第17話 姉の親友の、スイッチが入ったようです。
メニュー画面から「New Game」を選択する。
本編に入ると、まずはイベントシーンが再生された。
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――“茨の塔”。
そこは悪魔どもが支配する悪夢の世界。
塔の頂には麗しき姫が囚われ、
永き眠りについているとされる。
姫を目覚めさせなければ、
数多の悪魔が塔から溢れだし、
うつし世は混迷の悪夢に
飲み込まれるだろう……
❖____________________◢
荘厳な雰囲気のナレーションと共に、童話らしい雰囲気を意識したセピア色のイベントスチルが流れる。
茨の塔を支配する悪魔たち、塔の最上階で眠りにつく姫。
世界観はシンプルでスタンダードではあるが、目的はわかりやすい。
童話らしい雰囲気に寄せているのは、おそらくグリム童話の『いばら姫』をモチーフにしているためであろうか。
というかナレーション、普通に男性の声だな。
ここは霧山シオンじゃないのか。
「はぁー。やっぱり塚越ボイスは沁みるなぁ。一発で雰囲気もってちゃうもんなー。ずるいなー」
「塚越? もしかして塚越太郎ですか?」
「そうそう。あの、塚越さん」
ゲーム『スチームソルジャー』シリーズの主人公スパイダーを始め、数々の洋画やアニメでダンディな声を演じさせたら右に出る人はいない超大物声優である。
なんだ。
ちゃんと豪華声優陣してたよ。
そしてゲームが始まる。
1時間以上かけて作成した詩織さん似の冒険家が、煉瓦の壁に覆われた不気味な通路の中で目覚めた。
どうやら“茨の塔”、つまりダンジョンの内部から開始するらしい。
画面はプレイヤーの一人称視点のようだ。
「プレイ開始みたいですけど、どこ行けばいいんだろ?」
「あ、ハルくん。そこ、誰かいるよ。話しかけてみたら?」
たしかに、スタート地点のすぐそばに膝をついている青年がいる。
鎧を着た青年である。
ひどく疲れているようだ。
「だいたい、こういうゲームの開始時に登場するNPCって、操作方法とかを教えてくれるチュートリアル役のことが多いよね」
「となると、こいつに話しかけるとチュートリアルが始まるのか」
俺は早速、NPCの青年に話しかけた。
青年:
『はぁはぁ……。なんだお前は……。新しい冒険家? なぜこんなところに……』
あ、青年の声も霧山シオンじゃない。
すぐに名前が出てこないが、この人の声も聞き覚えがある。
「いやー、生駒さんボイスは耳の保養になるなぁ。イケボすぎて羨ましい」
「思い出した。この声、生駒明人か」
現在は朝の子供向け情報番組のMCでも知られている、これまた若手の人気声優である。そんな人をモブに使ってるのか。もったいない気もするけど。
青年:
『いいから、すぐに立ち去れ。ここは1人で立ち向かえるような場所じゃない!』
青年:
『早く、外から助けを……!』
「ハルくん、避けて!」
「えっ?」
青年:
『ぐわわぁ!』
いきなり視界の死角からナイフを持ったゴブリンが出現。
ゴブリンは目の前の青年を刺し殺し、続けざまにこちらに襲い掛かってくる。
えっ? 襲い掛かる?
ダメージ音らしきSE、流血を彷彿とさせるエフェクトが激しく画面を騒がせた。
「ハルくん、避けて! ガードして!」
「えっ? えっ? えっ?」
何がなんだかわからないうちにすべてが終わり――
画面には『GAME OVER』の文字が表示される。
……GAME OVER???
「えっ!? 負けたの!?」
「ごめん、すっかり忘れてた」
と、詩織さんは手を合わせて謝る。
「このゲーム、イベントシーン中にゴブリンが襲い掛かってくるから、そいつを倒さないと次に進めないんっだった」
「まだ操作方法もよくわかってないのに!?」
「読むより慣れろ。このゲームは体に覚え込ませて進むんだって、ディレクターさん言ってた」
「クソゲーすぎる!」
ええい、もう一回挑戦だ。
ゲームオーバー画面から暗転し、ふたたびスタート地点に戻る。
どうやらまたNPCに話しかけないといけないらしい。
青年:
『はぁはぁ……。なんだお前は……。新しい冒険家? なぜこんなところに……』
「……このイベント、スキップとかできないんですか?」
「できないんじゃないかな。途中でゴブリンが襲い掛かる流れだし」
「つまり、もう一回おなじイベントを見ないといけないんですね……」
「試しにボタンを押して武器を振れるか確かめてみたら?」
「あっ、いけます。〇ボタンで振れます」
よし。来るなら来い、ゴブリン!
青年:
『ぐわわぁ!』
ふたたび強襲してくるゴブリン。
だが、今度はタイミングがわかっていたのでやられる前にやる!
相手がナイフを振るよりも先に、ゲーム内の冒険家がロングソードを振るった!
ゴブリンにヒット!
