第16話 姉の親友と、(いわくつきの)ゲームをする。

「ヒマだ……」


 土曜日の午後。

 思わず声に出してしまうくらい、俺はヒマだった。


「ヒマだねぁ」


 と、隣の詩織さんも同意する。


 俺と詩織さんはいま、ソファに並んでテレビを見ている。昼飯を食べ終え、午後の陽射しがリビングに差し込んでいる。


 普段なら、この時間は家事をしている。

 トイレ掃除か、風呂掃除か、天気がよければ布団の洗濯か。あとは常備菜を作ったりとか。


 しかし、いまはこれらの家事がほぼすべて片付いてしまっている。


 詩織さんがだいたい片づけてしまったからだ。


「ヒマなときにやる掃除ってめちゃくちゃ捗るんだよねぇ。無心になれるから、超いいヒマつぶしになったよ」

「その結果、いま超ヒマになってるわけですが」

「だねぇ、ははは」


 俺も詩織さんもテレビを見ているが、ちゃんと番組を見ているわけではない。

 どこかの町でロケをしているタレントの雑談をだらっと眺めているだけである。


「ハルくん。せっかくの休日なんだし、友達と遊びに行ったりしないの?」

「そういうことはあんまりしないですね。たまに生徒会の用事で学校いったりはしますけど」

「もう生徒会、生徒会って、仕事ばかりしてると身体を壊しちゃうよ? 私みたいに」

「……急にコメントしづらいこと言うのやめてください」

「ハルくんって、ヒマなときはいつも何してるの?」


 露骨に話を逸らされた。

 まぁ、いいんだけど。


「基本は本を読んだり、ゲームしたりですね。たまに配信サイトで映画を見たりもしますけど」

「ゲーム……、ゲームかぁ……」


 詩織さんは何度か呟いてから、「あっ」と声を出した。

 

「ハルくん。PS5持ってる?」

「持ってますけど、どうしたんですか?」

「ちょうどいいのがあるんだ! ちょっと待ってね」


 一旦、詩織さんはソファから立ち上がり、2階に引っ込む。

 しばらくして、戻ってきた詩織さんはゲームのパッケージを手にしていた。


「これ知ってる? 『プリンセス・メア』」

「いえ、初耳ですね。もしかして仕事で関わったんですか?」

「うん。私がキャラの声を担当しててね。サンプルをもらってたんだけど、忙しくて全然遊ぶ時間がとれなかったの」


 パッケージには、茨に覆われた不気味な巨塔に敢然と立ち向かおうとする冒険者らしき人物のビジュアルが描かれている。

 見た感じ王道のRPGのようだ。どんなゲームなのだろうと、裏面の概要を眺める。


【豪華声優陣! 1000万字を超える超ボリュームのシナリオ! レアガチャ10回無料!】


「スマホゲーのCMでよく見る奴!」


 なんで買い切りのゲームに課金ガチャがあるんだ。


 この手のゲームでシナリオの文字数を謳い文句にするのも聞いたことないのだが。

 

