エピローグ




 飛行船を使い、僕達は屋敷に向かっていた。よほど疲れていたのだろう。個室のベッドでイーリスが既に眠っている。


 苦しそうに眠る彼女を眺めつつ、僕はベッドの脇の席に着いた。


 僕はアリスの手を握り、魔力で治癒を促進させている。カーヴェルに加わったばかりの彼女を一人にできない。


 それ故に治療目的という建前で自然に、アリスを隣に座らせた。


「……とりあえず、今からルシアの堕転を止めようか」


 あっけらかんと僕が言うと、テーブルを挟んだ向かい側の席でレイラとルシアが呆けていた。


「だ、堕転を止める……?」


 震えた声でレイラは確認した。どうにも信じ難い発言らしい。確かに歴史上、堕転を克服した者は実在しない。信じられないのも無理はないだろう。


「忌み子は同格の魂を取り込むことで、呪いの耐性を高められる。だからこそ、イーリスは呪具を取り込んでも魔族化しなかった」


 僕は一から説明することにした。レイラとルシアはイーリスが魔族ではなかったことに驚いているみたいだが、それは一旦無視だ。


「ルシアも同じことができる」


 僕は懐からちいさな結晶を取り出した。結晶が忌み子の魂だと察したらしいレイラは、「……それは」と目を見開いて驚く。


「この魂を取り込めば、それだけで堕転は可能だ」


 僕はゲームの知識で知っている、マモンとヴィネが同格の存在だと。


 マモンの宿主となった少年は、ルシアと同格のタマシイと考えて差し支えない。


 ゲームの知識通りなら克服は可能なはずだと、僕はルシアと目を合わせる。


「――――っ!」


 息を呑むレイラに比べ、「…………」とルシアは目を合わせた。


「私は……――それを受け取れません」


 短い沈黙を打ち破る。ルシアはハッキリとした声で、堕転の克服を断った。これには「…………え」とレイラも言葉を失う。


「マモンが言っていました……、私のせいで帝都が襲撃されたと……。わ……、私が大人しく死んでいれば、図々しく生きなければ、こんなことには……」


 目に涙を溜め、ルシアは弱々しい声で自分を責めた。


「ルシア……! 自分を責める必要なんて――」


 レイラが戸惑い、叫ぶが、「それは……、困るな……」と僕は遮った。


「……え?」


 意外だったのだろう。レイラは戸惑った様子だ。


「堕転の克服は魔力を高める。イーリスの魔力が高い理由も、克服による影響だ。俺としてはルシアにも魔力を高めて欲しい、今後の戦いに備えて」


 僕が堕転の説明を始めると、二人は黙って聞いていた。今後の戦いという発言に引っかかるのだろう。


「……堕転した後に、同格の魂を吸収させる。これも可能だが、俺はしたくない」


 理由は単純だ。「堕転とは肉体の変質が伴う。脳が変化すれば性格が変わり、多くの記憶が失われる。つまりルシアではない誰かになってしまうわけだ」と僕は端的に言う。


「そんな奴を信用できない。俺はルシアだから信用できる」


 真剣な気持ちが伝わるように、僕はルシアと目を合わせる。そして「……必要なんだ、ルシアの協力が」と続けた。


「…………っ!」


 ルシアは僕の言葉に、少し反応する。臭いセリフだったせいか、ルシアの頬がほんのりと赤く染まっている。


 漫画の主人公っぽう熱い発言をしてみたが、似合わなかったらしい。少し反省だ。「俺のことが嫌いなのは知っている。だけど協力してほしい。これはレイラを守るためでもあるんだ」と、無難な言葉を付け加えた。


「……べ、別にお兄さんのことは、嫌いじゃありません」


 目を逸らし、気まずそうにルシアは言う。


「……そもそも全部、マモンが悪い話だ。敵の言葉なんて真に受けなくていい」


 僕はアリスの手を離し、ベッドの縁に腰を下ろした。そして「ルシア。そんな暗い話は後にして、早く裸になってくれないか?」と微笑む。


「「…………え?」」


 レイラとルシアは声を揃えて、目を丸くした。


 アリスはセレナの話を事前に聞いていたので、驚いた様子はない。僅かに呆れた様な顔で頬を染めつつ、僕を見ている。


「魂を取り込ませるのに服が邪魔なんだ」


 言葉が足りなかったと気づき、僕は説明を付け加えた。


「いいですね……! ついでにエッチなことをしましょう……! お誂え向きにベッドもあります……!」


 イーリスは元気そうな様子で起き上がる。さっき苦しそうな顔で寝ていたはずだが、起きていたのだろうか。分からないが、とにかく今は元気そうだ。


「そういう目的じゃないから……」


 彼女の両肩を掴み、寝かせようと僕は押す。


 イーリスは甘えるように僕にキスして、「いいじゃないですかぁ……。何で意地悪なことばかり言うですかぁ……。私、今日はお預けを食らってばかりです。いい加減、エッチなことがしたいです……」と猫のように頬擦りを始めた。


