第4話



 鍛錬を始めて半年は経つ。もう季節は変化して、周囲に雪が降り積もっていた。


 寒さは魔力で殆ど感じない。いつもの軍服に着替え、いつものように竹藪の中で鍛錬を積む。


 厳しい修行の成果だろう。今の僕は痩せて少し筋肉質になっていた。そのおかげで剣を振るう姿も今では様になっていると思う。


「――――ッ!」


 僕は腰を落とし、剣を地面に突き刺す。その瞬間、周囲の竹藪は亀裂が入って弾け飛ぶ。


 これはゲームで『上級剣術』というスキルを会得したら扱える技だ。


 塵や破片が宙を舞い、雪と混ざって降り落ちる。その光景を眺め、「たった半年で成長し過ぎだ……。どうなってる……。お前、おかしいぞ」とレジーナは目を丸くして呆れていた。


 レジーナの反応も無理はない。本来なら上級剣術は十数年の鍛錬を要する。しかし僕はゲーム知識を活かし、スキル習得を時短していた。


 魔力を使った瞑想法や睡眠。そういった些細な生活習慣などを積み重ねれば、あらゆるスキル習得は劇的に促進される。



「レオンが別人に変わり果てました……」


 森の中、イーリスは静かに呟く。


 彼女の視線は崖下に向かっている。そこにはモンスターに囲まれたレイラがいて、多対一の訓練に励んでいる。


 それ故に戦闘中のレイラは勿論、イーリスとルシアも軍服を着用していた。

 

 当然だが服装で戦闘能力は変化しない。それでも動きやすく、汚れも気にならないという点で適切と考えたらしい。


「く……!」


 レイラはスケルトンとオーガの群れに苦戦している。卓越した才能を持つ彼女でさえ、レベルの差を補うことは難しい。


 魔力の強さはレベルで決まる。魔力が強いほど身体能力は向上する。つまり身体能力が劣っているレイラが圧倒的に不利ということだ。


 優れたスキルと戦闘技術で彼女はモンスターの猛攻を凌いでいる。


 それでも勝機を見出すに至らず、後手に回り続けていた。


 彼女の体力は限界に近い。もう長くは持たないことは火を見るよりも明らかだ。


 しかしイーリスは助けようとしない。軽い苦戦程度で助けては訓練の意味がないということだろう。


「確かに痩せてから、凄くイケメンになりましたね」


 黒髪を肩まで伸ばした少女――ルシアが頬を少し染めていた。


「容姿もですが中身の話です」


 ジト目でイーリスは隣に立つルシアを見る。まだ身長が低く、小柄なルシアの体がビクリと震えた。


「あー、確かに。目つきが悪くて口調は冷たいですが、喧嘩腰で絡んでこなくなりましたね」


 ルシアは焦ったように目を逸らし、背筋を伸ばして頬を掻く。


 彼女はレイラと同じ歳ということもあり、端正な顔立ちのレオンが気になっていた。それをイーリスに見透かされて少し恥ずかしそうだ。


「侍女達からも評判は良くなっています。冷たい態度は相変わらずですが、なんの嫌がらせも受けなくなったそうです」


 イーリスは視線をレイラに戻す。そして後ろの気配に気づいて指を鳴らす。


 彼女に拳を振るおうとするオーガは蒼炎に包まれ、灰となって消えた。


「私みたいに魔族を宿したとか?」


 ルシアが前髪をつまむ。すると毛先だけが灰色に変化した。


「それは私達も疑いました。でも、魔族の気配は感じられなかった……。そもそもレオンは忌み子ではないので当たり前ですが……」


 イーリスは首を振るって否定すると、崖下に飛び降りる。それにルシアも続きながら、宙で鞘から剣を引き抜く。


「だったら今までの所業を悔やみ、改心したのでは?」


 ルシアが空中で尋ねた。


「兄様は反省するような人じゃありませんよ……! だから私とイーリスは頭を悩ませているんです……!」


 真下からレイラの疲れが混じった声が響く。彼女は戦いながらイーリスとルシアの会話を聞いていたらしい。ルシアは「本当にお兄さんが嫌いなんですねぇ」と苦笑する。


「もしも彼が順調に強くなれば、きっと私達に危害が及びます」


 イーリスがレイラの隣に着地した。


 レイラは体が限界になるまで戦い続けたのだろう。肩で息をしながら、地に刺した剣で体を支えている。


「た、確かに……。あの成長速度は尋常ではありませんからね。私とイーリスでは対処できなくなる日も近いかも知れません……」


 ルシアが剣に水を纏わせた。


 周辺に先程までいたスケルトンやオーガはいない。代わりに全長5メートルを超えるキメラが現れていた。


 この周辺でキメラは格上のモンスターだ。スケルトンやオーガはキメラを恐れて姿を消したらしい。


 キメラは唸り声を上げ、ルシア達に向かって飛び掛かった。その速度はスケルトンやオーガとは比にならない。


 しかしルシアに焦った様子はない。ただ腰を落とし、正面に袈裟斬りすると、森の一部ごとキメラは氷漬けとなった。


「――闇討ちも一つの手かと」


 あっけらんとイーリスは言う。


 それにルシアは「な、何を言って……!」と驚きの声を上げた。


 レオンはレジーナのお気に入りであり、義理の息子である。それを殺そうと考えるなど、レジーナに剣を向けるも同義だ。


「最後の手段ですよ。確かにレオンは嫌な人ですが、殺すことが最善だとは思えません」


 つまりイーリスは本気で言っているらしい。そのことにルシアは絶句してしまう。イーリスがレイラを溺愛していることは知っていたが、まさかレジーナに剣を向けるほどとは思わなかった。


「兄様は何か悪事を企んでいます。絶対に阻止しなければなりません」


 レイラも実の兄に全く信頼がない。ルシアはレイラ達を見て、「ははは……」と少し呆れてしまう。


「二人共、レオンに心を許してはいけませんよ」


 イーリスが指を鳴らすと氷は蒼炎に包まれる。そして氷漬けだった森の一部とモンスターは焼かれゆく。


 あくまで炎は魔術なので燃え広がらない。蒼炎は次第に消え去り、その場に灰だけが残っていた。


「そ、それはそうですね……」


 ルシアとしてもレオンにいい印象は持っていない。心を許す気なんて毛頭なかった。この点についてはイーリスと同じ見解と言える。


 しかしルシアはレオンを始末することには賛成できない。それは自分みたいな忌み子を受け入れてくれたレジーナを裏切る行為だ。


 もしものことがあれば、自分が二人を止めようとルシアは思案する。


「兄様に心を許すなんて、想像すらできません……」


 レイラは今まで見てきたレオンの姿を思い浮かべる。


 気に食わない民衆を罵り、暴力を振るうことも珍しくなかった。


 今さらレオンの改心なんてレイラは想像できないし、許せないとすら感じていた。







 

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