第29話



 マモンは魔術と封印術を混ぜ、黒く染まった炎を剣から撃ち放つ。


 封印術を混ぜた魔術は威力が大きく落ちる代わりに、異能を無効化する。たとえアリスの協力な異能でも例外ではないので、レオンは上手く対処せざるを得ない。


「…………ッ!」


 レジーナの見立て通り、レオンの経験不足は否めない。異能を駆使し、魔術が飛び交う戦いに慣れていない。


 それでも――。


「…………ははは!」


 マモンは才能の差で劣勢に追い込まれている。あまりにも理不尽な才能を前にして、マモンは堪え切れずに笑う。


 重傷は負っているとはいえ、依然としてマモンは魔力で圧倒している。


 だが、魔力の制御は差が歴然。マモンから幾ら斬撃を浴びせられても、レオンは殆ど無効化してしまう。


 対して、マモンは一方的に傷を負い、このままではジリ貧の状況である。


 だというのに彼は焦りを抱かず、戦いの高揚で口角が上がっていた。


 まだまだ若いなと、マモンは目を細める。


 流石は歴戦の猛者といったところか、彼は土壇場でさえ柔軟に対処していた。


 劣勢を強いられる状況だが、レオンに深手を負わせる策を一切悟らせない。


「……お前は他人の戦いを眺めているだけで楽しいか?」


 瓦礫や空気を足場に戦いながら、闘技場に着地したマモンは周囲を見渡す。


「そりゃあ、楽しいな。自分が戦うより好きかもしれない」


 マモンと少し距離を取り、レオンも闘技場に降りた。ゲームでマモンの性格は知っている、彼は優位に立つほど口数が増えるということも。


 何か企んでいるのだろうと、レオンはマモンの僅かな動きに目を凝らす。


 その視線の動きにマモンは気づき、少し呆れていた。


 あまりにも素直で才能だよりの姿は、まるでリリスと瓜二つだ。


 大魔術を制限して撃ち放つ技量を含め、レオンは彼女を彷彿とさせる。


「……俺も同じだ。かつて無力な忌み子だった頃、こういう闘技場で働いていた。嫌な雇い主や観客が多くて死ぬほど辛かったが、試合を見ている時だけは心から楽しかった」


 空気が懐かしくて思い出す、虐げられた日々を。不思議なことにマモンは不快感を抱いていない。


 レオンは「何が言いたい?」とつまらなそうに尋ねた。マモンは挑発的な笑みを浮かべて「血塗れになっても、諦めない剣闘士が格好良かったって話だ」と剣を構える。


 帝都の端に聳え立つ時計塔。その最上階にイーリス達は逃げており、静かに戦況を眺めていた。


 レイラが血の泡を口から流しており、自力で助かる見込みは薄い状態であった。しかしイーリスが彼女の胸に手を当て、魔力で治癒を促進させている。


 半年前のイーリスは、他人を魔力で治癒できなかった。これは恐らくレオンの仕業だろうと察しながら、ヴィネは片膝を突いた。


 イーリスと同様にヴィネも体力の限界だったらしい。もうレオンが勝つと信じるしかないことに、悔しさが込み上げてくる。


「マモンが負った傷は深い。あれでは長く持ちません」


 イーリスはマモンの傷を見て、確実に死へ向かっている事を察していた。戦いは始まったばかりとはいえ、彼に残された時間は後僅かである。


 早く戦いを終わらせ、回復に専念しなければマモンは死ぬ。


「魔力の差は縮まった。マモンは逃走すらできねぇはずだ」


 口角を吊り上げ、ヴィネが冷静に判断する。彼女はマモンと何度も戦った経験があり、手の内はある程度知っている。


 だからこそレオンが勝つと強く信じられた。でも口にはしない、戦いは最後まで何が起こるか油断ならないからだ。


「どうした? こないのか?」


 薄ら笑いを浮かべて、レオンは剣を構え続ける。マモンが何か企んでいることは察しているが、見当もつかない。


 この状況で下手に動きたくないと、自ら攻撃を仕掛けようとはしなかった。


「…………っ!」


 俺ならできると自分を鼓舞し、マモンは駆けた。お互いに魔力を制限した接近戦。斬撃の数と威力は同等で、純粋に読み合いの勝負を続ける。


 二人の攻撃は斬撃の射程を短く制限しているので、地面に浅い傷しか作らない。


 激闘を繰り広げているわりに、やや大人しい印象がある。


 先程の力試しを交えた戦いと異なり、真剣勝負だからこそ地味な戦いを繰り広げている。


 経験で勝るマモンはジリジリと調子を上げていき、レオンの動きに慣れてしまう。


「へぇ……」


 レオンの心境に一切の焦りはなく、冷静に相手の動きを見る。これは体感時間を引き伸ばすことに長けたレオンの悪癖だ。


 彼からすればマモンの動きなんて欠伸が出るほど遅い。


 この体感時間に頼り切りな彼は、自然と後手に回って反撃に専念してしまう。


 まだ彼には足りていないのだ、自ら攻めて勝機を見出す力が。


 少なくとも時間稼ぎでマモンの出血多量や傷の悪化を待つようでは、必ず足を掬われる。


「…………ッ!」 


 マモンは少し顔を歪ませ、わざと体勢を崩す。無防備な姿を晒し、絶体絶命の状況に自らを追い込む。


 この距離と体勢で攻撃されたら、マモンは絶対に避けられず死ぬだろう。


 演技にしてもやりすぎたなと、レオンは間髪入れず剣に炎を纏わせる。


 その時――。


「…………ッ!!」


 突如として地面が割れ、真下から迫りくる斬撃をレオンは避けられなかった。


 彼の全身に亀裂が入り、血が吹き出す。握っていた剣は粉々に砕け散った。





―――――――――――――――――――


 あと2話で――【完結】です。



 ……今だから言うけど、コミカライズの話があったんだ(決定ではない)。


 でも編集から、20日くらい連絡が途絶えた。恐らく、漫画家が見つからないのだろう。笑。



 これ以上ランキングも伸びなさそうだし、ラノベとして書籍化も無理だと思う。


 というわけで、打ち切ります。こんな拙作ですが読んでくれた人達に大感謝です! ありがとう!






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