第19話 回り回って重なり合った未来 その①



「え、誰よこれ」


 放課後、中庭に集まった僕たちだったが、その時の山田さんの第一声はそれだった。

「おおっと、これは驚き。一昨日会ったばかりだというのにもう拙者をお忘れか、山田氏」

「あたしの知り合いにこんな人いないわよ。ねえ宇津呂、この人をあたしたちの部に入れるっていうならお断りよ」

「いや、違うんだよ山田さん。この人は橘さんなんだ」

「橘……?」


 そう言って山田さんは、変わり果てた橘さんをまじまじと見つめる。


 そして、


「えっ、橘さんって、一昨日あんたと一緒にいた?」

「そう。その人」

「ええ⁉ 何があったらこうなるのよ……⁉」


 愕然とする山田さん。


「とにかく僕は、この人を元に戻したいんだよ」

「元に戻す? どうやって?」

「何を仰るか、宇津呂氏! 拙者はまともでゴザル! 元に戻すなどと!」


 橘さんが何かわめいているが、とりあえず今は無視だ。


「一日でこれだけ変わってしまったのなら、元に戻すのも一日あればできるはずなんだ。とにかく今は僕よりも橘さんに詳しい人に話を聞こう」

「そんな、専門家みたいな人がいるの?」

「……居る、と思う。とにかく今は僕に協力してくれ」


 僕は橘さんの肩を後ろから抱えた。



 山田さんは何も言わずに橘さんの足を抱える。


「な、なにをする⁉ 解放を要求するでゴザル! 拙者は対話と身柄の解放を要求する!」


 手足をばたつかせる橘さんだったが、こっちは二人。余裕で押さえられる。


 さて。


 この学校の中で橘さんのことをよく知る人物は、僕の知る限りでは一人しかいない。





「これはまた、ずいぶんな変わりようだな」


 会長は、橘さんを見て絶句した。


 一方の橘さんは抵抗することを諦めたのかパイプ椅子に大人しく座っている。


「どうにかなりませんか、会長」


 僕が言うと、


「彼女がこうなった原因に心当たりはないのか?」

「本人曰く、アニメを見ていただけだそうですが」

「なるほど。大体わかった」


 ツインテールを揺らしながら神妙に頷く会長。


「橘さんを元に戻すには、どうすれば……」

「なに、心配はいらない。生徒たちの要求に応えるのが生徒会長の役目だ。私に任せてくれ。何より私も彼女をこのままにしておきたくはないからね。鈴仙、アレの準備を」

「はい、会長」


 会長の席の隣に立っていた鈴仙さんが、おもむろに生徒会室を出ていく。


 アレっていったい何だろう?


「ところで、新しく部員が増えたみたいだな」


 会長の目は、僕の後ろの山田さんを見ていた。


 山田さんは外国人スマイルを作りながら、


「ハーイ、ワタシ、マリア・イスマイリア言いマース」

「ああ、山田和江さんか。君も自分の居場所を見つけられたようで何よりだ」

「……マリア・イスマイリア言いマース」

「言い直す必要はない。私は生徒会長だ、全校生徒の顔と名前くらいは憶えているよ。もちろん君が英語を全く喋ることができないことも知っている」


 チッ、と舌打ちする山田さん。


「全部お見通しってわけ? それじゃまるであたしがバカみたいじゃない」

「ふっふっふ。いや、バカにしているつもりはないんだがね。気を悪くさせてしまったのなら謝ろう」


 そこへ、鈴仙さんが台車を引きながら戻って来た。台車の上にはテレビが乗っている。


「会長、お待たせしました」

「来たか。よし、設置を頼む」

「仰せのままに」


 鈴仙さんは手際よくテレビを会長席――つまり、ちょうど橘さんの目線の高さにあった位置に設置した。


 そして、テレビに繋がったDVDプレイヤーにディスクを差し込む。


「何が始まるんです?」

「簡単なことだよ、宇津呂君。橘さんがアニメを見て変わってしまったのなら、別の映像を見せてそれを上書きしてしまえばいい」

「そんなことができるんですか?」

「かえ姉……いや、橘さんは小さい頃から影響を受けやすい人だった。漫画を読んだ後は、ことあるごとに漫画に出て来た台詞を言うような人だったんだ。だから、教育ビデオでも見せればすぐに元通りになるだろう。多少の荒療治ではあるけどね」


 映像による洗脳状態を作り出すようなものだろうか。


 そう考えるとあながち不可能でもないような気がしてきた。


 ……いや、不可能だろ。常識的に考えて。


「や、やめるでゴザル! 拙者に触れるなぁ!」

「大人しくするのです。会長の言う通りにするのです」


 鈴仙さんは悲鳴を上げる橘さんを椅子に縛り付け、それからテレビの電源を入れた。


 画面には教養番組らしい、明朝体で書かれたタイトルが表示される。


 タイトルは『一から学ぶ数学』。


「こ、こんなものを見せるなァ! ガンガムを見せるでゴザル! ガンガムをぉぉぉ!」


 目を瞑ろうとする橘さんだったが、鈴仙さんはそんな彼女の眼鏡をはずし、そして瞳を両手で無理やりこじ開ける。


「手こずらせないで頂きたいのです。素直に従えば、すぐに済む作業なのです」

「ぐわあああああっっ!」


 橘さんの断末魔が響き渡る中、会長がおもむろに席を立った。


「少しの間校内でも散歩しようじゃないか、君たち。鈴仙、あとは任せた。あまり乱暴にし過ぎてはいけないぞ」

「はい、会長。お望みのままに」


 両腕で橘さんを押さえつけながら、それでいて平然な顔をしたまま鈴仙さんが答える。


 それを聞いた会長は、生徒会を出ていった。


 僕も橘さんの悲鳴を聞いていられなくなってきたころだったので、会長に続いて生徒会室を後にした。


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。あたしだって残るのは嫌よ」


 山田さんもついて来る。


 結局、鈴仙さんと橘さんだけを生徒会室に残すかたちになった。


 行為がエスカレートしないか少し心配になったが、さすがにあの鈴仙さんにも人の心くらいあるだろう。会長も乱暴にし過ぎてはいけないと言っていたし。せめて、彼女が橘さんにこれ以上ひどいことをしないように祈っておこう。そして、橘さんがあれ以上ひどいことにならないように願おう。


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