第26話


 イーリスとマモン達は帝都を壊しながら、死闘を繰り広げていた。既に戦いが始まって数十分間が経過している。


 高層の建物は殆が崩れ、地は瓦礫で埋め尽くされていた。


「皮肉だよな。カーヴェルは優しさと強さ故に世界中から敵視されてしまった。魔族を震え上がらせる容赦のない暴力を誇示するあまり、味方にすら恐れられてしまったんだ」


 瓦礫の山から騎士姿の男はヴィネを見下ろす。彼は先程、闘技場の地下で会った人物である。


「世界中から聖騎士と魔族の精鋭を集めた。彼等ならイーリスを何とか倒せるはずだ」


 騎士姿の男は憐れむような目だった。「もう詰みだ。貴様らに勝機はない」と彼は剣を引き抜く。


「…………ッ!」


 ヴィネは血塗れだが辛うじて急所を避け、肩で息をしながら立っていた。


 背後で片腕を斬り落とされたレイラが、口から血を流して倒れている。


 まだレイラの意識は途絶えていない。腕の血は殆ど止め、臓器の回復に集中している。これ以上の大きな傷さえ避ければ、助かるかも知れない。


「貴様らに、何ができる?」


 まだ戦意を失っていないヴィネの瞳を見て、騎士姿の男は広角を上げる。


「……分からないか? マモン以外の魔族は始末した。だったら、お前を倒すだけで私がイーリスに加勢できる。……まだ、勝ち筋はあるはずだ」


 ヴィネは諦めるわけにはいかない。彼女はルシアと約束しているのだ、レイラを必ず守り抜くと。


「お前は何も分かってないな」


 やれやれと嘆息し、騎士姿の男は睥睨する。「……何?」とヴィネは眉を顰めるが気配の接近を察知して、目を大きく見開く。


「この場にいるのは俺だけではない」


 騎士姿の男が笑い交じりで口にした。「流石に驚いただろう? これからの時代は魔族が何度でも復活できる。我々は人工的に忌み子を作り出せるのだ」と彼は断じる。


 まだイーリスさえ無事なら立て直せると、ヴィネは判断していた。レイラを救う道を諦めていなかったが、もはや希望はなかったらしい。


 ヴィネの瞳に諦めの気持ちが混じった時、後ろの建造物が音を立てて爆ぜる。


 瓦礫が崩れ、煙たい土煙が晴れると中から血塗れのイーリスとアリスが見えた。二人は地に伏せ、吐血しながら無理に体を起こしている。


「――イーリス……!」


 二人の傷を見たヴィネは叫び、歯噛みした。


「イーリス=アーベル。もう諦めろ、お前に勝機はない。その足では俊敏な動きは無理だろう。足の動きが鈍れば技は全て遅れる。戦いの常識だ」


 騎士姿の男の隣に、いつの間にかマモンが現れていた。


「俺も片腕を奪われたが、足の負傷と比べれば遥かに軽い」


 マモンは話しながら、鞘に剣を収める。イーリスが負った傷は深く、これ以上は満足に動けないことが明白であった。


「ヴィネ。堕転を遅らせたのは失敗だったな。お前は俺と同格の魔族だが、まだ四割程度の力しか取り戻していない」


 マモンの指摘は尤もだ。事実として彼は、ヴィネが堕転していれば絶対に大胆な動きはできなかった。


「イーリス、ヴィネ。お前らは逃げた騎士達と本質は同じだな」


 心の底から蔑むようにマモンは言い放つ。その言葉に苛立ち、イーリスとヴィネは顔を歪めた。


「仲間を守った結果、周囲を戦いに巻き込んだ。ヴィネ。お前が早く堕転していれば、そもそも帝都は奇襲されなかった。この悲惨な末路は、お前らの甘さが招いたんだ」


 痛烈な指摘だ。マモンの言葉は正しい。ルシアが残された短い人生にしがみつき、ヴィネが堕転を遅らせたから帝都は襲撃された。


 口に出さないだけで、以前から多くの者はルシアの死を望んでいる。さっさと彼女が死んでしまえば、ヴィネはマモンに匹敵する力を得られた。


 どうせルシアなんて生きていても誰の役にも立たない。だったら図々しく生きようとせず、潔く皆の為に死んでしまえばよかったのだ。


 それを一番理解しているのはルシアであり、自然とヴィネは涙を流して歯噛みした。


「…………」


 イーリスは黙って生き残る道を考えていたが、すぐに諦めてしまう。一瞬だけレオンの姿が脳裏に過ぎったが、意味がないと目を伏せた。


 遠征や鍛錬を隣で見ていたイーリスが最もレオンの力を理解している。


 その上でマモン相手にレオン程度では鍔迫り合いすら成立しないと確信していた。


 戦いの中でマモンは深手を負い、魔力が著しく低下している。それでもマモンの魔力はレオンを圧倒していた。


 ここにレオンが駆け付けたところで――。


「詰み、ですね……」


 イーリスは肩を竦め、周囲を見渡す。帝都が滅び、残された民や騎士は大勢死んで、殺したはずの魔族は復活した。


 この戦いで得られた物は何もない。


 騎士団側の完全な敗北である。


 こんな惨状ではレオンが来たところで逃げるだろうと、イーリスは自虐的に笑う。


 あれだけ彼と交わっておきながら、男嫌いの彼女は未だに心を許せていない。だから気が付けなかった、レオンがイーリスを見捨てる気がないことを。










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