「……詩織さん。これ、どういうゲームなんですか?」

「アクションRPGらしいよ。塔を攻略して、最上階にいるお姫様を助けに行くゲームらしいんだけど」

「なるほど。王道な感じで面白そうですね」

「ちなみにアマゾンのレビューは軒並み☆1、Steamのレビューは『圧倒的に不評』、メタスコアは40。リリースして1週間たたないうちに、価格が半分以下になったよ」

「クソゲーじゃないですか」

「ちなみに開発元はゲームをリリースして1ヶ月後に倒産しました……」

「もはや呪物じゃないですかっ」


 詩織さん、仮にも自分が関わったタイトルなのにどういう感情で紹介してるんだろ。


「なんかねぇ、収録のときもいろいろあったから、いろいろ思い出深くてね」

「それはいい思い出なんですか?」

「ふふふふっ」


 よし、これ以上聞くのはやめよう。


「ただ、正気を保てる自信がなかったから、1人で遊ぶ踏ん切りがなかなかつかなくて……」

「クトゥルフのTRPGじゃないんだから」

「だから一緒に地獄を渡ろう、ハルくん!」

「ついに地獄って言っちゃったよ」

「でも、ハルくん。これがどういうゲームか……正直、興味ない?」


 詩織さんが悪い笑顔で誘ってくる。

 俺の答え? そんなの決まってる。


「ぶっちゃけ……むちゃくちゃ気になります」


 いまの話を聞かされたら、逆に興味が湧いてくる。


 世の中にはクソゲー愛好家なる人種もいるらしいが、彼らもまた沸き上がる好奇心に負けた人種なのだろう。


 あとは時間を虚無に費やす苦行にどこまで耐えられるかだ。


「ひとまず、どんな感じかやってみましょうか」

「そうこなくちゃ!」


 詩織さんは嬉しそうな顔でPS5にソフトを挿入する。

 するとテレビにゲームのタイトル画面が幻想的な音楽と共に表示される。


 お、導入はいい感じ。

 

「コントローラー、ひとつしかないですけど。どっちが先にやります?」

「ハルくん、先にやってくれる? 最初、キャラクリから始まると思うから、ハルくんのセンスでやっちゃってよ!」

「責任重大ですね……」


 というわけで俺が先にコントーラーを握る。

 ゲーム起動をすると、まずはキャラクタークリエイトの画面に遷移する。

 