 僕としては正直、このままイーリスを押し倒して性行為を始めたい。しかし妹達の前なので流石に自重し、イーリスを抑えつつルシアに魂を取り込ませた。


 無事にルシアは堕転を克服し、僕達が屋敷に着くとレジーナとセレナが出迎えてくる。彼女達はウォーレンやエルヴィンが逃げ出したことを聞いていたのだろう。


 セレナは大粒の涙をぼろぼろと流し、僕に抱き着く。レジーナは疲れた顔で「よくやった」と短く褒め言葉を口にして、胸をなでおろした様子だった。



 屋敷の地下に隠された遺跡。天井に埋め込まれた結晶に照らされた石造りの通路は、あまり使用されていないせいか埃っぽい。


「それにしても、ひどい傷だな」


 レオンの隣を歩くレジーナは微笑した。


「軽い気分で瀕死のマモンと戦ったら、半殺しにされちまった」


 レオンが肩を落として自虐すると、「格好悪いなぁ、お前……」とレジーナは噛み殺すように笑う。


「本当だよ。すっげぇ大物気取りで戦ったのに……、格好わりぃ……。本気でマモンが許せねぇよ。俺のドヤ顔を血で染めやがって……」


 不機嫌な面で冗談交じりに言うレオンに、レジーナは「マモンが相手なら仕方ないさ」と笑いながら慰めていた。


「アリス。すまなかった、戦いに巻き込んで……」


 振り返らず、レオンは言う。申し訳なくて、面と向かえないのだろう。それを察しているアリスは、「気にしなくていいわ。私はカーヴェル派に加わると言ったでしょ?」と少し強がった。


「……でも気が収まらない。いつか必ず埋め合わせするよ」


 レオンはアリスを帝都に向かわせるつもりはなかった。


 結果としてアリスはイーリスを手助けし、レオンが駆け付けるまでの時間稼ぎに尽力した。だからレオンはアリスを巻き込んだことに後悔はない。


 だが罪悪感は抱いているので、彼はアリスに埋め合わせを考えていた。


 アリスは頬を染めて「律儀な人達ね……。イーリスも同じことを言っていたわ」と、呆れた声で呟いた。


「そっか……。そうだろうな……」


 レオンは苦笑する。彼はイーリスが心無い人間ではないことを知っていた。


 アリスをカーヴェル派に加えた宣言の為、剣武祭は都合のいい舞台である。だから軽い気分でイーリスはアリスを連れて行った。


 レオンと同じくイーリスも後悔はないだろう。しかし彼女もまた、レオンと同様に罪悪感を抱いているのは想像に難くない。


「これは……」


 細い通路を抜けた先の広い空間に、十数メートルを超える二つの像が中央に並んでいた。


 アリスは立ち止まり、不気味な二つの像を見上げて息を呑んだ。


「古来より歴代最強の存在は『魔女』や『魔導師』と呼ばれている。これは千年前に実在していた二人を模した像だ」


 レオンがアリスに背を向けたまま説明した。


「仮に近い未来でリリスが復活したら……、勝てる?」


 暗い表情でアリスは言う、何か後ろめたい気持ちでもあるように。


「千年前から『魔女』の称号はリリスの物だ。現代最強のレジーナ=カーヴェルですら、リリスには遠く及ばない」


 レジーナは腕を組み、黙って聞いている。レオンの言葉に何の異論もないらしく、アリスは悔しさで握り締めた拳に力が入る。


「もしも数年後にリリスが堕転したら、俺達では勝てないだろうな……」


 真剣な声ではっきりと、レオンは断言する。


「……そう」


 唇を噛み、目を伏せ、アリスは落ち込んだ様子だった。


「心配するな。堕転したらの話だ。まだリリスは忌み子に宿って間もない。堕転できるほどの猶予を与えられなければ、何とかなるさ」


 レオンの言葉に、アリスは「――――ッ!」と絶句する。彼は確かに言ったのだ、リリスが忌み子に宿っていると。


「……堕転していない魔族は気配を隠せるはずよ。何でリリスが忌み子に宿っていると断言出来るの? どこかで実際に見たの?」


 アリスは冗談のように少し明るい口調だが、表情は暗く不安そうな声を出している。


「言えないことは誰にだってある……。そうだろ……? アリス」


 振り返り、レオンはアリスと目を合わせる。「…………」アリスは何も言わず、ただ彼の様子をジッと伺う。


「お前だって隠しているはずだ、自分の妹――アンバー=ローレンスが魔女を宿していることを」


 再びアリスに背を向け、レオンは呆れた様に微笑した。





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 祝! 完結です!


【悪役貴族と魔女見習いⅡ】を執筆中です!!


 新人賞に落ちたら投稿する予定です!!


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【★】くれた人! 感謝です!


 ありがとう! モチベ上がります!




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【悪役貴族と魔女見習い】 タブロー @taburou23

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