第45話 FRIENDS

 週が明けて月曜日、いつものように電車の中で姫乃と待ち合わせ。

 何度乗っても人がいっぱいの電車には慣れないけれど、彼女の顔を見るといつもほっとする。


 つり革につかまっている彼女の傍へ何とか近づくと、いつものように笑い掛けてくれる。


「おはよう。今日も凄い人だね」

「おはよ。そうだな、何度乗っても慣れないよ、これは」

「だから、もうちょっと早起きすれば――」

「あー、それは言わないでくれって。朝の15分は、俺にとって貴重なんだよ」

「全く、自分のことになると、だらしがないんだから……」

「何か言ったか?」

「いーえ、何も!」


 つんっと鼻を上に向けて、目を逸らす。

 確かにもうちょっと空いた電車だと、話もしやすいんだろうな。

 そう思っても、やっぱり無理だ、朝はできるだけ寝ていたいのだ。


 いつもの駅で改札を抜けて通学路を歩いている途中、コンビニに立ち寄ろうとすると、


「あ、陣。今日はお昼ご飯は買わないで」

「なんで?」

「お弁当……作ってきたから」

「まじか?」

「はい、これ」


 いつもは持っていない手さげ袋を下げていたので、何だろうかと思ってはいたけど、俺のためのお弁当だったのだ。


「ありがとう。悪いな、手間をかけさせて」

「いいよ別に。今日は特別だからね」


 そう言いながら、澄ました顔で俺のすぐ真横を歩く。

 姫乃に渡してもらった袋の重みを感じながら、じんと胸の中が温まる。


「そう言えば、文化祭はごめんな。結局、一緒には回れなかったな」

「いいよ。葵と一緒に見てたから」

「なあ、他の奴に、誘われたりはしなかったのか?」

「え……あったわよ。でも全部断ったから」

「そっか…… 純菜のこと、何か聞いてないか?」

「純菜? そういえば、彼女とも時間が合わなかったしなあ。どうかしたの?」

「いや、ちょっと……」


 俺が気になっているのは、木原と純菜とが、どういう感じになったかということだ。

 木原本人からは何も聞いていないし、何かあれば姫乃には連絡があったんじゃないかと思ったけれど。


「木原が、純菜を誘ったみたいなんだよ」

「え、そうなの?」

「うん。だから、どうなったのかなあって思ってさ」

「どうかなあ、金曜日はほとんど話してないし、その後も何もないからなあ」

「そっか」


 教室に着いて、木原と純菜の姿を観察してみても、いつもと様子は変わらない。

 何事もなく終わったのなら、それはそれで良かったのかな?


 そんな木原は昼休みになると、「ちょっと屋上に行かないか」と話し掛けてきた。

 榎本も入れて三人で屋上に上がると、他に人気がないことを確認してから、木原が顔を緩めた。


「聞いて驚け、俺、真壁さんの連絡先をゲットしたぞ」

「え、そうなのか?」

「ああ。しかも、今度映画に行く約束までしたんだ!」


 昼飯を頬張りながら、滔々と自慢げに語る大男。

 どうやら、お互いにアニメ好きということがきっかけで話が盛り上がり、新作映画『機構兵団と光速の女神』を一緒に見に行く約束まで取り付けたらしい。

 どうなることかと心配していたけど、予想外の奮闘ぶりに、胸を撫で下した。


「そう言えば、陣は今日弁当なのな?」

「あ、まあな」

「もしかして、一条さんか?」

「え……何で分かるんだよ?」

「だって、そんな綺麗な中身とハンカチ、どう見ても女の子っぽいじゃないか」

「いいなあ、二人とも。俺もなんとかしたいなあ、クリスマスも近づいてるし」


 榎本が自分だけ蚊帳の外だと言わんばかりに、空を見上げて嘯いた。


 クリスマスか。

 そう言えばまだ、当日に何をするか、姫乃と決めていなかったな。

 どこか行くのなら、予約とか、早い方がいいかもしれないよな。


 それから放課後になると、純菜はいつもの調子で、


「姫乃、陣、一緒に帰ろうよお!」

「はいはい、そうしましょうか」


 相変わらず部活で忙しい葵を残して、三人で学び舎を後にする。

 せっかくなので、木原の話題を振ってみることに。


「なあ純菜、木原と一緒に、文化祭回ったんだってな?」

「木原君? そうだなあ。他にも、杉下君と佐々木君とも回ったよ」

「へえ、それはまた……」

「木原君は面白いね。どうしても一緒に映画に行きたいっていうから、一回だけ付き合ってやるかって話はしたけどさあ」

「へえ、デートじゃない、それ」

「そんなんじゃないわよ。丁度見たかったやつだし。面白かったら、また三人でも行こうよ?」


 なんとなく、木原が語っていたトーンと違うなと思いながら、このことは彼には黙っていようと誓った。


「ところで、二人はクリスマスは、どうするのさ?」

「え……ちょっと、予定があるかな……」

「お、俺もそんな感じかな」

「何だ、つまんない。パーティでもできたらなって思ってたのに。あ……もしかして、あんたたち二人で、何かやるとか?」

「え、あの、そんなことは……」


 図星なのだが、はいそうですとは、二人とも言い辛く。


 怪しげな目を向ける純菜から、姫乃は目線を逸らしている。


 その後、純菜とは別れて電車の中で、


「なあ、クリスマス、どうしようか?」

「えと、そうね……」


 姫乃は少しく考え込んでから、


「陣のやりたいことにして欲しいな」

「俺か?」

「うん。陣がやりたいことに、なんでも付き合ってあげる。だって、こういうのはいつも、私が決めてばっかだし。たまにはさ」


 そうは言われても、特には思いつかない。

 どこかのレストラン? 何かのイベント? 景色のいい場所?

 こういうのは経験値がほぼない。


 でも、俺が考えて、それで姫乃に楽しんでもらう。

 それも大切かもしれない。

 彼女にはつらいことを思い出させてしまったばかりだし、これからはもっと笑っていて欲しい。

 俺にとっても、そんな彼女と一緒にいることが、楽しいんだ。


「じゃあさ、イブの日は二人で過ごして、次の日は純菜達と過ごすってのはどう?」

「え……それは、いいけど……」

「彼女も一緒に遊びたがってたし、友達と過ごすのも楽しいと思うんだよ。だからさ」

「そうね、うん、いいと思う」

「イブのことは、俺が考えてみるよ。だから、その次の日のことは、一緒に考えてくれると助かるな」

「分かった、そうしよう!」


 姫乃は笑顔で、こくんと頷いてくれた。


「あ、それとさ、陣」

「はい」

「映画の予定、空けておいてよね? 来週から公開だったと思うから」

「うん。もちろん!」


 姫乃とも別れて家に帰って、リビングでのんびりしていると、仕事から母さんが戻って来た。


「あのさ、母さん」

「んん?」

「クリスマス、家を空けてもいい?」

「お友達と、どこか行くの?」

「うん」

「いいんじゃない? 今まであんまり、そんなことなかったものね」


 去年の冬は、やっと足がまともに動き出したような状態だったので、それどころではなかった。

 その前はサッカーの試合や練習で忙しかったり、家で母さんと過ごすことが多く、それ以外の予定をこなした経験がないのだ。


「もしかして、姫乃ちゃん?」

「……まあ、それもあるよ」


 母さんはテーブルの上に肘をついて、両の手の上に顎をのせて、微笑まし気に俺を見続けていた。





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