第10話





 子作りを始めて半年が経過した。


 僕は遠征に行き、帰省してレジーナ達と交わる。これを繰り返していた。


 レベル上げは筋トレに近い。暇さえあればやればいいと言うものではない。沢山の経験値を短い期間で得て、ゆっくり休む。これが鉄則だ。


 具体的には十日間の遠征と二十日間の休憩。とはいえ、レベル上げの休憩という意味である。スキル習得の鍛錬は欠かしていない。


「やるな……!」


 ヴィネはルシアの体を借りて模擬戦を楽しんでいた。ルシアでは見せないであろう、不敵な笑みを浮かべている。


 彼女は髪は灰色に染まっているが、ルシアと同じ顔だ。しかし印象が別人と思えるほどに大きく違う。


「たった半年で聖騎士並みか……! 末恐ろしい奴……!」


 強い踏み込みと突き出す手刀。ヴィネの動きは洗練されている。魔族として生きた数百年の経験が動きに詰まっていた。


「…………っ!」


 僕は手刀が胸に刺さったと同時に、足を滑らしながら後ろに下がる。撃ち込まれた魔力を殆ど受け流し、負傷を最小限に抑えた。


 よほど油断しない限り、殆どの魔力を受け流せる。それくらい現在の僕は、卓越した魔力の感知と制御を体得していた。


「は……! 嘘だろ、すげぇな……! これでも効かねぇのかよ……!」


 ヴィネと僕の着ている軍服に目立った傷はない。僕達の実力は拮抗していた。お互いに攻撃を直撃させず、受け流している。


 風が強くなり、周囲の木々が騒がしい。日差しが強く、季節の変化を感じさせる。そんな森の中、二人で激闘を繰り広げていた。


 大地は裂け、木々は倒れ、岩は砕かれ、湖の水は宙を舞う。


 幾重にも高度な技を繰り出し、互いに受け流す。僅かな判断ミスすら致命傷に繋がる。


「く……!」


 体術スキルは負傷の蓄積に特化している。どれだけ上手く受け流しても、肉体内部は傷つく。表には見えない負傷が両者には蓄積されていた。


 肉体は魂の器。その肉体が傷つけば必然、魔力も低下する。中でも骨や臓器の負傷は著しい。


 それ故に、僕とヴィネの魔力は3割ほど低下している。だというのに僕と違って、ヴィネは笑っている。これは場数の違いだ。


 平穏な暮らしで生きてきた異世界人の僕と、長い死闘の歴史を魂に刻む魔族。どれだけ単純な戦闘技術が拮抗していようが、痛みで鈍化した思考では戦いは劣勢に追い込まれる。



 戦うレオンとヴィネ。その二人を遠目でレジーナは観戦していた。彼女は戦いに混ざるつもりがない。


 だから黒いワンピース姿で呑気に戦いを眺めている。レオンの鍛錬に付き合わないのは妊娠が理由だ。


 半年が経過しているので、かなり腹が大きい。だからこそ緩い格好で腹を締め付けない様にしている。


「足捌きだけは合格だな。腕ならともかく、足を負傷すれば圧倒的な不利に陥る。レイラも最低限、あれくらいは動けるようになれ」


 微笑を浮かべてレジーナは隣のレイラを見る。レイラはレオンとヴィネの戦いに目を奪われていた。


「…………あれが、最低限?」


 信じられない、そう言いたげだ。レイラは悔しさと焦りで軍服の裾を握り締める。彼女はレオンの姿に、薄っすらとレジーナが重なっていた。それほどレジーナに近い動きをレオンは体得している。


「そうだ。動きは私が叩き込み、それなりになっている。それでも、まだ場数を踏んでいない。ヴィネも手加減している。あの程度では異能と魔術を駆使した戦闘は難しい。目の前しか見ていない。敵と技しか見ず戦えば、必ず足をすくわれる」


 呼吸をする様に敵と戦える。その域に達していない者は半人前だと、レジーナは考えていた。つまり彼女はレイラに半人前になれと言っている。


 それはレイラが戦いを避けている事が理由だ。頂点を目指さなくていいから、自衛程度の術は身につけてた方がいい。単純な親心である。


「…………そろそろ、だな」


 模擬戦を中断させようとレジーナは考える。すると彼女のピアスから、『レジーナ様、聞こえますか?』とセレナの声が聞こえる。その声は少し震えていた。


『騎士団から報告です。マモンに動きが――』





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