんのお宅は、ほら、坂道の途中に、北に入る小道があるでしょう?そこを曲がって、三軒目の黄色い壁の二階建てのお家よ!今の時間帯なら、お宅にいると思うわよ……」


「北原の奥さんのご実家?ああ、マモル君のお友達ね?冬休みの前から、学校には行かずに、何でも、大叔父さんから、ユーフォーっていうのかしら?未確認飛行物体のことらしいけど……、その物体を見た!っていう手紙が、絵入りできたそうなのよ!それと、『ツチノコ』とかいう、不思議なヘビの仲間の情報とかが書いてあって、期末試験なのに、留年覚悟で、飛び出したんですって……。場所は、鳥取県?じゃなくて、隣の島根県よ!出雲大社や宍道湖のある辺りって、北原の奥さんがいってたわね……。そう、そう!マモル君の好きな漫画家の水木しげるさんも、近くの出身らしいわ!あの辺は、お化けのメッカなのかしら……?」

町内会長の山下さんの奥さんは、どこかみどりが、そのままオバサンになった、そんな感じの四十歳くらいの人だった。日本家屋の垣根のある庭先で、ヒロたちの問いに、気安く答えてくれたのだ。

「さすが、『妖怪マニア』の家系ね!マモルの趣味は、その大叔父さんからの遺伝か、影響なのは、間違いないわ!姉の、魔女にしか見えない格好は、わからないけどね……」

と、山下家をあとにして、坂道を下りながら、ルミがいった。

「これで、ひとりは候補から外れたわね?その大叔父さんのところにいるそうだから、自殺はしていないってことよね……」

と、みどりが少し安堵した口調でいった。

「さあ、どうかな?自殺未遂で入院したのを、県外の親戚の家に行っている、と、ごまかした、とも考えられる……。我々は、本人には、会っていないからね……」

「ヒロって、本当にへそまがりね!やっぱり、恋人にしたくないタイプだわ!」

「みどり、やっと気がついたのね……?こいつと付き合うなんて、普通の神経じゃあ無理なのよ!わたしが『腐れ縁』っていった意味がわかったでしょう?わたしくらいなのよ!こいつのこの性格を、寛大に受け止められるのは……」

「なんだよ!僕って、そんなにヤバい性格なのか?探偵として、可能性の検証は必要だと思うぞ!」

「あんまり、細かく追及すると、前に進まないのよ!可能性が小さくなったら、他を当たるべきでしょう!」

「まあそうだけど……、それと僕の性格とは、関係ないと思うけど……」

「ルミ、安心していいわよ!ヒロの恋人に立候補する女の人は、当分、現れそうにないわよ!ある面、『妖怪マニア』の北原マモルに近いかもね……」

「僕は、そこまで、変人じゃあない……」

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