第41話 金の魔力/道半ば

 紫色の煙を吸い込み、地面に倒れ込む万有とミトラ。煙はすぐに無くなったものの、煙が与えた被害は確かにその場に残っている。


「な、なんで……罠は仕掛けてないって、言ってたのらよね!?」

「これは罠では無く攻撃です。事前に仕掛けられた物では無い以上、それは罠とは呼べないでしょう」

「屁理屈を……!!」


 首を押さえて悶え苦しむミトラと万有。首筋には多くの血管が浮き彫りとなっており、皮膚も若干紫がかっていた。


「苦しいですか? そりゃあそうでしょう、そのままでも生物界最強最悪のヒュドラの毒の毒性を、数倍にブーストしてるんですからね」

「が……あ……」

「ヒュドラの毒の効果は主に二つ。能力の封印、さらに毒を浴びた者を三分後に死に至らしめるというものです」

「な、に……」

「つまりあなた方はチェックメイトと言うことですよ。まったく、敵の言葉を鵜呑みにするなんてチョロい方々だ。なぜ私はこんな奴らに怯えていたんだ」


 懐から拳銃を取り出し、万有の元に歩み寄る1号。


「4号、貴女は曲がりなりにも私の知り合いだ。ゆえに生き残るチャンスを与えましょう。ですが――」


 1号はしゃがみこみ、仰向けに寝て苦しむ万有の額に銃口を押しつける。


「まずは、一番の危険因子を殺さねば」

「や、めろ……!!」

「毒で死ぬよりずいぶんマシでしょう? 吉野万有、私に感謝して下さいね」


 口を閉じたまま、何も言わずにいる万有。そんな万有の脳内には、自分自身が歩んできた過去が走馬灯のように流れていた。


 ◇  ◇  ◇


 万有はかつて、大企業の社長を親に持つ社長令息だった。彼の周りには常に、多忙な両親の代わりに身の回りの世話をする十数人の召使いがいた。


 しかしその召使い達は、父親が帰った時に父親から暴行を加えられたり暴言を吐かれたりするため、その仕返しにとばかりに万有に対して素っ気ない態度で接していた。


 そんな経験から、万有は6才の頃には既に『金』という存在に疑問を抱いていた。暴行も暴言も、全てを受け入れさせてしまう金の魔力に。


 万有の生活が一変したのは、10才を迎えて間もない頃の話だった。ある日、学校から帰ってきた万有は凄まじい物をみる。


 閉ざされた門の前で、体育座りでうずくまる母親。万有が話しかけると、母親はただ一言、万有にこう告げる。


「パパ、逮捕されたって」


 その日、吉野一家は全てを失った。以降、万有と母親は公園の茂みの中にダンボールを敷き、夜は警察官に見つからないよう息を潜めるという悲惨な生活を送ることとなる。


 そんな貧乏生活は半年間続いたが、ある日、二人の元に見覚えのある女性が現れた事で事態は急展開を迎える。


「久しぶりですね、元ご主人様達。養ってあげましょうか?」


 その女性は、召使いの中でも特に酷い暴行を受けていた人物だった。万有はそれを、傷だらけの顔からすぐに悟る。


 異変を感じ取った万有だったが、母親が女性にしがみついて懇願したことで退路を断たれてしまう。その結果、万有と母親はすぐに地獄を見る事になる。


 昼間は家事の代行を行うなど比較的穏やかだが、女性が帰宅した夕方から深夜までは、女性から受ける暴言や暴行にひたすら耐えながら女性の世話をする時間が始まる。


 数年間鬱憤を溜めてきた女性の攻撃は凄まじく、数年後には母親さえもその暴行で亡くなってしまうのだった。それでも万有はめげず、クラスメイトから傷を隠しながらなんとか中学高校の卒業に成功する。


 高校卒業後、即座に職を得て女性の元を離れた万有。そんな万有の目標は、『金のしがらみに縛られない生活』をする事だった。


 誰にも支配されず、誰も支配しない生活。それをするには金に頼らない生活をする事が必須だった。しかしその生活をするためには大量の準備資金が必要となる。


 7年かけてその準備資金を集めきった万有。しかし会社を辞めた帰り道、万有は一人の壮年の男性に刺されてしまう。


「ようやく見つけた……俺の人生を壊した、化け物の息子!」


 人気の無い場所で刺された万有が助かることは無く、そのまま出血多量で死んでしまうのだった。


 そして現在、回想を終えた万有の心には一つの熱意が宿っている。


(……まだ死ねるか。金に縛られない生活、それがまだ未完成なんだからよ。金に殺されたお袋の仇を取るためにも、道半ばじゃ、死ねないんだ!!)


 カッと目を見開き、斥力を付与した右手を1号に向けて突き出す万有。天高く打ち上げられた1号は、意表を突かれた事もあってか、為す術もなく高所から落下して顔を強く打つ。


 唸りながら、膝に手をついてゆっくり起き上がる万有。こちらも顔を押さえながら起き上がる1号は、冷静な万有とは対照的に呼吸が荒くなっていた。


「な、何故だ!! 貴方は確かにヒュドラの毒を吸い込んだ! 苦しみもしている! なのに、何故能力が使えるのです!」

「……ハッ、俺が本当に何の心配もせずここまで来たと思ってんのか? ヒュドラと会えるってなった時点で、毒を撒かれるかもなってなんとなく警戒してたのさ!」

「まさか、毒を吸い込んでいない!?」

「そうだ。つまりは俺の方が一枚上手だったって訳さ」

「……なるほど」

(ってのはハッタリだ。ホントはちょびっと毒を吸い込んじまったし、今の一撃を最後に能力の封印は完了しちまった。致死量は何とか免れた、ヒュドラの毒が再装填されるまでの五分でやれる事を――)

「では追加で毒を撒きましょうか」


 1号が指を鳴らすと、再び紫色の煙が辺り一帯を包む。咄嗟に口を押さえる万有だったが、またしても間に合わず、血を吐いて地面に倒れてしまう。


「ええ、言いたいことは分かりますよ。毒の再放出までは五分かかるはず、でしょう? 研究者達がそれを見落とす訳がありませんよ」

「く、クソ……」

「本当に毒を吸っていなかったのか、これでもう確かめる必要はありませんね。では改めて、死んで頂きます」


 1号が再び拳銃を万有に向けたその時、1号は3発の銃弾を心臓に受け、胸を押さえて血を吐き出す。そして室内に入ってきたのは――


 鬼のような形相をしたアレンだった。

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