第31話 姉の親友と、他愛のない会話ができてる、はず。

 夕飯はウーバーで、近所のハワイアン料理を頼んだ。


 パックに詰められたアヒポキ丼(醤油とごま油に漬け込んだマグロとアボガドの丼)が届くと、俺たちはソファに並んで座りながら、アヒポキ丼を食べ続ける。


 詩織さんと並んで食事をしている。

 ヤバい。心臓がバクバクしている。

 

 久しぶりにちゃんと話せたから?

 隣に詩織さんがいるから?


 起きてることはいつもと変わらないのに。

 好きって意識してしまうだけで、こんな変わるものなの???


「うん。アヒポキ丼美味しいねぇ~」

「……ああ、ですね。ウマいっす。マグロの漬け丼ですね」

「ははは、確かにねぇ。日本で売ってるからかな。ハワイは日本人多いからなぁ」


 他愛のない会話をしている。

 こうして言葉を交わすこと、それ自体にありがたさを感じてしまうが、それと同時に妙な緊張感を抱いてしまう。


 緊張していることを気取られてないか。

 変なことを言ってないか。


 自分がいままで詩織さんとどうやって会話していたのか思い出せない。

 

「詩織さん、ハワイに行ったことがあるんですか?」

「うん。仕事のイベントでね。いいところだったよぉ~。ビーチもきれいだし、ご飯も美味しいし。日本人がハワイ好きになるのもわかるな~って感じ」


 詩織さんはソファの上で体育座りをしながら、アヒポキ丼を食べている。薄手のシャツにパーカーを羽織り、ショートパンツを履いている。

 そのせいで白い太ももがあらわになっていた。絶対にそこには視線を向けないよう注意する。


「声優の仕事でハワイってすごいですね」

「うん。向こうでイベントがあってね。全然観光はできなかったんだけど」

「海外でも日本のアニメって人気あるんですね……」

「そうそう。レイヤーさんとか気合入ってる人が多くて、すごかったなぁ」


 大丈夫だ。いつもどおりに会話で来ている。

 詩織さんもフラットな様子で、なんのわだかまりもなさそうだ。

 

 結局、詩織さんはなんで俺のことを避けていたんだろ。

 謝罪はされたけど、理由はよくわからなかった。ただ、こないだの一件で詩織さんにも恥ずかしさはあったのかもしれない。


「あ、そうだ。そのときの写真があるんだぁ~」


 詩織さんはスマートフォンを取り出し、俺の隣に寄った。

 スマホの画面を見せるためだろう。それはいい。

 

 しかし詩織さんはほとんど密着しそうな距離まで近寄ってくる。


 えっ? と戸惑う俺にも気づかず、詩織さんはスマートフォンを俺に見せた。


「ほら、これ。ワイキキのビーチで撮ったの。ほんとは水着を着て泳ぎたかったんだけど、その時間が取れなくてねぇ」

「へ、へ~……。そうなんですねぇ……」

「うん。あ、でもねパンケーキは美味しかったよ! 本場のパンケーキがこれなんだけど」


 さらに詩織さんは距離を縮める。密着どころかベタ寄りである。詩織さんの体温や感触が直に伝わる。

 落ち着け。耳かきのときだって、この人は平然と膝枕をしていた。今回も俺のことをからかっているだけだ。


「……ハルくん、聞いてる?」


 きょとんとした顔で俺を見つめる詩織さん。

 なんだ、そのあざとい表情。心臓がもたないからやめてほしい。


 からかわれてることへの屈辱と喜びがないまぜになって、頭が変になりそうだ。


「あの、詩織さん。……近いです」

「ん?」

「距離。近いです」


 わかってる。詩織さんのことだ。

 どうせこれもからかいの一環に決まっている。


 そう思っていた。


「……っ!? ご、ごめんっ」


 詩織さんは慌てて俺から距離を取った。

 意味もなく髪を手で撫でつけ、意味もなく下を向いている。


「あはは、ちょっと喉乾いちゃったな。私、お茶を淹れてくるね。ハルくんも飲む?」

「あ、はい。お願いします……」

「ん。了解~」


 逃げるように詩織さんは立ち上がり、カウンターキッチンへ向かう。

 俺もなんでもない調子で頷き、詩織さんの姿を見送った。


 …………いまの詩織さんの反応、なに?


 もしかしてからかってるわけではない?

 かといって嫌がってるようにも見えない。


 勘違いでないとしたら、だが。

 

 無意識のうちに俺のほうへ距離を詰めよっていたが、そのことに気づいて、恥ずかしくなって慌てたように見える。


 もしかして、詩織さんも俺のことを意識して――


「んなわけあるか」


 俺はすぐに両頬を叩いた。

 

 たまたま俺は親友の弟だからかわいがってもらってるだけで、詩織さんが俺のことを異性として意識するなんて、ましてや恋愛感情を抱くなんて断じてない。


 だから勘違いしてはならないのだ。

 

 ……でも、知りたいーーーーーーーーー!!!


 詩織さん、俺をどう思ってるんだろ?

 嫌われてはない。

 嫌われてはないはずだけどっ!

  

 どうにかして気持ちを確認する方法はないだろうか。


「お待たせ~」

 

 紅茶の入ったマグカップを持ち、詩織さんが戻ってくる。


「はい。熱いから気をつけてね~」

「ありがとうございます」


 俺は自分のマグカップを受け取り、ゆっくりと飲んだ。 

 詩織さんはといえば、まるで自分のパーソナルスペースを改めて設定し直すかのように、俺から距離を離してソファに座り直す。


 やっぱり勘違いか。

 そうだよな。意識しすぎだよな。


 俺は紅茶を飲みながら、詩織さんはどうしているのかと思い、隣を見やった。


 すると詩織さんと目が合った。


「あっ」


 俺も詩織さんも、あわてて正面を向き直る。

 

 なんでいま目が合った?


 決まってる。

 詩織さんも俺を見てたからだ。


「……いい香りですね。これ、なんのお茶ですか?」

「……ハーブティ。こないだ万智さんから貰ってたの。有名店のなんだって」

「……そう、なんですね」


 俺も、詩織さんも、ぎこちない会話のやり取りを行う。

 お互いになにを話せばいいのかわからなくなっていた。


 せっかく久しぶりに話せたのに。

 行動すればするほど、どんな空気がぎこちなくなっている気がする。


 まずはこの空気をリセットしなければ。


「テ、テレビでもつけましょうか」

「あ、うん。いいね、テレビ。いま何やってたかなー」

「せっかくなので動画配信サービスで探します? ネットに繋がりますし」

「いいね。なにか見よう。せっかくだし」


 俺の提案に、詩織さんも慌てた様子で乗っかる。


 動画配信サービスのネトフリにつなげた俺は配信されているコンテンツを眺めた。

 できるだけくだらないのがいい。

 かといって映画は長すぎる。

 

 ドラマがちょうどいいかもしれない。

 と、一覧を眺めていた俺は、ひとつの番組を見つけた


『アンセム×コード』。

 詩織さんの初主演作。


 やってしまった。

 いまの詩織さんに、過去の出演作を提示するなんて。


 すぐに番組を変えようとしたが、「待って」と詩織さんは制した。


「……せっかくだし『アンセム×コード』、一緒に見ない?」

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