第17話 何もしない部に、君と その⑧


 というわけで、僕らはあの中庭へやって来た。


「話って何よ。っていうか、あたしあんたたちの名前も知らないんだけど」


 どかっ、とベンチに座りながら、山田さんが言う。


「僕が宇津呂無策、こちらの女の方は橘楓さんです。それであなたは、山田和江さんで間違いないんですね?」

「間違いないわ。両親がどちらも日系二世なのよ。それで、そんな名前になったわけ」

「見た目は思いっきり外国人なのに、山田和江か……フッ」

「あたしだって嫌なのよ! 笑わないでくれる⁉」

「いや、笑ってないですよ。もしかしたら名前と見た目のギャップに萌えを感じる人もいるかもしれないな、と思って」

「いるわけないでしょ? だって和江よ、和江。せめてマリアとかメイとか、外国にいてもおかしくないような名前にして欲しかったわ。……で、話って?」

「単刀直入に言いますけど、僕らの作る部活に入りませんか?」


 山田さんはちょっと意外そうな顔をした。


「部活を作る? あなたたちが?」

「はい。何もしないことをするために、何もしない部活を作るんです」

「何よそれ。だったら、部活に入らない方がマシじゃない」

「……え?」

「だってそうでしょ? 何もやらないんだったら、わざわざ部なんて作る必要ないわよ」

「あの、山田さん」

「何よ」

「部活に入らないと留年してしまうのは知ってますよね?」

「……え?」

「どうしました、ハトがトンプソン機関銃を食らったような顔をして」

「それを言うなら豆鉄砲。挽き肉になっちゃうわよ―――じゃなくて、一体何の話? あたし部活に入らないと留年なんて初めて聞いたけど……」


 ぽかんと口を開ける山田さんは、嘘や冗談を言っているようには見えなかった。


「マジで知らなかったんですか?」

「……あっ、分かった! あんた、その妙な部活を作るためにあたしを騙そうとしてるんでしょ!」

「残念ながら本当ですよ。悪いけど、僕は誰かとは違って人を騙す趣味はないから」

「はあーっ⁉ 何その言い方! あんた嫌味言わないと会話できないわけ⁉」

「それより今は部活のことを考えてください。留年すると、山田さんも困るんじゃないですか?」

「当たり前じゃない。好きこのんで留年する人なんていないわ」

「うっ」


 橘さんが隣で呻き声を上げたけれど、今は聞こえなかったことにしておこう。


「だったら君も部の設立に協力してほしい。名前を書いてくれればそれでいいから」


 僕は学ランのポケットから部の申請届を取り出し、山田さんに突きつけた。


 山田さんは一瞬躊躇うように目を泳がせたが、すぐに首を振った。


「い、嫌よ!」

「どうして?」

「人の言いなりになるのはあたしのプライドが許さないわ。ましてその相手があんたならなおさらよ!」


 おやおや。


 僕も嫌われたものだ。


「いいんですか? 部に入らなきゃ留年ですし、もし入ってくれなかったらあなたの秘密を全部言いふらしますよ」

「さ、最低! クズ! ゴミ!」

「何を言われても結構。僕には他人に傷つけられるようなプライドなんてありませんから」


 と、そのとき、聞き慣れない電子音が鳴った。


 携帯の着信音だ。


「……あたしだわ」


 山田さんがさっと立ち上がり、僕らに背を向けてスカートのポケットから取り出したスマホを耳に当てる。


 彼女のスマホからはキーホルダーのようなものがじゃらじゃらとぶら下がっていた。


「……?」


 よく見ると、そのキーホルダーには見覚えがあった。


 いや、でも、まさか。どうしてこの人がこんなものを?


「もう。あんたたちと余計な話をしてたから、ママに早く帰ってこいって言われちゃったじゃない。とにかく、あたしはあんたたちとこれ以上関わる気はないんだからね!」

「それは残念です。本当に残念なんだけど、あの、最後に一つ質問が」

「質問?」

「山田さんのスマホについてるそれ、もしかして稼働戦士ガンガム?」

「!」


 山田さんは自分のスマホを二度見した。


 そこにぶら下がっているマスコットキーホルダーは、間違いなくガンガムをデフォルメしたものだった。


「いやー、実は僕も好きなんですよね、そのアニメ。なんだ、山田さんも好きだったんだ」

「……!」


 突然近づいて来た山田さんに、僕は両肩を掴まれた。


 殴られるのかと思って目を瞑った僕だったが、いつまでたってもパンチは飛んでこない。


 恐る恐る目を開けてみると、そこには青い瞳から涙を流す山田さんの姿があった。


「あ、ご、ごめんなさい。さすがに僕も泣かせるつもりは」

「ど、同志よ」

「え?」

「あなたは私が人生で初めて見つけた同志よっ!」


 そのまま僕は前後に揺さぶられる。


「な、なんですかいきなり! 同志って何ですか⁉」

「タメ口で良いわ、同志の宇津呂っ! もしかしてこっちも知ってる?」


 山田さんはスマホのストラップの中の一つを僕に見せた。


「もちろん。主人公のライバルの、ジャーナ・ズナブールでしょ。赤い水性の異名を持つ」

「えーっ⁉ ウソ、本当に知ってるの⁉ アニメ全部見た?」

「見た見た」

「OVAのペロハチ小隊は?」

「見た。あのアニメのオープニングさ、本当はシールドに180ミリキャノン砲乗せて射撃なんかしていないんだよね」

「そうなのよ! 元ネタになってるシーンをよく見たらシールドと砲身の位置がずれてるのよ! なのにプラモではシールドの上に乗せれるようになってんのよね! 不思議よね!」

「えー、それじゃアレは? 『バケットの中の戦争』は?」

「あれは名作だわ! 見てない人は嘘だと言ってよ!」

「それ劇中で言ってない台詞じゃん。でも、ガンガムアレックスとズク改が相打ちになるシーンはさ」

「泣けるわよねーっ! どうしてパイロットの二人がすれ違っちゃったんだろうって、あたし三回見て三回とも泣いちゃった」

「分かる」

「……宇津呂!」

「山田さん!」


 僕と山田さんは、いつしか固い握手を交わしていた。


 僕と彼女の間にはフォッサマグナよりも深い溝があったかもしれないが、一本のロボットアニメによって完全に分かり合うことができたのだ。こんなに嬉しいことはない。


 ありがどう、稼働戦士ガンガム。ありがとう、監督のトミーよしゆき。


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