第16話 何もしない部に、君と その⑦



「え? いない?」


 放課後の一年三組の教室で、僕は僕に似合わず少し大きな声を出してしまった。


 名前も知らない男子生徒は頷く。


「そんな名前のやつ、ウチのクラスにはいないぜ。勘違いしてるんじゃないのか?」


 今まで、もう帰ったからいないとか今日は休んでいるとかいう理由で目的の人物に会えなかったことはあっても、存在そのものを否定されたのは今回が初めてだ。


 もしかすると会長が勘違いをしていて、クラスか名前が間違っているのかもしれない。


 面倒なことになったものだ。


「えーと、心当たりもないかな?」

「ないな。他のクラスじゃないのか?」

「そうか……。ところで君、部活やってる? もしよかったら僕と一緒に部活作らない?」

「俺、アニメーション研究部に入っちゃったんだ。悪いな」


 そう言い残し、男子生徒は教室を出て行ってしまった。


 アニメーション研究会か……。


 そういえばそんな部活もあった。もし部活を作れなかったら――いや、必ずできる! きっと作れる! 弱気になるな、僕!


 ……うっ、テンション上げすぎて眩暈が……。


 とにかく確かなのは、僕らの最後の希望は断たれたということだ。他のクラスに当たってみればもしかしたらヒットするかもしれないけれど、それでも確保できるのは一人だけ。


 少なくとも二人は、他所の部活から引き抜いてでも捕まえなければならない。


 会長から言い渡された猶予期間は一か月。あれから既に一週間が経過しているから、残りは三週間だ。


 三週間……毎日一話ずつアニメを見たとしても、二クール二十四話分さえ見終わることのできないような短い期間であと三人の部員を集めなければ。


 とりあえず今は教室の外で待つ橘さんと合流して、今後の方針でも考えるか。


 と、僕が教室の出入り口に差し掛かったとき、ゆるくウェーブのかかった金髪の女子生徒が視界に飛び込んできた。


「……あれ、あなたもしかしてこの前の」


 金髪もぎょっとした顔で僕を見る。


「あ、あんた何しにこんなところに――じゃなくて、ワタシあなたのこと知りまセン、人違いデース」

「このクラスならちょうどよかった。僕、山田和江って人を探してるんですけど」


 僕がその名前を口にした瞬間、金髪の顔色が変わった。


 かと思えば、僕は彼女の手で教室から引きずり出されていた。


「あんた今、なんて言った⁉」

「だから、山田和江を探してるって」

「ねえ、もしかしてわざとあたしを困らせてるの? だったら許さないわよ!」

「何の話? 僕に分かるように説明してくれる?」

「え? だから、山田和江は私の名前だって話――」


 言いかけて、金髪ははっとした様子で口を閉じた。


「あれ? 君は確かマリア・イスなんとかっていう名前じゃ」

「そ、そうデース、ワタシはマリア・イスマイリア、れっきとした海外生まれの海外育ちデース。山田和江なんて名前じゃありまセーン!」


 そういえば、保健室の先生にも山田さんと呼ばれていた。


 間違いない。この金髪こそが僕らが捜していた山田和江だ。


「あの、ちょっと話を聞いてもらいたいんですけど」

「あんたに話したいことなんて何もないわよ」

「……もし僕の言うことを聞かないなら、お前が英語を喋れないことをバラす」

「何よ、あたしを脅す気? 残念だけどあたしは脅しと暴力には屈しな」

「みなさん聞いてくださいっ! 実はこの金髪女はっ!」

「ちょっと、大声出すのはやめて! 分かったから! 話は聞いてあげるから!」

「え⁉ あ、お、押さないで、山田さん!」

「山田さんって呼ぶな! うわわっ⁉」


 両手で僕の口を塞ごうとする山田さんの圧に耐え切れず、僕は廊下に倒れ込んだ。


 その上から山田さんが覆いかぶさって来る。


 あ、意外と柔らかい……。どこがとは言わないけど。


「あら二人とも、いつの間にそんなに仲良くなったのかしら」


 気づけば、廊下でもつれ合う僕らを橘さんが冷え切った目で眺めていた。


「……橘さん、良いニュースです。山田和江さんが見つかりました」

「だから山田って呼ぶなってば!」


 橘さんの表情がますます不機嫌そうになる。


「その前に少し場所を変えましょう。ここだと目立ちすぎるわ」




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