第14話 うちの生徒会長には、秘密がある。

「では、本日の定例はこれで終了となります。お疲れ様でした」

「お疲れ様でしたっ」


 放課後の生徒会室。


 生徒会の定例が終わり、隣にいた瑛輔は大きく伸びをした。


「疲れたぁ~~! なんなんすかー。今日の議題、多すぎないすか?」

「目安箱の投書が増えてるからな。仕方ないだろ」

「いや、要望が多すぎですよ。みんな、好き勝手言いすぎ。のび太くんかよ」

「ドラえもんはともかく、生徒会は謎に権力があると思われている節はあるよな……」


 生徒会の仕事はいうなれば学校内の便利屋である。


 現実の探偵が殺人事件を解決しないのとおなじように、現実の生徒会も学校を牛耳る特権的な力など持っていない。


 ただただ地味~な仕事を積み重ねながら、生徒たちが円滑な学園生活を送れるよう裏方に徹する。


 それが生徒会なのである。

 

「しかし今日の議題、まさか全部片付くとは思わなかったすよ。さすが市原先輩。やっぱ、あの人スゲーわ」

「たしかに。文字どおり快刀乱麻の手腕だったな」

「怪盗らんま?」

「急に新キャラを捏造するな」

 

 正直、今日の定例会にあげられた議題は例年までのペースであれば、とても一回の会議で処理できるような量ではなかっただろう。

 俺もいくつかの議題は次回に持ち越しになると予想していた。


 しかし市原はすべての議題に対し、すぐに落としどころを見つけて、即断即決で議題を次々に解決していった。


 当の市原はといえば、いまはノートパソコンを開き、学校行事で述べる式辞の作成を続けている。

 

 別に俺たちも小声で話しているわけではないのだが、反応する様子はない。

 よほど作業に集中しているようだ。


「会長、まだ仕事してるんすねぇ。俺、もう帰る気満々だったんすけど……」

「市原のことは気にするな。無駄に残る必要もないしな」

「先輩はどうするんすか?」

「俺は明日、委員会とのミーティングが入ってるからな。そっちのアジェンダを作り終えたら、帰るよ」

「うわぁ。よく働きますね」

 

 英輔はうんざりした顔をして言った。


「副生徒会長だからな。やることはやらないと」

「先輩たち、働きすぎっすよ。セルフでブラック生徒会とかやめてくださいよ?」

「わかってる。みんなも気にせず帰れよ。俺たちを見習う必要ないからな」


 俺は後輩であるほかのメンバーにも声をかけるが、みんな、「はーい」と呑気な返事で答えた。


「うちら、適当にだべってるだけなので気にしないください」

「なにかあれば言ってくださいね。特に瑛輔は手が空いてますから」

「おい! オレは結構働いてるぞ!」


 わいわいと言い合う姿には、変にこちらを気遣っている様子もない。


 市原が歴代でも類を見ない「仕事のできる会長」である。


 しかしちゃんと後輩の言葉にも耳を傾けるので、今期の生徒会はかなり言い合いがしやすい空気ができていると思う。


 心理的安全性という言葉がある。

 組織内で自分の意見を誰に対しても安心して発言できる状態を指す言葉だという。


「心理的安全性が高い」とされるチームは生産性が高いという研究データが出ていると以前読んだ本に書かれていた。


 いまの生徒会はまさにこの、「心理的安全性の高い」状態」ではないかと考えている。それもこれも市原の人望がもたらしたものだろう。


 そして今後もこの状態が保てるよう、務めていくのが副生徒会長たる俺の役目なのかもしれない。


「あっ」


 市原が小さく声を漏らした。

 自分が握ったボールペンのペン先を何度も紙にこすりつけている。


「ペンのインクが切れたのか?」

「うん。生徒会室にあるペンを使ってたんだけど……」

「ほかに予備はなかったっけ?」

「いま青インクのほうを使ってて。それがあると助かるんだけど」

「青インクか。ちょっと待ってろ」

 