ダメージポイントの数字が表示される。
ダメージポイント:2
ゴブリン・HP:88/90
「ダメージ2!? ゴブリン、固過ぎないか!?」
「ハルくん、追撃が来る! ローリング! ローリングで回避するの!」
「ろ、ローリング!? あ、わかった! これか!」
ダメだ!
ローリングの動きがもっさりしすぎて全然避けれねぇ!
ゴブリンにもう一度ロングソードを振るが、華麗なバックステップで避けられる。
と、相手がトリッキーな動きで跳躍。
その場でくるくると回りながら飛んだ。
あれ? どこへ消えた?
「ハルくん! 後ろ! 後ろー!」
「えっ?」
先ほどよりもさらに心臓に悪いダメージ音らしきSE。
流血を彷彿とさせるエフェクト。
一瞬ですべてが終わった。
気がつくと画面には『GAME OVER』の文字が表示されていた。
GAME OVER!!??
「なんでっ!? 一発しか食らってないのに!?」
「敵にバックアタックされると、大ダメージを食らっちゃうんだよ。特にいまはレベルが低い状態だから、致命傷になっちゃったんだねぇ……」
「そりゃあ、低いですよ! まだ始まってすらいないもの!」
おかしい。
チュートリアルって操作に慣れるためのパートのはずのに。
敵に敗ける流れになったとしても、それはあくまで負けイベントというやつで、次のクエストへは問題なく進めるのが普通なのに。
おのれ、『プリンセス・メア』。
おのれ、ゲーム開発者っ!
その後も、何度かトライしたが、どうしてもチュートリアルが突破できなかた。
俺はついに10回目の「YOU DIED」でついに心が折れた。
「もう無理です……。詩織さん、代わってください」
「オッケー! 任せてぇ」
詩織さん、ノリノリだなぁ。
こういうゲーム得意なのだろうか?
「アクションゲームなんて久しぶりだなぁ。直近でやってたのはパズ●ラとか、ス●カゲームとかだけど」
「無心でやれそうなゲームばっかりですね!」
「私はカジュアルゲーマー勢だからねぇ~」
俺のプレイングを隣で見て、クソゲーっぷりはわかっているはずなのに、詩織さんはどこまでも楽しそうだ。
ゲームはネットの実況で見るだけでいいという人も多いけど、詩織さんは案外実際にプレイしたい派なのかもしれない。
そして詩織さんもチュートリアルのゴブリンに到達する。
「とぉっ。えい。せいやっ! うわ、ほんとにすばしっこいね、このゴブリン」
「気を付けてください。このモーションの次にバックアタックが来ます」
「おっと!」
ローリングを使って回避。さらに3回攻撃をヒットさせる。
初見にしては上手い。
が、そこまでだった。
健闘虚しく、『GAME OVER』の文字が表示されてしまう。
「でも、最初なのに8ダメ与えられたのはすごいですね。あいつ、的確に避けるから厄介で――」
「……こっちもバックアタック狙いでいかないと無理かな。各モーションから攻撃パターンは読めるとして、各攻撃の発動にパターンがあるのか、完全ランダムなのかが問題か」
「……詩織さん?」
詩織さんは返事をしなかった。
画面に集中しているのか、特に悔しがることもない。
淡々とコンティニューを続け、ゴブリンと再戦する。
再戦の結果は……
ゲームオーバー時のゴブリン・HP:78/90
今度は12ダメまでいったが、隙をつかれてバックアタックされた。
「ダメ稼ぎエぐ。当たり判定がちっちゃいのかも。ローリングで回避すると、一瞬動きが止まる。そこを上手くつきながら攻撃すれば……」
ゲームオーバー時のゴブリン・HP:43/90
「バックアタック一発じゃダメ。でも相手のパターンはだいたいわかった。突き、振り、大ジャンプからの背中狙い。ローリングは右斜め前に転がるのを意識。相手のタイミングに合わせて正解のアクションを行う。OKOK、音ゲーと一緒……」
ぶつぶつと呟きながらコントーローラを握りしめる詩織さんを、俺は横目で見ているしかなかった。
この人、カジュアルゲーマー勢とかじゃない。
絶対にガチ勢だろ。
とにかく、すさまじいまでの集中力を発揮し、どんどんプレイングの腕を上げていく。最初は全然動きも覚束なかったのに、リトライするたびに動きは洗練され、確実にゴブリンに与えるダメージ量を増やしている。
プレイしているあいだの詩織さんに、いつものにこやかさはない。
かといって、感情を露わにしているわけでもない。
無だ。
能面のように一切の感情が排された顔で画面を見つめている。
しかし、不思議と無表情ではあるのに、詩織さんの内側に蒼い炎が揺らめいているように見えるのは気のせいだろうか。
ゴブリンがいくら冒険家を敗北させようと、詩織さんの炎は鎮火されず、むしろますます勢いを増しているように見える。
ゲームオーバー時のゴブリン・HP:32/90
「もう一回」
なにかのスイッチが入ったように淡々とプレイを続ける詩織さんを、俺はただなにも言わずに見守ることしかできなかった。
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