第20話



 帝都は夜だというのに慌ただしい。それはいつものことだが、今日は剣武祭ということもあって格別だ。


「かつて魔族は忌み子だった。今も昔も変わりはしない、どういう扱いを忌み子が受けているかなんて……。マモンは平民の中で育ち、嫌な部分ばかり見てしまったんだ」


 ヴィネが憐れむように笑う。


 彼女とレイラは並んで歩き、周囲の目を集めていた。容姿端麗だけが理由ではない。今の彼女達は黒い軍服を着用している。黒い軍服はカーヴェルの証であり、軽蔑の視線を向ける者も少なくない。


「嫌な部分……、ですか?」


 レイラは平民の生活に疎い。セレナと会話した後ということもあり、少し興味を示してヴィネの話を促した。


「何気なく他人を見下し、傷つける。馬鹿な奴を見て笑う。どうでもいい奴を雑に扱う。そういう経験は誰にだってあるだろう?」


 私もあると、ヴィネは笑う。「誰もが似たような価値観を持っている。そんな人々の中でマモンは、最底辺という扱いを受けていた」と言いながら彼女は路地裏に向かう。


「好きな奴と馴れ合い、どうでもいい相手は雑に扱う。そういう生き方をアイツは見て育ち、体に染み付いちまった」


 ヴィネは過去に何度もマモンと会話する機会があった。それ故に彼の価値観を理解しており、僅かに同情していた。


「私達は悪人を見下し、殺しても罪悪感が薄い。マモンも同じだ。弱者を見下し、殺しても罪悪感が薄い」


 ヴィネは知っている、マモンが暴力しか知らず生きていたことを。忌み子という弱者ゆえに平民から虐げられ、魔族という強者になった途端に騎士団から命を狙われた。


 そんな理不尽な目に遭った彼が、道徳より暴力に価値を見出すのは当然と思える。


「見下す相手が違うだけで、私達の本質は同じだ」


 ヴィネは何度も見てきた、優劣を決めたがる人々の姿を。


 道徳、地位、金、暴力、幸せ、そういう下らない理由で人は周囲を見下す。


 人は自信が欲しい生き物だからこそ、周囲を見下すようになる。


 だから彼女は躊躇してしまう、侮蔑で他人を傷つけることを。


 人を見下し、命を軽んじる危うさにヴィネの心は揺れていた。


 今から罪人の女が処刑される。そこに正義はあるのだろうかと、まだ彼女は答えを出せずにいる。


 円型闘技場は既に観客で満ちている。中央の断頭台に罪人の女が縛られていた。目を腫らし、涙を枯らした彼女は醜くもがく。


「これより、剣武祭を開催する!」


 ウォーレンが唇に付けているピアス。これは声を増幅する魔道具だ。彼が発する声は広い会場に響くほど増幅されている。


「死にたく……、ない……!」


 罪人の女は枯れた声で叫ぶ。しかしウォーレンは無慈悲に断頭台で彼女の首を刎ねた。


「「「おおおおおおおおおおおおおおお‼」」」


 観客が一斉に歓喜の声を上げる。


 殺された罪人の女は半年前、忌み子を産み育てた。その罰を受けたのだ。彼女の甘さが数々の悲劇を引き起こした。だからこれは当然の報いである。


「…………」


 ウォーレンは断頭台ごと死体を炎で焼き払い、静かに立ち去る。


 この顔は僅かに悲哀を滲ませていた。どうにも彼女の恐怖に染まった表情が頭から離れない。


 本当にこうするのが正義なのかと、彼は拳を固める。手から血がポタポタと流れ落ち、怒りと悔しさで眉間に皺が寄る。

















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