星の輝きの下で⑥

 山の人の最終野営地は雲より高いというだけでなく、周囲に樹木や草花が極端に少ないため、薪を準備するだけでも一苦労だ。

 セリアの状態を少し様子見する必要がある。症状が軽くなるようだったら、中腹の野営地に戻るよりかは、この先まで登ってしまった方が安全だ。悪化するようなら、どうしたって戻らなければならない。

「お水、飲めますか?」

「うん」

 セリアはしばらく眠っていたが、日が傾きかけ、山の白い稜線に隠れようとしていた頃に、ようやく目を覚ました。

 それまでにエドはできる限りのことをした。狭い岩場で火を起こした。危険だったが、そうする他なかった。薪の量も最終野営地で使用する分しか残されていないため、ここで使えばその分だけ野営地に滞在できる時間が短くなることを意味しているが、セリアのことを思えば選択の余地はない。手持ちの荷物と周囲の石を利用して、簡単な風除けも築いた。手で持ち上げられる石を積み重ねて、それをテントの布地で覆えば、冷たい風で体温を奪われることもなかった。

 二人は小さな要塞で、できるだけ体温が逃げないように身を寄せた。火の熱を得るのに十分な燃料があるとは言い難い。それでも身体を温めるには火は欠かせない。薪を使い切ってしまわぬよう、慎重に、だが、体温が下がりすぎないよう、エドは神経を尖らせていた。

「このまま体調が戻らないようでしたら、とりあえず中腹の野営地にまで戻ります」

「……やだ」

 セリアはそう言うのが精一杯だった。どうしたってエドの邪魔はしたくないが、自分の身体がどうにも動かなくなっているのはわかっている。助けが必要だった。水を飲む。喉の奥に落ちていく水が、全身に染み渡っていくのを感じる。ただの水ではなく、薬が入っているのだろうと思った。考えるまもなく、セリアは再び眠りに落ちた。

 太陽が山の稜線に隠れた。となれば、寒さは急激に厳しくなる。上にも下にも動けない状態では、なんとかして熱源を確保することが大切だった。この一晩くらいなら燃料を使い切らずに済む。この晩で良くならなければ、背負って降りるしかない。

 エドは自ら築き上げた要塞に蓋をするように、テントの骨組みを斜めに渡して、その上から布を被せた。日の光から熱を得られなくなれば、さっさと外気を遮断してしまったほうが良い。なにより夜が心配だった。

 セリアはぐっすり眠っている。

 エドは姿勢を正し、跪いて手を合わせた。祈りだ。最後にするのがこんなことか、と自分のしていることがおかしかった。それでも、なにかに縋らずにはいられないのだ。神でも仏でも、アルモニウスでも、なんでも構わない。ただ、力が欲しい。私を、私以外を守るための力が欲しい。それを与えてくれるならば、この瞬間、悪魔に魂を捧げたっていい。星に、天体にこの身を捧げると誓ったときから覚悟していたはずなのに、どうしてだろうか、誰かと関わってしまうとその人のことを思わずにはいられない。だからこそ人と深く交わることを避けてきたのに、なぜか人がいるところへと気付けば帰っている。山で、空の近くで、我が命を捧げて天に奉仕するはずの一人物が、どうしてこうも他人の命を気にかけているのだ。……だが、それでも。助けてほしい。私を、そして私の友を。

 信仰心など持ち合わせていないのに、エドは必死に祈った。できることは、もはや残されていなかった。人は最後に祈ることしか知らない。祈ることに意味などないと知っていても、人は祈らずにはいられない。これは信仰だろうか、神を、山の精霊を、人知を超越した存在に頼ることだろうか。

「お願いです。ただ、機会をお与えください。私が私の力で彼女を救う、そして、私自身を救うための機会を、機会だけをお与えください。あとは私が手ずから最後までやり遂げてみせますから」

 前のめりになって額を地面にこすりつけるようにして、何度もなんども祈りを捧げた。目をつむり、頭のなかで言葉を唱えた。そうしているうちに疲れたのか、セリアに身を寄せるようにして、エドも眠りに落ちた。

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