第21話



 レイラとルシアは闘技場の個室で待機していた。テーブルを挟んで二人は席に着いている。


「そろそろ始まりますね。頑張ってくださいね。とはいえアリスさんが今年は不在なので、圧勝でしょうけど……」


 頬を掻きながら、ルシアは困ったように苦笑する。


 アリスは空気を読めるので、上手くレイラに手加減しながら観客を盛り上げていた。しかしレイラは不器用であり、真面目過ぎて演技が苦手だ。


 きっとレイラの圧勝で観客が冷めるだろうと、ルシアは想像していた。


「……ルシア」


 レイラの顔色が悪い。何を言っていいのか分からないらしく、彼女から言葉の続きは出てこなかった。


「きっと一年後には私はいません。今日で剣武祭は最後ですね……」


 後半年もすればルシアは完全に堕転する。一時的に髪が変色するのと同じだ。堕転すれば脳を含めて少し肉体が変質する。それは自我や記憶の喪失を意味し、ルシアの死と同義だ。


「死んでほしくありません……」


 レイラは過去を思い出す。今まで本当の姉妹同然に過ごしていた日々。彼女にとってルシアは最も大切な存在だ。両親だけではなく、ルシアまで失うなんてレイラは受け入れられなかった。


 小さな体でふだんだろうが、ルシアが子供を作れば死を回避できる。しかし口にはできない、それはルシアの母親と同じ選択だから。


「私も死にたくありませんが、仕方ないですよ……。堕転は誰にも止められません……」


 再度、ルシアは苦笑して肩を竦めた。歴史上、堕転を克服した者は存在しない。死にたくないが、生き残る道がないのでは諦めるしかなかった。


 それでも最近までは淡い希望を抱いていた、レオンの存在に。


 彼なら自分を救ってくれるのではないかと、寝る前に妄想したこともあった。


 だが次第にレオンの興味が、自分に向けられていないことに気づいてしまった。


 ルシアは人の感情に察しがよく、レオンの演技に気づいている。そして彼がイーリスに心を許していることも察していた。


 誰もが憧れる容姿と力を持つ彼女こそ、レオンの隣に立てた。その現実にルシアは心を抉られる痛みを感じている。


 もしレオンが英雄の器だとしても、自分は見向きもされない脇役だ。そういう小さな存在が自分だと、ルシアは寂しい思いを抱く。


 ルシアは生まれた時から周囲に死を望まれていた。無様に図々しく今まで生きてきたが、もう彼女の体は堕転が始まろうとしている。


 心から行為を向けてくるレイラにすら、ルシアは激しく嫉妬していた。望まれない命だからこそ、彼女は人の役に立ちたいと願っている。


 ルシアが求めているのは愛情ではなく、自分を必要としてくれる相手だった。



 剣武祭の試合は公平と安全を重視していた。魔力は一定以上タカメレバ手首のリングが壊れる。


 魔力の性質を塗料に変えて相手は傷つけない。そういった縛りの中で、若い騎士が腕を競い合う。


「やるな……!」


「当然だろ!」


 レオンと同じ歳の少年達が決勝で激闘を繰り広げている。彼らは間違いなく天才の部類であり、観客は大いに盛り上がっていた。


「余裕で間に合いましたね」


 聖騎士用の席に軍服姿のイーリスが近づく。


「どう考えても大遅刻だろ……」


 席を立ちながら、エルヴィンは後ろを振り返る。


「イーリス、無事で良かった。単独でマモンやオロバスを探すなんて無茶はほしい。死んだらどうするんだ……」


 肩を竦めながらウォーレンは、「しかし、君の無茶は無駄ではなかったらしいな……」とイーリスの背負う大きな荷物を見た。


「戦いに使えそうだったので持ってきました」


 イーリスが少し邪悪な笑みを浮かべたと同時に、数百メートル先から爆発音が響く。


「またか……。毎年何で無意味に暴れる馬鹿が出てくるんだか……」


 慣れた様子でエルヴィンは頭を掻き、音の方向に歩き出した。「僕が行こう。ウォーレンとイーリスは――」と彼が剣を引き抜こうとした。


「私が行きます、男と同じ空気を吸いたくないので」


 イーリスはエルヴィンの後ろ姿に向かって無愛想に言い放つ。


「……だったら、何でわざわざここへ来たんだ」


 呆れた顔でエルヴィンは振り返り、イーリスの方に向いた。


 彼女は握っていた書類を差し出し、「これを読みなさい」とウォーレンに無理やり押し付け、その場を立ち去ってしまう。


「かなり強力な魔力だったが、どこの誰だろうな?」


 エルヴィンはため息交じりで席に着こうとしたが、「…………どうかしたのか?」彼は無言で書類を見つめるウォーレンに気づく。


「……これは!」


 ウォーレンは書類を握る力が強くなり、身に纏う魔力が感情と共に膨れ上がった。








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