第27話




「……それにしても、ウォーレンとエルヴィンは面白いよな」


 気分が良くなり、マモンは話を切り出しながら様子を窺う。


 彼から見てもイーリスは恐ろしい存在であり、安易に近づけない。生きることを諦めた彼女は腹の子を気にせず、剣を振るうはずだ。


 気を抜かずとも、一矢報いられる。そんな予感が彼の内に広がっていた。


「強者に頼って弱者は助かろうと足掻く。そういう偽善に満ちた社会をアイツらは体現している」


 長く生きていた中でマモンは見ていた、多くの人や社会を。だからよく知っている、弱者という迷惑な存在を。


「弱者こそ正義であり、守らるべき尊き存在だ。弱者に歯向かう者こそが悪である。そういう馬鹿の声が大きくなるのは、社会の常だよな。無能で怠惰な者ほど社会を頼り、平気で迷惑を掛ける。弱者とは豊かな社会に住み着く害虫だと、いい加減に気づけよ」


 かつて無力だった頃を思い出し、マモンは肩を落として嘆息した。


「変わらないな、お前は。勝利を確信すると饒舌だ。そして幸せに暮らす民の人生に奪って何も感じない」


 せめて回復の時間を確保しようと、ヴィネは会話に付き合っている。


「善人は悪人の過去を聞いて同情したいのか? 不幸な過去があったとしても興味ないだろ。俺も同じだ。善人の過去なんて知らん。幸せな過去なんて興味はない」


 マモンは時間稼ぎに気づいているが、あえてヴィネの思惑を無視していた。


「善人も悪人も本質は同じだ。お互い、相手の人生に興味がねぇんだよ」


 そうマモンが言い終わった時、闘技場から新たな気配が複数現れる。


「――――ッ!」


 がくんと片足の力が抜けて、体勢が崩れる。もうここまでかという悔しさで、イーリスの表情が歪む。


「魔力より先に体力が底をついたか……。つまらない末路だな」


 マモンは横に視線を向けた。その先に見えるのは魔族の増援である。つまり時間稼ぎしたかったのは、マモンも同じだったのだ。


「…………」


 ヴィネはイーリスの様子を見て、自分達の死を受け入れた。


 聖騎士だろうが魔族だろうが、長距離の移動はグリフォンや飛行船を利用する。その理由は単純な体力の消耗だ。


 どれだけ魔力を体を鍛えようが、所詮は人の体である。体力は無尽蔵とはいかない。


 どんな歴戦の猛者だろうが、肉体的な限界が必ず存在するのだ。


 イーリスの臓器は殆ど傷ついていないので、魔力はマモンほど低下していない。しかし体力が残されていないのであれば、まともに動けないということだ。


 これでは戦いが成立するはずがない。


 ヴィネは目を伏せ、歯噛みする。帝都どころかレイヤ一人すら守れなかったと、悔しさが胸の内に広がる。


「認めてやるよ、イーリス=アーベル。お前は俺が想定していた以上に化け物だった。仮にウォーレンとエルヴィンの協力があれば、俺達を返り討ちにできたはずだ」


 止めだと、マモンが剣を構えた。


 その瞬間――帝都全域は血の様な赤に染まる、レオンの大魔術によって。


「――待たせたな」


 レオンの嘲笑交じりの邪悪な声が、空から響いた。

















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