第26話 姉の親友に、伝えたいこと。
俺の言葉に、詩織さんは緊張したように居住まいを正した。
「うん」
「俺、ちょっと前まで詩織さんのこと、『おしとやかで優しい人』だと思ってたんですよ」
「うん……」
「でも、本当は全然そういう人じゃないですよね」
「……うん?」
「どちらかというと面倒くさいタイプですよね」
「うンんっ?」
詩織さんがなにか言いたそうにしているが、俺は無視して話を続けた。
「すぐ年上マウントとるし。からかってくるし。負けず嫌いだし。そのくせ、すぐ笑顔で誤魔化そうとするし」
耳かきでからかってきたり。
すぐに俺の子供時代をいじってきたり。
クソゲーに対してはムキになって遊ぶし。
「あと、姉に対する感情がシンプルに気持ち悪い」
「ひどい!」
詩織さんが涙目になって怒った。
むちゃくちゃ怒っているのか、顔が真っ赤になっていた。
「なんで、そんなこと言うの。そうかも、しれないけど……。いまディスることないじゃん……!」
「俺が言いたいのは、詩織さんがそういう人だってことを姉も俺もとっくに知ってるって話です」
詩織さんが驚いたように口を開いた。
俺は言った。
「子供を拒絶した? そりゃあ、知らん子にいきなり妹だと言われたら、すぐには受けいられらないでしょ。姉だったら、たぶん連れてきた母親を蹴飛ばしてます。詩織さんの話を聞いても失望なんてしません。アレです。解釈一致ってやつです」
「解釈一致って……」
「だから、俺も姉も、いまさら詩織さんから離れたりなんてしません。詩織さんの気が済むまで、ここにいればいいんです」
「でも、私。いつ声優に復帰できるか……」
「べつに復帰しなくたっていいじゃないですか」
我ながらヒドいことを言ってる自覚はある。
いまこの瞬間に詩織さんからビンタを食らってもおかしくはない。
でも詩織さんはここまでさらけ出してくれたのだ。
俺も自分の本心を打ち明けないといけない。
「詩織さんがしんどいんだったら、声優なんてやめたっていい。霧山シオンじゃなくても、あなたが”絹田詩織”であることに変わりはない。姉の親友なことに変わりはないじゃないですか」
きっと行本さんや市原は、俺の発言を聴いたら怒り狂うだろう。
しかし俺はやっぱり詩織さんが声優であることよりも。
ただ元気で楽しく笑って生きてくれることを、願ってしまうのだ。
「だから、裁くもクソもないです。今まで通り、耳かきしたり、マッサージしたり、料理を作ったり、時々クソみたいなゲームをして遊んで、この家にいればいいんです。しんどくなったら、ちょっと休憩して休めばいい。それだけの話ですよ」
詩織さんは黙ってうつむいている。
なにも答えようとしない。表情もうかがえない。
俺は緊張しながら、その場に座り続ける。
時計の針が部屋中に反響し続ける。
「ハルくん」
「はい」
「言いたいことは、それで全部?」
「……はい」
「ふーん」
いきなり詩織さんはテーブルから乗り出すと、俺の両頬を引っ張った。
結構力強い。痛い。
目の前に迫った詩織さんはニコニコと笑っている。
「ハルくんが、私をどう思っているか、よ~~~くわかったよ」
それと、と詩織さんは付け加える。
「気持ち悪いって言ったこと、ぜったい許さないから」
「
返事をするが、しばらく詩織さんは俺の頬を引っ張ったり、回したりと、オモチャにし続ける。
「年上マウントだって、そりゃあとるよ。ハルくん、どんどん大人になっていくし。からかってカワイイ反応してくれないと困るんだよ。笑顔でごまかしてないし」
「
「そもそも私の笑顔はお金取れるんだからなぁ。雑誌の表紙にも載ったんだからなぁ。わかってるのかぁ!?」
「
詩織さんが怒ってる。
もはや荒ぶってるといってもいい。
胸にたまったよどみを洗いざらいぶちまける。
頬をつままれてる俺は「はい」と答えることしかできない。
「負けず嫌いは、しょうがないじゃん。負けたくないもん。同期にも、先輩にも、ベテランにも、後輩にもっ。役はとられたくないもん。ニーア役、RICHIKOちゃんにとられたの死ぬほど悔しいもんっ!」
「
「――だから、声優は、絶対にやめないっ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で、嗚咽を漏らしながら、詩織さんは言った。
「ハルくんや、アサちゃんがなんと言おうとっ。私は、絶対に声優をやめないっ。絶対に復帰して……、いまよりもーっとすごい、超・超・超・人気声優になってやるんだからっ! わかったァ!?」
涙のせいでメイクが完全に崩れている。
笑顔の仮面はそこになく、闘志の塊だけが剥きだしになっている。
可憐さやおしとやかさなんて微塵もない。
それは、俺が初めて見た、詩織さんの素顔だった。
今まで見たどんな詩織さんの姿よりも綺麗だと思った。
「なれますよ、絶対」
いつのまにか両頬が解放されていた。
俺はただ詩織さんにエールを送った。
「詩織さんならなれます。超超超超人気声優になれますよ」
「……超が一個多いよ」
いきなり詩織さんは俺の後頭部をつかむと、そのまま自分の胸元に抱き寄せた。
柔らかくて、重量感のある感触が顔面を直撃する。
「ちょ、ちょっと、詩織さん!?」
「うるさい。ハルくんなんか、私のおっぱいに沈めばいいんだ」
なに言ってるの、この人!?
「……あのね、教えてほしいことがあるんだけど」
詩織さんは俺の耳元で問いかけた。
「……ハルくんにとって、私はなに? お姉さんの親友? 憧れの声優? それとも厄介な同居人?」
俺はなんと答えればいいかわからなかった。
ただ、頭にある言葉が浮かんでいた。
その言葉が、俺には一番しっくりきた。
「詩織さんは、俺の推しですよ」
「推し?」
「そうです。俺は絹田詩織のメイトなんです。だから、詩織さんをこれから先も推し続けます」
人気声優・霧山シオンではなく。
面倒くさくて、負けず嫌いな、姉の親友・絹田詩織のメイト。
それがきっと俺の立ち位置なのだ。
「……なにそれ。かっこつけるつもり?」
「ごめんなさい」
「ハルくんにそういうの似合わないよ。もっとカワイイことだけ言っててよ」
「すいません」
「私を置いて、大人にならないでよ。追い越したりしないでよ……」
「……それは、ちょっと難しいかもしれません」
「うっさい。知ってる。ただの年上マウントだから」
詩織さんの言ってることはさっきから支離滅裂だ。
姉よりもワガママかもしれない。
でも、イヤだとは思わなかった。
詩織さんの一言一言がとても愛おしく感じられた。
「…………あの、詩織さん」
「なに?」
「そろそろ解放してもらえませんか?」
「やだ」
拗ねたような口調で拒絶された。
急に面倒くささが全開になってないか?
結局、詩織さんはそれからもずーっと、俺を抱きしめ続けていた。
お気に入りのぬいぐるみを手放さないとするかのように。
そして抱きしめられているあいだ、俺はずっと。
早鐘を打つ、詩織さんの心臓の鼓動を聞き続けていた。
◇◆◇
こうして俺と詩織さんは初めて、お互いの胸の内をぶつけあった。
それは俺たちの関係にも確実な変化をもたらして。
今までどおりの俺たちではいられなくなった。
つまり、どういうことかというと――
…………詩織さんが俺と顔を合わせてくれなくなった。
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