第27話 姉の親友が、顔を合わせてくれない。

「先輩? 先輩ー?」

「ん?」

「どーしたんすか、ぼーっとして」


 放課後の生徒会室。

 瑛輔が心配そうに俺に声をかける。


 あれ? 俺、いまなにしてたんだっけ?


 目の前のPCのモニタには立ち上げた映像ソフトが表示されている。

 

 思い出した。

 学校のサイトにアップする学校の紹介映像の編集をしていたんだっけ。


 作業、どこまで進んでたかな。


「いや、さっきから一ミリも進んでませんよ。全然手動いてなかったっすもん」

「マジか」


 時刻は16時半となっている。

 うわぁ、やらかした。


「俺、もう帰ろうと思うんすけど……、先輩手伝いましょうか?」

「……大丈夫。すぐに片づける。さっき帰ってていいから」

「ホントすか? ……先輩もすぐに帰ってくださいね?」


 いつになく瑛輔は気づかわしげに生徒会室を去っていった。

 

 副生徒会長なのに情けない。

 実務に影響が出て、後輩にこんな心配かけさせるなんて。


 わかっている。

 気持ちを切り替えないといけないのは、わかっているのだ。


 しかしふと気がつくと、今朝のことを思い返してしまう。

 

 今朝。いつものようにランニングを終え、リビングに入るとテーブルには朝食と手紙が置かれていた。


『作っておいたので先に食べてください』


 ご飯は作ってくれる。

 なのに一向に顔を合わせてくれない。

 

 そんなことがこの数日、ずーっと続いているのだ。


 なんでだよ。

 詩織さん、俺を抱きしめてくれたじゃん!

 

 と思う一方、


「お前が口にしたアレコレが原因なのでは?」


 と言われたらぐうの音も出ない。


 面倒くさいとか、気持ち悪いとか。

 頭に「いい意味で」とつけてみても、まったくフォローができない言葉の数々。


 詩織さんに嫌われても仕方ないのかもしれない。

 というか、あの場に姉がいたら確実に殴り飛ばされてたな。


 うわぁ。


「千川」


 振り向くと、市原がこちらを見ていた。

 もう作業が終わったのか、鞄を肩にかけている。


「私ももう終わったけど、手伝う?」

「……ああ、いいよ。俺の作業分だし。鍵はそこに置いておいて。あとで職員室に返しておく」

「……うん」


 俺はPCに向き直る。

 とにかく作業に集中しようとする。


 しかしふと気がつくと、昨夜のことを思い返してしまう。

 

 昨夜。部屋にいた俺はトイレに行こうと廊下に出た。

 するとおなじタイミングで、詩織さんも部屋の扉を開けたのだ。


「あ、詩織さん」

「ハルくん……」


 詩織さんはもこもこしたルームウェアを着ていて、手にはバスタオルを持っていた。なぜか俺のほうには視線を合わさず、顔を伏せる。

 

「あ、これから風呂ですか?」

「うん。えっと、ハルくんも、下に?」

「はい。俺は、お手洗いに」

「ふーん。そーなんだぁ……」


 いまがチャンスかもしれない。

 久しぶりに詩織さんと話をしないと。


「あの、詩織さん」

「じゃあ、私、先に降りるねっ」


 そう言って、逃げるように詩織さんは階段を下って行った。

 俺は唖然としすぎて、尿意すら引っ込んでしまった。


 あれって、やっぱり避けられているような?

 偶然じゃないよな?


 どうしよう。詩織さんに嫌われてしまった。

 いったい、俺はどうすれば――


「千川っ」


 また声を掛けられる。

 振り返ると、市原がまだ後ろに立っていた。


 なんでまだいるんだ?

 帰ったんじゃなかったの?


 市原はつかつかと俺のほうに歩み寄ると、俺の手からマウスを奪い取る。

 作業中のファイルを保存し、PCをシャットダウンしてしまう。


「なにをするんだ、市原!」

「千川、気づいてる? さっきからぶつぶつ独り言を言ってるの」

「独り言?」

「嫌われたー、とか、詩織さんー、とかずっとぶつぶつ言ってた」

「マジで」


 全然自覚がなかった。

 我ながら末期すぎる。


 俺が凹んでいると、市原は肩を叩いた。


「今日はもう切り上げよ。あと寄り道しよう」

「寄り道?」


 らしくない提案に首を傾げていると、市原はにやりと笑ってみせた。


「今度は、私が千川の話を聞いてあげる」


◇◆◇


 ほかの生徒たちに会わないよう、俺と市原は学校の最寄駅から二駅離れたところにある喫茶店に入った。


 俺にとっての喫茶店といえば、ド〇ールかベ〇ーチェ、ときどき背伸びしてス〇バになるが、市原が連れてきたそこは、路地裏に位置するレトロな雰囲気の喫茶店だった。

 

