第18話 姉の親友は、負けず嫌い。

「ふぅー……」


 15回目のゲームオーバーを迎え、詩織さんは息をついた。

 集中力が切れたのか、顔に疲れが見える。


 そういえばアクションゲームを遊ぶのは久しぶりだと言っていた。

 ここまで一つの物事に集中すること自体、休業してからはなかったのではないだろうか。


「詩織さん、少し休みます?」


 俺は声をかける。

 しかし詩織さんはすぐに答えず、なぜか俺をじっと見つめる。

 

 どうしたんだろう。

 首を傾げていると、ふっと力を抜いたように詩織さんは微笑み、首を振った。


「もう少しやらせて。あとちょっとでつかめそうだから」

「わかりました」

「それでね、ちょっとお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「隣で見届けてもらえるかな。私がゴブリンを倒すところを」


 なにかと思ったが、そんなことか。

 もとより最後まで詩織さんのプレイを見届けるつもりだったのでなにも問題ない。


「いいですよ。ゴブリンを倒すまで隣にいます」

「ありがと」


 詩織さんは気合を入れ直すように両頬をぺちぺちと叩いた。

 ふたたび“能の表情”でゴブリン討伐に向き合う。


 俺は姉の言葉を思い出していた。


 ――じゃあ、姉さんは詩織さんをどういう人だと思ってるの?

 ――生粋の負けず嫌い。


 なるほど。

 姉が言ってたのはこういうことか。

 

 勝負事となれば勝ち筋を諦めず、最善手を探し続け、少しでも目標に食らいつこうとする。勝ちに対する執着が強い、といえばいいのか。


 何事も分相応がモットーの自分とはある意味、対極的な在り方だけど。

 おそらく詩織さんが生きてきたのは、自分の殻を破り、結果を出すことが当たり前とされる世界なのだろう。


 そして過酷な競争を勝ち抜き、詩織さんは“人気声優・霧山シオン”と成った。


 もしかすると俺は初めて詩織さんの素顔の一端に触れたのではないだろうか。

 そのことを少しだけ嬉しく思う。


 きっかけがクソゲーなのは大分、いや、かなり引っかかるけど。

 クソゲーに情熱を燃やしすぎでは?


 それでも勝ってほしいと思う。

 報われてほしいと思う。

 

 自分を超えようと邁進する人間はみな、そうあるべきだ。


 詩織さんがコントローラーを握って、2時間が経った。

 そして、ついに――


 ゴブリン・HP:0/90


 ゴブリン:『ぐぎゃあああああ!』


 チュートリアルのゴブリンが倒された!


 俺は「うおーーー!」と歓声をあげる。

 サッカーW杯の日本戦でもこんなに叫んだことはない。


 だが、プレイした当人の喜びようはそれ以上だった。


「やったあああああああああああああああああ!!」


 詩織さんは両手を突き上げてガッツポーズを取る。

 それまでの能面を剥ぎ取り、こちらに満面の笑顔を向けていた。


「ついに倒せた―――――――――!! もうダメかと思ったのにーーーーーーー!! 嬉しい―――――!!」

「おめでとうございます、詩織さん」

「ううん! ハルくんのおかげだよ!」


 言うなり、詩織さんは俺を勢い抱きしめた。

 突然の出来事だったので、回避も、防御もできなかった。

 

 詩織さんから漂う甘い匂いと、身体の柔らかさと、押し付けられる胸元の感触に、頭が真っ白になる。真っ白というか大パニックである。

 

「あの、詩織さん。なんで? 俺、なにも、してないですけど……」

「ううん。ハルくんが隣で見守ってくれていたから頑張れた。ハルくんがいなかったら、とっくに諦めてたと思う」


 そうだろうか。

 

 俺の存在なんか関係なく、集中しているように見えたけど。

 しかしお世辞を言ってるわけではなさそうだ。


 詩織さんはすがるように俺を抱きしめる力を強めながら、独り言のように呟いた。


「よかった……。私、まだ頑張れる力、残ってるんだ」


 抱きしめられていることへの困惑が薄れる。

 代わりに詩織さんの胸中へと想いを馳せた。

 

 どうしてあそこまで『プリンセス・メア』というクソゲーに情熱を燃やしたのか。

 

 詩織さんは証明したかったのだ。

 自分の中に残されている力を。

 過酷な世界を泳ぎる力がまだ自分に残っているかを、確かめたかったのだ。


 俺は詩織さんの華奢な背中をポンポンと叩いた。


「一旦、ここまでにします? もうとっくに夕食の時間を過ぎてますし」

「あ、本当だ! 全然気づかなかった……!」


 詩織さんは俺を離すと、時計を見て慌てる。


「ここでセーブしとくね。まずイベントシーンを見ないと」


 ゲーム画面では、ゴブリンが倒され、最初に刺された青年のNPC(CV:生駒明人)が息も絶え絶えになっていた。


青年:

『すまない……。俺はここまでだ……。お前の助けになってやりたかったのに……。もっと俺に力があれば……』


「なんというか、モブとは思えないくらいイイ声ですね」

「生駒さん、完全に主人公声でやってるなぁ。やめてほしいんだけど。私が主役なのに」

「そこで対抗意識を燃やさんでも」


青年:

『どうか姫を助けてやってくれ……。この悪夢から、姫を目覚めさせるんだ……ぐふっ』


「あっ、息絶えた。なんだったんだ、この人」

「生駒さん……。あなたの遺志は私が引き継ぐよ……」

「生駒さんは死んでないと思いますよ」

「さーて、イベントもこれで終わりだね。プレイアブルになったら、すぐにセーブして、ご飯を――」


 そのときである。

 いきなり頭上からスライムが落ちてきて、冒険家の頭にまとわりついた!


「「えっ?」」


 呆然とする間もなかった。

 冒険家のHPはどんどんと減っていき、そのまま倒れ伏してしまう。


 気がつくと画面には『GAME OVER』の文字が表示されていた。


 俺はあんぐりと口を開けながら、詩織さんのほうを見た。

 詩織さんは無の顔になっていた。

 蒼い炎なんて見えない。


 完全なる虚無の目である。


「詩織さん。これってセーブ、できてるんです?」

「うーん、できてないね。オートセーブ機能がないらしいから」

「でも、チュートリアルは突破したんだから、ゴブリンを倒したところから再戦じゃ……」

「このゲームはローグライクってジャンルでね。一度ゲームオーバーになると、ダンジョンの最初からやり直しになるんだよ」

「最初から?」

「うん。チュートリアルからやり直し」


 にこーっと詩織さんは笑ってから、一切の躊躇なくゲームを終了させ、PS5の電源を切った。


「……お腹すいたね。ご飯にしようか」

「ですね」

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