第11話




 帝都より少し離れた山脈の上空を、ゆったりと飛行船が漂う。船内の百を超える乗客は、少し顔色が優れない。その多くの者達は一つの話題を口にしていた。


「次の標的は帝都だと噂だが……」


「そんなの誰にも分からないだろ」


「奴等の目的は一体……」


「オロバスが復活してから、これで滅んだ国は六つ目か」


「狙われているのは民ではなく、騎士団だけか」


「強者達の戦いに何人の弱者が巻き込まれたんだ……」


 高級な服に身を包む上流階級の者達は、マモンとオロバスに恐怖していた。


 船内はレストランだけではなく、娯楽施設が充実している。それを嗜みながらも多くの者は、どこか集中できない。いつ死ぬかも分からない不安で息が詰まりそうになってしまう。


「たった半年で国を幾つ滅ぼすつもりだ……!」


 船内でも特に高級感漂う家具が揃った個室。眉を顰めてウォーレンは歯噛みする。手に握られた書類はくしゃりと潰された。


 憤りは無理もない。これで六つの国は容易く滅ぼされた。圧倒的な暴力を前にして殆どの国は抗う術を持たない。


「レイラに並ぶ才能を持つアリス=ローレンスの死……。これは更に荒れるな」


 部屋の隅に置かれた器具を使い、エルヴィンは珈琲をカップに注ぐ。彼はため息をつきながら、カップに砂糖とミルクを加えた。


「エルヴィン……。まだ彼女の死は確定していない……」


 咎めるような口調で正面を睨む。ウォーレンはアリスの生存を諦めていない。死体を見るまで、彼女が死んだと思いたくなかった。だから言葉には僅かな憤りが滲む。


「マモンとオロバスは『封印術』が苦手だ。魔力を封じずに立ち去るなんて考えられない。十中八九、死んだとみて間違いないだろう」


 論理的な回答と言える。決してエルヴィンは冷たいわけではない。寧ろ人情深い性格であり、感情に振り回されるタイプだ。


 しかし理詰めで物事を考え進める面を持ち合わせている。それを理解来ているからこそ、ウォーレンは「出る杭は打たれる……。いつの時代も同じだな……」と言い争いをやめた。


「アリスの異能はあらゆる魔術を弾く。あれは歴史に残るほど強力な異能だった……。それを知る者は限られる……。恐らく聖騎士に裏切り者が……」


 これは考えたくない線だ。しかし、それしか考えられない。エルヴィンは聖騎士の中に裏切り者がいると確信していた。


「だとすれば、剣武祭でレイラが狙われる可能性もあるかも知れんな」


 今日は剣武祭が開かれる。その兼ね合いも含め、ウォーレンは行動をエルヴィンと共にしていた。今からレジーナと話し合い、レイラを護衛しながら帝都に向かう。そこに何かしら奇襲の可能性をウォーレンは危惧していた。


「いや、それはないんじゃないか? 僕達がいればマモンとオロバスを倒すに不足はない。楽勝とはいかないがな。それは彼らも理解している。オロバスが無駄なリスクを取るとは考えにくい」


 エルヴィンの考えは極めて合理的だ。しかし「そうだといいが……」とウォーレンは言い表せない不安を抱えていた。


 オロバスの復活、大胆な奇襲と破壊、行方不明のアリス。そこに大きな陰謀の気配をウォーレンは感じている。



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