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 遅れもなく予定通りにナジュマ一行はグランドリー王国へと入国を果たした。用事があるのはデレッセント公爵家だが、皇帝の勅使としての側面もあるので一度王家に挨拶状を届けなければならない。嫌々ながら王宮に足を向けたナジュマは、与えられた客室でルゥルゥと顔を見合わせた。

「では、手筈通りに」

「気配がしたらすぐにね」

 言い合いながら大判の布を広げ、それぞれ持ち込んだ器類を抱える。大皇国離宮で手に入れてきた、幾ら壊れても問題のない物だ。

 そんな風に待ち構えられているとは露知らず、客室にはギーベイが一人近付いていた。

(義理とはいえ皇女の肩書きを持つ女だ、公爵夫人より王太子妃の方が未来の肩書きとしていいだろう。あんな厳つい男より俺が選ばれて当然だしな)

 もし皇女が美しい女ならば是非手に入れたいし、皇女自身が望んだのであれば皇帝とてとやかく言えないだろう。けちを付けられたとしても、少なくとも皇女は今嫁入り道具と金銭の一切を抱えて国入りしているのだから幾らかは王家の得にはなる。それにギーベイには既に妃があるが、そんなものも大皇国の皇女を相手とすればどうにでも出来るだろう。大嫌いな将軍の鼻も明かせるし、どう見繕ってもよいこと尽くめだ。

 あまりにも安い打算山盛りで他者に知られたら突っ込みが入ること請け合いだったが、残念な頭を持つギーベイはそれが隙のない最高の策だと思っている。そんなわけで調子よく客室に近付いたギーベイはしかし、中から漏れ聞こえる声に思わず足を止めた。

「……! ……ッ!」

 何を言っているのだろう? 厚い扉を通すくらいの大声と見てギーベイは耳を澄ます。するとどうだ、勢いよく罵声が飛んでいるではないか。

「信じられない! なんなのかしらこの国! 室内の拵えを見なさい、質素にも程があるわ! わたしをなんだと思っているの!」

「姫様! 姫様どうか! どうかお鎮まりくださいまし! もうすぐ使者殿らもいらせられます!」

「うるさい! わたしは砂金から生まれた国の一番に尊い女よ! こんなちんけな国に来る運命ではなかった! ああもう、こんな貧乏な国ではわたしの肌を彩る石のひとつも用意出来ないではないの!」

「おやめくださいまし! ああっ、嫁入り道具がっ!」

 ガシャンガシャンと響く何かの壊れる音とキンキン脳天に響く声とに、浮ついていた筈のギーベイはゾッと身を震わせた。中にいるのはとんでもなく傲慢で高飛車で、恐ろしいほどの金食い虫ではないか! 現王家の懐具合で引き寄せたら途端に食い潰されること必至、ギーベイはそろりそろりと足を引く。と。

「殿下、ご機嫌麗しゅう」

 運の悪いことに司法長官らとヒネビニルらが連れ立ってやってくるのにかち合ってしまった。「如何なさいましたか? 従者はいずこに?」と伺ってくる官吏に、ギーベイは「ふん! 俺が王宮をどう歩いていても関係なかろう!」とうそぶきながら慌てて去っていく。王宮内とて一人でふらつく王族など如何なものかという話なのだが、実のところ既に見限られているギーベイを誰もが追わなかったのだった。……。

「ははは! やってやった!」

「やりましたね!」

 一方室内、気配が去るのに勝利を確信し、ぴょんびょんとナジュマ達が跳ねるそこへ応えがあった。「お待ちくださいませ!」とルゥルゥは大きな敷布を引っ張り上げる。その上で皿やら何やらを癇癪よろしくガシャンガシャンと割っていたのだが、こうして纏めてしまえば片付けも一発で終了だ。そうしたゴミを一旦傍に置き、ルゥルゥは滑るように扉を開けた。