 扉を開けるとカランコロンと小さなベルが鳴る。店内は暖色色の照明に包まれ、名前のわからないクラシカルなジャズが流れている。

 外界から切り離されたゆったりとした時間に、俺はすっかり魅了されていた。


 が、なぜか既視感があった。


 初めて入ったはずなのに何故だろう。

 この店内を知っている気がする。テレビで紹介されたのだろうか? でも普段、情報バラエティなんて見ないしな。


 すると俺の反応を見ていた市原はなぜか嬉しそうにほくそ笑んでいた、


「千川、気づかない?」

「なにが?」


 市原にしては珍しい態度に戸惑う。

 しかし考えていくうちに気づいた。


「『アイドライド』の7話。エレンが初めてバイトする店」

「正解」


 つい先日、『アイドライド』を履修していたのでわかった。


 主人公であるカンナたちと和解したエレンが出演するライブハウスのチケットノルマ代を稼ぐため(ライブハウスにはそういう文化があるらしい)に、バイトを始める回があり、そこでエレンは喫茶店のバイトを始めていたのだ。


 中盤の盛り上がりのあとの箸休め回ながら、初めてのバイトで失敗しながらも奮闘するエレンの新たな魅力や、仲間と親睦を深める様子がよく描かれており、とても印象に残っていた。


「あの回、よかったな。エレンが初めてのバイトで失敗するんだけど、店長がフォローしてくれて」

「そこで後輩たちの見えてなかった一面に気づいたり、『ワタシブレイク』の曲誕生に繋がったり。まさに隠れた神回」


 市原はしみじみした口調で言った。


「あとエレンのバイト服姿が最強にカワイイ。これはガチ」

「たしかに。エプロンとかよく似合ってたな」

「メイドなら尚良かった」

「それは知らん」


 俺がつっこむと、市原は安心したように微笑んだ。


「良かった。いつもの調子が出てきた」

「……俺はツッコミキャラではないぞ』

「でも意外と丁寧に拾ってくれるよね。そういうトコ、尊敬してる」

「それ、褒め言葉になってないからな」

「でもホントに尊敬してる。いつも千川には助けられてる」


 向かい側に座る我らが生徒会長はそう言って、俺に微笑みかけた。


「千川が副生徒会長で、本当に良かったって、いつも思ってるけど?」

「……ありがと」


 いつもは事務的な応対が多いのに、こういうところはハッキリ口に出せてしまうのはズルいと思ってしまう。

 

 たぶん市原の人望も、後輩から慕われてるのも市原自身の実直な言動や振る舞いから来てるのだろう。


 打算的な俺が生徒会選挙で敗れたのも納得せざるを得ない。


「さて。そらそろ本題に入ろうか」


 注文したコーヒーが来たところで市原はいつも生徒会室で見せる真面目な顔つきになる。とはいえ、いま市原に相談できることなんて何もないのだけど--


「千川、どんな女に騙されてるの?」

「その発想はどこからきた?」

 

 またつっこんでしまった。しかし、当の市原はキョトンとしている。

 これ、冗談を言ってる雰囲気ではないな。


「だって、独り言のとき、シオリさんって人の名前を呟いてたから」


 しまった!

 詩織さんの名前をうっかり口にしてしまっていたようだ!


 さすがに同居していることを言うわけにもいかない。

 どうしたものか。


「シオリさん……。敬称で呼ぶということは年上……。校内の人だと、千川は先輩と呼んでるから校外……。バイトをしてるわけではないから、そんなに交友関係は広くなかったはず。あと知り合いといえばお姉さん……、お姉さんの知り合い………」


 そこまで話してから、なにか思いついたように「あっ」と市原は声をあげた。


「もしかしてこないだペンをくれた人?」


 うちの生徒会長の推理力が怖いんだがっ! コナンくんかよ。


 まずい。

 下手に誤魔化すとどんどん芋づる式に追及されるかもしれない。

 

 最悪、同棲および詩織さん=霧山シオンという事実は隠し通さないと!


「ああ、姉の親友だよ。最近近くに越してきてさ。たまに顔合わせることが増えて。ペンもそれでもらったんだよ」

「ふーん?」


 市原はこちらを伺うように見つめてる。

 なんだろ、何かを疑ってる?


 まさかボロを出すようなことをしたのだろう?


「アイスコーヒーふたつお待たせいたしましたー」


 僕と市原のあいだに横たわるテーブルにアイスコーヒーのグラスがふたつ置かれる。


 市原は添えられたミルクとガムシロップをアイスコーヒーに入れ、マドラーでかき混ぜた。カランと音を立てながら、黒色のコーヒーが乳白色に染まっていく。


「千川ってさ」

「うん?」



「詩織さんって人が好きなの?」

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