第15話 何もしない部に、君と その⑥


「なるほど。でも、それだったら日本語が分からないふりをするほうが面倒じゃないですか? 周りの人もあなたのことを誤解しちゃいますよ」

「誤解されていたほうがマシよ。片言で喋っていれば周りの人は安心するし、余計なコミュニケーションも取らずに済むし。そんなことよりさ、あたしが英語分からないっていうのは内緒にしてよね。そうじゃないとあたしが嘘ついてるのがバレちゃうから」

「……まあ、あなたがそれでいいならそうしますけど、周りの人に嘘をつき続けるのって大変じゃないですか?」


 僕が言うと、金髪少女は青色の瞳で僕を睨んだ。


「分かったような口きかないで。それとも何? あんたがあたしの誤解を全部解いてくれるってわけ?」

「この人本当は日本語ペラペラなんですよって僕が言って回るのは簡単ですけど、そういうことをして欲しいんじゃないんですよね?」

「はあ? 意味わかんないんですけど」


 金髪少女がますます不機嫌になりかけたとき、タイミングよく椎名先生が戻って来た。


「あーっ、あなたたちまだ保健室にいたんですかぁ? 早く戻らなきゃ五限目始まっちゃいますよぅ! 保健室に生徒が入り浸ってるって怒られるのは私なんですから、ちゃんと授業には出てくださいよぉ!」

「いや、僕らは教室に戻ろうと思ってたんですけど、この女が」

「こ、この女ですって⁉ あたしもうブチ切れたからね! あんた表に出なさいよ!」

「け、ケンカはやめてくださいーっ! ね、ね? 宇津呂くんも山田さんも」


 椎名先生が、小柄な体を僕と金髪の間に割り込ませてくる。


 わ、近くで見ると本当に胸が大きい。噂は嘘じゃなかったんだ。


 ……ん?


「あの、先生、山田さんって」

「あら? 宇津呂くん同級生なのに知らないんですか? 山田さんはこっちの――」

「わーっ! それ以上は言っちゃダメーっ!」


 金髪が椎名先生の口を塞ごうとするが、先生は案外素早い身のこなしでそれを躱した。


「ふっふっふ、先生こう見えても大学では少林寺拳法をやってたんですよぉ。格闘戦なら自信ありますよぉ――じゃ、じゃなくて、ええとぉ、ケンカは良くありません! 痛いだけですから、やめなさい!」


 椎名先生の声に、一瞬保健室が静まり返った。


 まるでそうなるのを待っていたように六限目のチャイムがなる。


「……あたし、教室に戻る。こいつと一緒にいたら気分が悪いわ」

「あーそう、そりゃどうも」

「ほんっと口の減らないやつね!」


 ぴしゃっ、とドアを閉めて金髪は保健室を出て行った。


「……ごめんねぇ宇津呂くん。あの子、本当はいい子なんですけどぉ……」

「いや、別に先生が謝ることじゃないですよ。僕は嫌われて傷つくようなプライドなんて持ち合わせていませんから。橘さん、僕らも教室に戻りましょう。六限目もサボると目立ちますし」

「え、ええ。椎名先生、お邪魔しました」

「生徒の健康と安全を守るのが私の仕事ですから。また具合が悪くなったらいらっしゃいねぇ」


 椎名先生に見送られながら、僕らも保健室を出た。


 一体あの女は何だったんだろう。


 できれば二度と関わりたくはない。


「そういえば、橘さん、僕とあの金髪が話している間ずっと静かでしたけど、やっぱり喉が痛いんですか?」

「いいえ、違うわ」


 橘さんは首を振って、


「私、コミュ障だから」




 さて。


 僕らが部活を作るためのメンバー集めを始めてから、はや一週間が過ぎようとしていた。


 期末テストまで一か月を切ったとかで勉学に勤しむ優良な学生たちを尻目に、僕と橘さんは今日も部員集めに奔走している。


 大体、一か月も前から勉強を始めるだなんて。あんなもの一夜漬けでどうにかすれば案外なんとかなるものだ。あんまり勉強しすぎてもバカになる……というのは言い過ぎだろうけど。


 とにかく、僕らはテストどころじゃない。部を設立できなければ留年になってしまう。橘さんに至っては退学だ。


 ――だがしかし。


「集まりませんね」

「集まらないわね」


 会長から貰ったメモを頼りにして何人もの生徒にアタックしてみた僕らだったが、未だ思わしい成果は上げられていなかった。


 誰もが既にほかの部活に入っているか、そうでなければ体よく断られてしまうのだ。


「名簿に残ってるのって、あと何人くらいですか?」

「昨日までに十八人断られているから、あと……」


 あっ、と橘さんが小さく声を漏らす。


「どうしました?」

「宇津呂くん、悲しいお知らせがあるわ」

「はあ」

「会長さんから貰ったというこのメモに書かれているのは、残すところあと一人となりました」

「あと一人? そ、そんな。部の設立には五人以上必要なんですよ?」


 たとえ残り一人が入部してくれたとしても、まだ二人足りないことになる。


 それでは部が立ち上げられない。


「……ごめんなさい宇津呂くん。私の運が悪いばっかりに。もしかしたら宇津呂くん一人で勧誘していたら、今頃部員が集まっていたかもしれないわ」

「バカなこと言わないでください。僕が一人で見知らぬ他人に話しかけられるわけがないじゃないですか。僕のコミュニケーション能力を甘く見ないでくださいよ」


 とはいえ、会長のメモという頼みの綱が切れかけていることには間違いない。


 どうしたものだろうか。道行く人に見境なく、部に入ってくれるようお願いするしかないのかもしれない。名前を貸してくれるだけでもいいんだけど。


「どうしようかしら、宇津呂くん」

「とにかく、今はメモに書かれた最後の一人に当たってみるしかないですよ。その人、名前なんていうんです?」

「一年三組の山田和江さん。この人が私たちの最後の希望よ」




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