第20話 回り回って重なり合った未来 その②
会長は僕らに構わず先へ進んでいく。
どこに行くつもりなんだろう?
別に会長の後をついていかなければならない決まりはないのだけれど、僕と山田さんに行く当てなどあるはずもなく、僕らはぼんやりと会長の後ろを歩いた。
誰も言葉を発しないまま、ただ校内を歩き続ける。
そして、いつも僕らが集まっている中庭に到着した頃、会長は立ち止まり呟いた。
「……ふう、ちょっと興奮した」
「え」
「あ、いや、私は何も言っていないぞ。憧れていた年上のお姉さんが被虐的な目に遭っているのを見て興奮したなんて言ってない」
「いや……そこまでは聞いてないんですけど」
「あ」
会長が、しまったという顔をする。
彼女は可愛らしく咳払いをした後でその場を取り繕うように、
「諸君らをここへ連れ出したのは他でもない。話したいことがあったからだ」
「話したいこと?」
「大したことじゃないよ。ただ、私と橘さんの関係を教えておこうと思ってね」
会長がちょこんとベンチに座る。いや、乗っかると言った方が正しいかもしれない。
「確か、幼馴染なんですよね?」
「……よく知っているじゃないか。私のプライベートな情報を入手しているとは、君もなかなかやる男だな。見直したよ。というか、思い出しただけかな? うんうん」
何かを納得したように会長は何度も頷く。
「何を言っているのかよく分かりませんが、橘さんに教えてもらっただけですよ。小さい頃はよく遊んでいたって」
「ん? あの人に教えてもらったのか?」
「そうですけど、何か?」
「あ、いや、何も。あー、とにかく君が教えてもらった通り、私とかえ姉は小さい頃からの知り合いだ。あの人は私の憧れだったんだよ」
「だけど橘さんは留年してしまって、今や会長の下級生ですよね。それで気まずくなって疎遠になったとか」
会長は首を振る。
「それは違うな。私は疎遠になったつもりはない。今でも四六時中あの人のことを考えているし、あの人が無事に卒業できるようにどんなことでもするつもりだ。生徒会長になったのもそのためだ。風紀委員に言って、かえ姉の遅刻回数や出席日数の書き換えだって行わせているんだぞ」
そ、そんなことしちゃってるのか? それって権力の濫用では?
やはり力こそパワー。
僕も将来は生徒会長になって、底辺ギリギリに位置する僕の成績を改ざんしよう。
にしても、橘さんのためだけに生徒会長になっちゃうなんてよほどのことだよな。
むしろ、愛が重いとも言える。
……ん、待てよ?
そうなると、鈴仙さん→会長→橘さんという壮絶な関係性が構築されているのではないかという僕のゆりゆりな考察はそれなりに的中していたということになるな。
もはやこれは波動どころじゃない。百合の嵐だ。リリーストームだ。
「しかし、そんな私も今年で卒業だ。来年以降彼女の世話をしてくれる存在……いうなれば友人が必要なのだ」
「その役割に僕が抜擢されたってことですか?」
「はっきり言えばそういうことだ。私は君に期待している。君が彼女を無事に卒業させてくれることを」
「……ひょっとすると、僕が留年してしまうかもしれませんよ?」
「そこは君の努力にかかっている。私の気持ちを裏切らないでくれよ? ふっふっふっふ」
不敵な笑い声を上げながら会長はベンチから立ち上がり、そのままどこかへ――方向から言って恐らく生徒会室に――歩いて行った。
「あのさ、宇津呂」
隣を見れば山田さんの青い瞳が僕を見ていた。
そういえばこの人もいたんだった……。
「何かな」
「橘さんって留年してんの?」
「ああ、どうやらそうみたいなんだ。だから本当は僕らより年上なんだよ……あ、まさか山田さんまで留年してるなんて言わないよね?」
「言うわけないでしょ。でも、あたしたちもぼんやりしてらんないわよね。早く部員を集めなきゃ留年しちゃうんだからさ。年下に混じって授業ウケなきゃいけないとか、あたし絶対イヤ」
顔をしかめながら山田さんは言う。
そのイヤなことを橘さんはもう四年も続けているんだと思うと、なんだか涙が出そうになる。
橘さんのためにも、そして僕らが留年しないためにも、何もしない部を立ち上げなければならない。
「そういえば、山田さんはどうして部活に入らなかったの?」
「ふん。そんなの答えるまでもないわ。部活なんて入ったらガンガムを見る時間がなくなるじゃない。一日十二話視聴するのがあたしの日課なのよ」
一話辺り二十分弱と考えると、おおよそ四時間くらいか。
「へー、そりゃ凄いね。疲れないの?」
「もちろん首筋や目にダメージは蓄積されていくわ。だけどあたしはそれで満足なの。そうして自らの体を犠牲にしながら見てこそ、最終回でボロボロになる主役メカの気持ちがわかるってもんだわ」
すごい。
アニメファンの鑑だ。
「それでは、山田さんにとってアニメとは?」
「血を吐きながら続ける悲しいマラソンみたいなものよ。だけど、それこそが本当の愛なのよ! アニメの長時間視聴によって自分に痛みを与えてこそ、身を粉にしてアニメを作り続けてくれたスタッフたちに報いることができるんだわ!」
「へ、へえ……そうなんだ。とりあえず僕は生徒会室に戻ろうかな……」
「ちょ、ちょっと! どーして引いてんの⁉ あんたもアニメファンならあたしの気持ちが分かるわよね⁉」
いや、分からん。
さすがに自分の体を痛めつけてまでアニメを見たいとは思わない。
ちょっと山田さんと心の距離を感じた。やはり人と人が完全に分かり合うことは難しい。
「まあ、冗談はこのくらいにして」
「あたしは本気よ! 本気でアニメを見てるのよ!」
「そろそろ橘さんも元通りになったかもしれないし、僕は様子を見に行くよ。山田さんはどうする?」
僕が言うと、山田さんはちょっとむっとした様子で僕の顔を見た。
「……どうするったって、あたし一人ここに残るのはイヤよ。行くに決まってんじゃない」
やれやれ、素直じゃない女子高生だ。
女子高生……。
あれ、今、僕は女子高生と二人きりで喋ってるのか?
しかも金髪碧眼、そして日本人離れしたスタイルを持つ女子高生と。
今まで気がつかなかったのだけれど、最近こうやって女の子と話すことが多い気がする。
部活を作るなんて面倒なだけだと思っていたが、案外ラッキーなこともあるじゃん。
「こうして二人でいるのも悪くないな……」
「は、はあっ⁉ 急に何言ってんの⁉ 変な気起こさないで欲しいんですけどっ⁉」
あ、危ない。心の声が少し漏れていたみたいだ。
山田さんが物凄い顔で僕を睨みつけている。
なんだか山田さんの顔が心なしか赤い気がするけれど、これはきっと彼女の頭に血がのぼっているからだろう。怒らせすぎるのも良くないな。
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