 主人公の容姿を選べるらしい。


 性別から年齢、身長、体型、顔のパーツ(髪型、肌の色、目や鼻、口の形、およびetc)とかなり細かく調整できるようだ。


「グラフィックは凝ってますね」

「PS5で出してるからね。ビジュアルは頑張ってたみたいだよ」

「なるほど。今のところは普通のゲームですね……」


 ひとまず俺は冒険者を20代前半の男性キャラとしてメイキングする。


 駆け出しの時期を過ぎ去り、熟練者の風格を漂わせる想定で仕上げてみた。


「おー、いいねいいね! カッコいい! ハルくんが大学生になったら、こんな感じかな?」

「……恥ずかしいから、そういう分析するのやめてください」


 キャラクリがあるゲームだと、俺は大抵の場合、自分に似た容姿を選びがちになる。


 単に理想とするアバターがない、というだけの話なのだが。


 ひとまず容姿はこれで決まった。

 あとはボイスだ。


 ボイスは用意されたパターンから選択する形式になる。


 選択したパターンに応じて、戦闘時の掛け声や必殺スキルの発動セリフが変わるらしい。


「ボイスは男性と女性、年齢でもパターンがわかれてるんですね。全部で何種類あるんだろ」

「ええとね、たしか40パターンくらいあるはず」

「多っ! ちょっと選ぶの大変だな……」

「ひとつひとつ聞いてみたら? バリエーションあって面白いかもよ」

「……もしかして詩織さんのボイスパターンもあります?」

「さぁ、どうだろうね~」


 詩織さんは涼しい顔で答える。

 まぁ、豪華声優陣と謳っていたくらいだしな。


 有名な声優が大勢キャスティングしているのだろうし、当然詩織さんがキャスティングされていてもおかしくはない。


 今回は屈強な男性キャラで作ったので、詩織さんの声はハマらないだろうけど。


「じゃあ、まずはこの青年ボイスAってやつを……」


 ボイスデータの先頭に表示されている『青年/クール』を選択する。

 するとサンプルボイスが再生された。


『私の邪魔をするな、魔物ども』


 台詞はなにもおかしくはない。

 いかにもクールな性格の青年らしい声になっている。


 次は『青年/熱血』を選んでみた。

 サンプルボイスを再生する。


『俺は、負けない!』


 こちらも台詞はなにもおかしくない。

 ちゃんと勢いのある演技で熱血漢を体現している。


 だが、どちらのボイスにも共通点がある。


「……これ、どっちも詩織さんの声では?」

「正解! よくわかったね!」


 ぱちぱちぱち、と詩織さんは拍手した。

 まさかと思い、俺はほかのパターンのボイスも調べてみる。


 少年、青年、壮年、老人。少女、淑女、老婆。


 全部詩織さんだった。


「オール霧山シオンじゃねぇか」

「いやー、このときの演じ分け、むちゃくちゃ大変だったなぁ」

「これ、全部やったのすごいっすね……」

「うん。当時の持ち札、全部使い切っちゃった」


 多少無理があるところはあったが、それでも全部のパターンで演じ分けがされている。


 声優ってこんなことができるの?

 特殊技能すぎない???


 そりぁ、詩織さんも遠い目をするはずだ。


「なんでほかの声優さんの声が使われてないんですか?」

「本当はちゃんと収録する予定だったんだけど。ディレクターさんが霧山シオンのファンだったみたい。で、いろいろ暴走しちゃったらしい……」


 暴走しすぎだろ。

 というか男性パートの声でも、ちゃんと演じ分けできている詩織さんも凄すぎるが。


「ちなみに私、ボスとお姫様の声も担当しているよ」

「オール霧山シオンじゃねぇか!」


 っていうか、なんでそんな状況になってんだろ。


「ゲームの収録をした頃は、まだジュニアランクでギャラも安かったからねぇ。下手に高い声優を使うよりも、全部私の兼役で回した方が予算を安く抑えられると思ったんじゃないかな」

「もう豪華声優陣とか詐欺じゃないですか」

「おや。霧山シオンは豪華声優じゃないと?」

「陣が詐欺だって話です」


 しかし、選べるボイスがすべて霧山シオンだとすると話が変わってくるな。


「じゃあ、キャラクエやり直しましょう」

「えっ、なんで?」

「せっかく霧山シオンの声をあてるなら、もっと別のキャラにしたいです。……自分に似たキャラに詩織さんの声が乗っかるのはさすがに落ち着かないです」

「えぇー……。そっかぁ……」


 なぜか詩織さんは残念そうな声をあげた。


「なんで残念がるんですか?」

「だってぇー、なかなかないでしょ? ハルくんに声をあてる機会なんて」

「どういう発想ですか」

「お願い! このままでやろう! ハルくんの姿でトンチキ台詞を言わせたいの~!」

「そんな変な台詞があるんですか?」


 なおさらこのままでやりたくねぇー。

 もう完全に霧山シオンへのアテレコを楽しむゲームなのでは?


「わかった。じゃあ、こうしましょう。このキャラ、女性に変えますか」

「えっ?」

「目つきや顔立ちはそのままで体型と髪型だけ女性に寄せれば、違和感もなくせそうですね。どうです?」


 我ながらいい妥協案だと思ったが、なぜか詩織さんは顔を赤くし、気まずそうにしている。なんだろ。珍しい反応をしてるけど、どうしたのだろ。


「気になることありますか?」

「ええと、気になるというか……あのね、うん」


 詩織さんはもじもじしながら答えた。


「だって、見た目がハルくんの女の子なんでしょ?」

「そうなりますかね」

「それってさ、アサちゃんに寄せるってことでしょ?」

「あー、言われてみれば」


 全然気にしてなかったが、そういう見方はできるかもしれない。


 しかし、それがどうしたのだろう。


「だってさ、アサちゃんの見た目で、声が私なんだよ?」


 と、詩織さんは言った。


「そんなの……エッチすぎない???」

「じゃあ、最初からキャラクエやり直しますね」

「無慈悲な!」


 結局、紆余曲折を経て、詩織さんに寄せた見た目でいくことにした。「すごい恥ずかしんだけど……」と文句を言われたけど、とりあえず無視する。


 キャラクエだけで1時間以上経過してる。


 ゲーム本編はどうなるのか。


 不安になりながら、ようやく俺はゲームを始めてみた。

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