 俺は自分のペンケースを覗き込む。

 新品の三色ペンがしまわれていることに気づく。


 以前、詩織さんからもらったライブグッズのペンである。


 ――最初のライブで出したグッズでね。何点かグッズをプロデュースしていい、って言われたから、作ってもらったの。


 引っ越しの初日に渡されたとき、ペンケースにしまっていたのだが、結局使わないままこれまでずっと入れっ放しにしていたのだ。


 念のため、試し書きをしてみるが、するするとインクが出てくる。

 想像していたよりも使い勝手がよい。


 この手のライブグッズには実用性など求められてないと思い込んでいたが、なかなか馬鹿にはできない。


 それにライブグッズとはいえ、ペン軸にライブのロゴが入っているだけのシンプルなデザインであり、普段使いにもあまり浮かない気がする。

 

 これなら貸しても問題はないか。


 俺は詩織さんから貰ったボールペンを持って、市原の席に向かった。


「市原、これ。ちゃんとインクも出るから、よかったら」

「あっ、ありがと――」


 俺からペンを受け取ろうとした市原が突然固まった。

 大きく目を見開いて、なぜかペンを凝視しだす。


「市原? どうした?」


 俺が尋ねると、いきなり市原は俺の両肩を掴んだ。

 目がギラギラと光っている。


 まるで親の仇でも見つけたかのような目で、彼女は口を開いた。


「どうしたの、このペン」

「どうしたって、知り合いから貰ったんだけど……」

「知り合いから貰ったァ~~!?」


 ヤクザの恫喝みたいな野太い声が出た。

 

 クールで知られる生徒会長がめちゃくちゃ鼻息を荒くしている。

 

 なになに? 

 なにが起きた?


 まわりの生徒会メンバーに助けを求める。

 しかし後輩たちはさっと俺たちから距離を取り、ひそひそと話を始めた。


「会長と副会長が喧嘩してる?」

「生徒会シビルウォーが勃発?」

「千川先輩の乱?」

「下克上だ!」


 マズイ! 後輩たちが暴走して、変な噂が生まれようとしている!


 心理的安全性の危機!


「市原、まずは落ち着け。みんな見てるから。な?」


 それでも市原は俺の顔をなにも言わずに睨み続ける。


 彼女にしては珍しい長考(20秒程度)の末、口を開く。


「千川。付き合って」

「付き合うって、どこに?」

「話がしたい」


 返事を言う間もなかった。


 市原はそのまま黙って俺の腕を引っ張り、なんと生徒会室を出て行ってしまう。


「先輩と生徒会長が駆け落ちした――――!」


 瑛輔の声が廊下中にこだまする。

 ほかの生徒にもばっちり伝わっただろう。

 

 絶対これ、噂になるな。

 英輔の奴。あとでしめる。


 しかしいまは未来のデマより、市原である。


 こちらに一切顔を向けないまま俺の手を引く市原はまるで死刑執行人のようだった。どこへ連れて行かれるのかと気が気でない。


 やがて俺たちは屋上の踊り場へとたどり着く。


 屋上は普段立ち入りできないため、このあたりも人通りが少なく、人目を忍んで悪いことをするには絶好のスポットともいえる。

 

「正直に答えてっ」


 ようやく市原はこちらを振り返る。

 鼻息を荒くし、真相を追求する検事のような口調で詰問してきた。


「あのボールペン、ホントはどこで手に入れたの?」

「どこでって、知り合いに貰ったんだけど……」

「その知り合いってどんな人? その人もメイトなの!?」

「メイト?」

「霧山シオンのファンの通称! 霧山シオンを愛する仲間! シオンメイト略してメイト! この世の常識!」


 市原の声が爆発した。


 いつもクールな生徒会長がこんな大声を出せたのかビックリしてしまう。


 いつになくテンションが高い。

 というより暴走している。

 ブレーキとアクセルを踏み間違えたかのような暴走具合である。


 だが、市原がここまで過剰な反応を示した理由はさすがに察しがついた。


「市原は、そのメイトなのか?」

「推し歴4年の中堅メイト1st以外のライブは全部通った出演作は全部チェックしてるラジオも欠かさずお便りを投稿してる一番好きな霧山シオンは『アイドライド』の東上エレンで一番好きな曲はエレン名義の『青の約束』! あっでも最近は初主演作の『アンセム×コード』こそ至高なのでは、と思いはじめてる」


 めちゃくちゃ早口。しかも長文。

 息継ぎも一切ない。


 普段はもっと短いセンテンスで話すのに。


 しかし、まぁ、これでハッキリした。


 生徒会長の市原は霧山シオン(=詩織さん)の大ファンだったらしい。

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