第40話 滅びの爆心地

 一方、1号を追いかけるミトラと万有がたどり着いたのは、巨大な白い塔の麓だった。


「いつの間にこんなデカいの建ててたんだ?」

「この塔がそのままヒュドラのデカさになってるとしたら、割とちっちゃいのらね」

「これでも普通のモンスターと比べりゃ結構デカいはずなんだがな? まあ、とりあえず1号の後を追うぞ」

「でもその1号が見当たらないのら。もしや撒かれ――」

「撒きませんよ」


 二人が振り向くと、そこには1号がいた。


「ようこそ、滅びの爆心地へ。歓迎しますよ」

「……随分余裕のらね。アンタは今、本拠地に乗り込まれてるのらよ?」

「ご安心を、もうあなた方がどうこうできる段階はとうに過ぎておりますので。しかし、せっかくここへ来てくれたのです。どうせなら、組織の最高傑作をその目で見て頂きたく」

「おう、招かれたなら入ってやるさ。んでもって弱点を見つけ出して、本番になったら何もさせずに殺してやる」

「ま、待つのら! 1号の狡猾さはさっき身を以て知ったのらよね!? 罠にはめてくるかも知れない!」

「私は罠なんか仕掛けてませんよ。そんな狡い事をしなくても勝てますので」

「悔しいが、今のところは正論だな。なら行って情報を集めない手は無いだろう、行くぞ」

「う、うん……」


 不安げな表情を浮かべつつ、ミトラは1号の後を追う万有についていくのだった。


 塔内に入った三人は、終着点が見えないほどに長いエスカレーターに乗り込む。


「時に吉野万有。貴方は世界進化計画についてどれほどご存じで?」

「世界を滅ぼそうとする不届き者としか」

「過程だけを見て不届き者呼ばわりとは、なんと浅はかな。我々の目的を聞けば、そんな生意気な口を利けなくなりますよ」

「ほう、じゃあ言ってみろ」

「我々の目的、それは『原住民と転生者の間にある貧富の差を無くす』事です」

「貧富の差?」

「何故かは知りませんが、この世界は転生者のほうが強力な能力を貰えがちなのです。その影響で、原住民は実力不足で高い報酬金が出るクエストに行けずにいるのが現状です」

「だがハル街の人間は高ランク帯にいたぞ」

「例外が無いと言った覚えはありませんが。とにかく、普通の原住民は日々雑魚モンスター相手に命を賭け、貰ったなけなしの金で貧乏生活を送っているのです。それを変えようと、我々は立ち上がったのです」

「変えようが無いだろそんなの」

「変えられるんですよ、人類を一度滅亡させる事でね」

「……は?」

「転生者を召喚する機構ごと世界を破壊すれば、その後産まれる新たな世界は原住民だけの世界になります。その過程で一度人類は滅びてしまいますが、それを気にする必要は無いでしょう」

「……全部仮説だろうが。そう言う機構があるのかも、原住民が新たに生まれる事も、全部!」

「いいえ真実ですとも、だって組織の博士達がそう言っていたのですから。あの天才達が言うんですよ? 証拠など要りません」

「行動のみならず思考回路まで組織の犬とはな。敵ながら憐れに思えてきたぜ」

「挑発のつもりでしょうが私には通じませんよ」

「別に呟いただけで、お前に向けて言ったつもりはねぇよ。自意識過剰か?」

「……貴様」


 突然、1号は後ろにいる万有の腕を掴んで背負い投げをする。虚を突かれ、僅かな間呆然とする万有。しかし打ち上げられた体が落下を始めたとき、我に返った万有は重力操作で安全に着地する。


「何しやがる!」

「私はねえ、貴方が大嫌いなんですよ。原住民では決して到達し得ない高みたるS4、その中でもトップクラスの富を築いた貴方がね」

「嫉妬かよ」

「そうでない。貴方は原住民が味わえない多くの贅沢を味わった事でしょう、それが許せないのです。きっと彼等も、貴方を憎んでいる事でしょう」

「知った風な口を利くんじゃねぇのら」


 1号は自分の後ろにいるミトラの方を向く。


「お前は二つ思い違いをしてるのら。一つ、万有は贅沢が大嫌いな人間のら。二つ、原住民たちはこの世が不平等じゃ無くなって欲しいだなんて微塵も思ってないのら」

「気にも……?」

「アタシは組織によって廃棄されてから、多くの原住民と触れ合ってきたのら。そして気付いたことは、各々がいろんな形でこの世の不平等を受け入れている事だったのら」

「戯れ言を。受け入れてるですって? そんなの辛いだけじゃないですか」

「みんな、この不平等の解消を求めてないのら。そうじゃなきゃ強い冒険者を雇って代わりに討伐して貰ったり、冒険者相手に商売したりして、不平等で利益を被る側になろうとはしないのら」

「……バカな」

「何とかこの破壊に正義を見いだした気でいたみたいのらけど、実際は原住民にとっても悪しき行いでしか無かったようのらね。大人しく自分が悪だとって事を認めるのらよ」


 少し黙り込んだ後、1号は不敵な笑みを浮かべる。


「今の私は博士達の意思を継ぐ者。ゆえに汚名を被るのを恐れていましたが、滅ぼしてしまえば善悪など関係ありませんでしたね。ならば今は、悪である事を良しとしましょう」

「開き直りやがったのら……」

「貴女も同じようなものでしょう。おや、そうこうしているうちに終着点が見えてきましたね。皆様、滅びの化身をみる準備はよろしいですか?」


 二人が頷くと、三人は一斉にエレベーターを駆け下りる。移動した先には1枚の鉄扉があり、1号が鍵穴に親指を押し当てるとカチッという音がした。


 1号が思いっきり扉を押し開けると同時に、室内になだれ込む三人。その先で見た物は――巨大な、三つ首の龍だった。


「!!」


 思わず口を押さえるミトラ。


「違う! ハル街を滅ぼしたヒュドラとは、エネルギーも大きさも桁違いのら!」

「あれは試作品だと博士も言っていたでしょう? これこそが、世界進化計画の研究者達が理想とするヒュドラの姿です! どうです、美しいでしょう」

「……てっぺんが暗くて頭は見えねえが、それでも、溢れる気迫からとんでもない化けもんだってのは分かるぜ」

「ありがとうございます。それと、あなた方に一つ伝え忘れていた事がありましたので今お伝え致します」

「なんだ?」

「――ヒュドラはもう、起動してるんですよ」


 刹那、二人は上空から振ってきた紫色の煙に包まれる。万有とミトラは咄嗟に口を押さえるも既に遅く、すぐに膝を突いて地面に倒れ込むのだった。

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