「失礼致します」

 入ってきた数人の使者はルゥルゥとナジュマを順繰りに見て少なからず目を見張っていた。二人は頭からすっぽりと足元まで覆うベールを被り、目元しか開いていない。だがそのベールは細かな刺繍や宝石に彩られた絢爛豪華な物で、初見の人間はとにかく一瞬驚くと大皇国で学んでいた。つまり、ある種の先制攻撃である。

「お初にお目にかかります、私は──」

 順繰りに始まった官吏達による口上を聞きながら、ナジュマはヒネビニルを見た。……紹介こそまだだが、どう考えても端の大男がヒネビニルであろう。皇帝によく似ているとはそのとおりで、皇帝から親しみやすさを除いてその分全力で筋肉を盛ったような姿をしている。

(なるほど、ずっと怖い状態のサンスクワニって感じか)

 こんな男性はヨノワリにはいなかったし大皇国にだっていない。初めて見るような男に愉快になってナジュマは笑みを浮かべるが、実際のところはベールの所為で何もわからないだろう。そうしている間にも口上はどんどんと進み、ナジュマはデレッセント家に迎えられる旨で合意された。まあ、形式的なものである。

「ヒネビニル・デレッセント、姫君の婚約者となります。改めて、よろしく申し上げる次第です」

「こちらこそ、末永くよろしく」

(なんてお堅いこと! いいね、いい!)

 双方の挨拶が終わるとこのまま公爵家に向かうばかり、官吏達は客室を出ていく。その背を追おうとするヒネビニルの腕をナジュマは素早く取った。

「……何か?」

 バサリ。頭だけベールをはだけたナジュマは腕を引いた分だけヒネビニルに寄って、しっかりと顔を合わせる。強い視線もなんのその、にっこりと笑顔で。

「本当に本当に、貴方と会うのを楽しみにしていたんだ。これからどうぞよろしくね」

 初めての、本当の顔合わせである。ヒネビニルは一拍ののち、ナジュマのベールを丁寧に戻し、肩に緩く手をかけ……損なってからこう言った。

「顔合わせの直後で大変申し訳ない。これから演習があり、三ヶ月ほど国内を周遊して回るので帰れないだろう」

「おやまあ!」

「当初の予定に合わせて組んでいたので今から変更が利かないのだ、申し訳ない」

 心底申し訳なさそうなのがナジュマには伝わるのだけれども、如何せん顔は眉間に皺が寄りすぎて怒り顔にも近い。ナジュマはもう面白くて面白くて、ベールの下の目元が下がってしまっている気すらしている。

「それはわたしども、というより皇太子殿下の所為なのだから気にするべきではないよ。謝罪をいただくのは正直丁寧で有難いと思うしそれとは別にわたしに怒る権利はあるけれど、その矛先は貴方ではないから安心しておくれ」

「……有難う、少しは気持ちが晴れた」

「ならよかった。帰ったらきちんと予定通りに結婚して、妻にしてくださるのでしょう?」

 品を作るナジュマを見て、ようやくヒネビニルが怯んだ。そこで怯むのか! ことごとく予想だにしない様に、ナジュマはうきうきと心が跳ね続けている。

「その、予定だ」

「決定になるから安心して。お手紙は変わらずちょうだいな」

 言葉少なに頷いて、ヒネビニルはギシギシと軋むようにしながら護衛騎士を差配し、ナジュマ達の乗る馬車を見送ってくれた。その、車内では。

「見た? あの大きさ!」

「ルゥルゥと姫様足しても足らないくらい大きくありませんでしたか!」

「それなのに捕まったサバクネズミくらいギシギシしてたよ可愛い!」

「姫様、それ絶対誰にも言っちゃ駄目ですよ! あんなに獅子みたいに大きな方なんですから!」

 きゃらきゃらと姦しい女達の騒ぎなど、外の護衛騎士達は何も知らない。

(それにしても三ヶ月、か)

 では、その三ヶ月の間に嫁ぎ先の家族と仲よく出来るかが重要だな! ナジュマはやる気に満ち満ちて拳を握った。

 サンスクワニ有難う、わたしは何をどうしたってあの大きくて可愛らしい男と結婚してみせる。どんな手を使ってもだ!

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