第5話


 暗い森の中、僕は剣を持って駆けていた。襲いかかってくるオーガとスケルトンの首を次々に刎ねる。攻撃は危なげなく避け、無駄のない動きで対処した。


 何故僕の動きが洗練されているのか、それには理由があった。


 この世界ではスキルで体感時間を引き伸ばせる。それ故に反射神経や動体視力は重視されない。ただスローモーションで動く相手に最善の動きをするだけ。そういう意味では運動より頭脳戦に近い。


 だから剣を振るい始めて間もない僕でも、立ち回りが様になるのだ。


「お前で最後だな」


 剣に雷を纏わせ、正面に袈裟斬りする。瞬間的な広範囲の斬撃がキメラに飛ぶ。


 しかしキメラは口から吐いた炎を爆発させ、雷撃を相殺した。


 ゲームでも同じだが、雷は初動が早いだけで威力は低い。僕の放つ雷程度ならキメラは軽く跳ね除けてしまう。


 キメラは相性の良さを理解しているのだろう。口に炎を溜め込み、僕に向かって襲い掛かる。


 それと同時に僕は、あえて前に踏み込む。


 炎というだけで威力が高い。それなのにキメラは射程を絞ることで更に威力を高めていた。まともにくらえば間違いなく僕は死ぬ。


 それなら前に踏み込んで攻撃のタイミングをずらすべきだ。


 掌をキメラに向けて雷を放つ。攻撃範囲を絞った雷だが、キメラに目立った傷はない。


 それでも魔術の構築を乱すには充分な一撃だった。


 構わずキメラは炎を撃ち放つが、かなり威力は軽減されている。


 タイミングを合わせて振るった僕の剣が、容易く炎を斬り裂いた。


 激しく動揺するキメラは一歩下がって、警戒を強めた。しかし僕は既に腰を落とし、剣を地に突き刺している。


 次の瞬間、体に亀裂が入ったキメラは肉塊と化す。地面にも斬撃の跡が残り、周囲の木々は塵となって消えていた。


「…………!」


 キメラを倒した時、僕の魔力が僅かに高まった。これはゲームで言うレベルの上昇だ。


 ゲームと違ってステータス画面は見えない。しかし魔力が高まった回数は覚えている。これで僕はレベル18だ。聖騎士が平均で60ということを考えると、まだまだ弱い。


「母さん、遠征に行きたい」


 僕は後ろを振り返る。レジーナが数歩先に立っていた。彼女は渋い顔で「ダメだ」と、無慈悲に即答する。


 ゲームの本編が始まるまで残された時間は少ない。そろそろ効率のいい狩り場に移動しなければ詰むだろう。


 だけど困ったことにレジーナは僕を大切に育てたいらしい。変に評価が高いせいで過保護にされている。


 このままだと数年は遠征に向かえないことも有り得た。


「何故そこまで焦っている?」


 訝しげにレジーナは言う。


「お前、本当は何のために強くなりたいんだ? 自衛のためという建前はいらん。この数ヶ月の鍛錬を耐えるなんて余程の理由があるはずだ」


 レジーナの眼差しは真剣であり、少し呆れた気持ちも混ざっている様な気がする。どこか僕を見透かしたような態度だ。


 もう猶予はないことを考えると、手段は選ぶわけにはいかない。ここは少し本音で向き合うべきなのだろう。


「……母さん、僕は『魔族』を倒したいんだ」


「……は?」


 呆けた表情でレジーナは固まる。


「ただ倒すのではなく、消滅させたい。それを目指して鍛錬に耐えてきた」


 魔族とは不死の存在だ。人に憑依し、肉体を奪う。肉体が滅びても、他の宿主を探し、いつかは復活する。


 だからどれだけ聖騎士達が強くても、魔族を滅ぼすことはできない。魔族を倒せるのは英雄譚の中だけとされている。


 しかしゲーム知識を持つ僕は、魔族を滅ぼす術に覚えがあった。


「お前……。何を言い出すかと思えば、魔族を消滅させる、だと? 本気で言っているのか?」


 少し引き攣った顔でレジーナは微笑する。


「まだ倒す術はないけど、多分できる」


「…………っ!」


 レジーナは目を伏せ、「……お前は本当に面白いな」と肩をすくめた。






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