第22話



 ヴィネは客席から少し離れ、暗く人気の少ない地下通路に移動する。


「ルシア……、すまない。私が宿ったせいでお前は……」


 そう言い残すとヴィネの髪は黒く染まり、ルシアの姿に戻る。


「気にしても仕方がありませんよ。もとはといえば、あの人が悪いんです。私に忌み子の体質を押し付けたあの人が、全て悪い」


 ルシアが壁に体重を預け、暗い顔で床を見つめる。


 そして思い出した、実の母を誤って殺した過去を。血に染まった床。心臓部分と肩が抉れた遺体。今でも鮮明に覚えていた。


「寧ろヴィネには感謝しています、私が死んでもレイラを守ってくれると約束してくれたので」


 ルシアにとってレイラは大切な妹だ。自分が死んだとしても、レイラさえ守られるなら諦めがつくとルシアは考えていた。


「あぁ。この身が滅びようとも、レイラだけは守ってみせる」


 再びヴィネが体を支配し、髪は灰色に染まる。


 そろそろ試合が始まるので、来た道を引き返そうと思っていた。しかし視界の隅に狭い通路を見つける。


 少し気になって進むと『立ち入り禁止』と書かれた扉があり、ドアノブに手を掛けた。ここだけ遮魔で作られていることに、ヴィネは違和感を覚えていた。


 事前に闘技場の床や観客席が遮魔で作られていることは知っていた。しかし、この場所は知らない。そもそも地下に遮魔製の室内を作る理由が分からない。


「――ヴィネ様。そろそろレイラ様の試合が始まりますよ? よろしいのですか?」


 知らない男の声が響く。


 ヴィネは振り返り、試合が始まることに焦る。彼女は騎士姿の男に「……あ、あぁ。そうか。すまないな」と言い残して、その場を立ち去った。



「今回、アリス様は出てこないらしいな」


「ここ最近は毎年優勝して盛り上がっていたのに、残念だ……」


「噂だとアリス様は死んだらしいぜ」


「知ってる。マモンとオロバスの襲撃で消息不明なんだろ」


「じゃあ今年はレイラ様の圧勝だな」


 観客席で平民達がざわついていた、そんな時――。


 聖騎士の席から『えーと。すまないが報告がある。静粛に頼む』とエルヴィンの声が会場に響く。


『すまないな、水を差す真似をして。どうしても報告せねばならない事が起きた』


 ウォーレンの言葉は重々しい。固唾を呑み、周囲は言葉の続きを待つ。せっかくの剣武祭で温まった空気が瞬く間に冷めてしまう。


『この半年、マモンとオロバスの手によって幾つも国が滅ぼされた。彼らは強力な魔族であり、対処は殆どの国で不可能。帝国も、いつ狙われるのか想像もできない。そんな中、身の毛のよだつ報告が入った』


 ウォーレンは口角を上げ、『――吉報だ。聖騎士第7席イーリス=アーベル……! 彼女がオロバスを撃破した……!!』と声を張り上げた。


 理解が追いつかず、平民どころか騎士さえも固まっていた。しかし次の瞬間には――


「「「おおおおおおおおおおおおおおお‼」」」


 帝都に大きな歓声が響き渡る。


「やはりカーヴェルの強さは別格だ……!」


「イーリス様が……! 美しいだけでなく、強さまで圧倒的だとは……!」


「あの災厄の魔族を……! たった半年で見つけ出して始末するとは……!」


 身内をオロバスに殺された民や騎士は多い。オロバスの撃破に涙を流して喜ぶ者が大勢いた。


 今までカーヴェルを恨んでいた者達も、この偉業には称えざるを得ない。どれだけカーヴェルが多くの平民を戦いに巻き込んできたのか、それを加味しても釣りがくる。それだけオロバスは厄介な存在だった。


 これを機にカーヴェルの汚名は払拭され、蔑みの視線は消えるだろう。カーヴェルが帝国に必要不可欠な存在だと理解してもらえるはずだ。そうウォーレンとエルヴィンは考えていた。


「「「――――ッ‼」」」


 歓声が一気に消え失せる。帝都全域が蒼く染まっていたからだ、マモンの発動した大魔術によって。


「――待たせたな」


 上空からマモンの声が闘技場に響いた。





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