第46話 聖夜

 とある休日、


「面白かったね、映画」

「ああ。どうなるかと思ったけど、ハッピーエンドで良かったな」

「うん。多分あの二人、幸せになるよね?」

「どうかな。なんか、新しい火種がありそうな終わりでもあったからなあ。続編ありかもね」


 姫乃と二人でランチをしながら、今見てきたばかりの映画『機構兵団と光速の女神』の観想戦に興じている。

 メカ兵器同士の迫力のある戦闘シーンに、キャラクター同士の切ない恋愛模様が華を添え、前評判通り満足度の高い作品だった。


「そう言えば、純菜が葵も誘って、一緒に見たいって言ってたよ」

「え、葵って、こんなの興味あったっけ?」

「なんか、みんなが面白いって言ってるから、一度見てみたくなったみたいね」


 純菜は木原とも行っているはずなのだが、そのことは今は考えないようにしよう。


 それから、紅葉が始まった街路樹が立ち並ぶ街を、目的もなく歩いて。


「ねえ、陣、ちょっと寒い」

「え、そうか?」

「はい」


 さり気なく、片手をこっちの方へ差し出してくる。

 その手を取ると、姫乃は嬉しそうに頬を緩めた。


 夕暮れまでゆっくり街ブラをして、


「ねえ、今日もお家に行っていい?」

「いいけど、いつも同じで退屈じゃないか?」

「ううん。それが一番落ち着くし、長く一緒にいられるし」


 こんな感じが、最近俺と姫乃が過ごす、休日のパターンだ。


 麗華からもたまに連絡が入ってお願いをされることもあって、そんな時には姫乃には申し訳ないけれど、一緒に飯に行く程度の付き合いはしている。

 彼女が姫乃に真摯に話してくれたお陰で、俺も姫乃も過去のとらわれから解放されて、肩が軽くなった。

 そんな彼女を、友達として、放ってはおけないのだ。


 そんな中、晩秋を過ぎて師走を迎え、街が慌ただしい季節になり、早いもので今日は終業式。

 すぐそこにクリスマスが控えている。


 聖夜に年末年始、華やぐイベントがひしめく冬休みを前に、クラスのみんなの表情も明るい。


 女子三人組と俺、いつものメンバーが顔をそろえて、


「よかったな、純菜。赤点の補講もなくて」

「ふふん、今回は頑張ったからねえ。どうよ、本気になったらこんなもんよ!」


 葵の祝辞に、純菜がどや顔で応える。

 夏の期末試験で余程懲りたのか、あれから純菜は日ごろから勉強をするようになっていた。


「クリスマス、楽しみだねえ。夕方に、姫乃ん家に行けばいいのよね?」

「うん。一応それまでに、買い出しはしとくからさ」

「すまないな。何か手伝えることがあったら、言ってくれ」

「俺も早めに行って、準備は手伝うからさ」

「うん。お願い」

「……ねえ、あんた達、二人でいる方がいいんじゃないの、もしかして?」

「え……そんなことないってば!」


 純菜の突っ込みに、姫乃が頬を紅にして反論する。


 クリスマス当日は、姫乃の家で四人で集まって、パーティの予定だ。

 その前のイブの日は、姫乃と二人で過ごすことになっている。


 家に帰ってから、クリスマスイブの日の作戦を考える。

 昼前に待ち合わせをして、ランチをして、赤と緑の飾りつけで色めく街を歩いて、それから……

 いつもとそんなに変わらないパターンだけれど、俺には他に思いつかず。

 それに、何か特別なことをしなくても、姫乃と一緒にいられると、それだけで心が躍る。

 それが、俺がやりたいことなのだ。


 そう言えば麗華が、夜景が好きっていっていたな。

 多分女の子って、そういうの好きだよな。

 そんなことを思い出して、景色のよさそうな場所の一つでも調べておくかと思い立つ。

 

 後は、そうだなあ…… 


 そんなこんなでクリスマスイブ当日、いつも乗る電車の中で待ち合わせをする。

 冬休みということもあってか、平日にも拘わらず、車内は混雑している。

 そんな中で、白いショートコートを羽織って赤いマフラーを巻いた姫乃を見つけた。


「おはよ、陣」

「ああ、おはよう」

「楽しみだな、今日」


 今日は、待ち合わせ時間と大体の場所は伝えてあるけれど、夜からの予定はお楽しみということで、話していない。

 恋人達で賑わうカフェでランチをして、どこかからかクリスマスソングが流れる街を、手をつないで歩く。


「ねえ、寒くない?」

「そう言えば、ちょっとだけ」

「じゃあ、こっち来て」


 そう言って姫乃は、自分の巻いているマフラーの片方を、俺の首に巻きつけてきた。


「えへへ。これ、一回やってみたかったんだ」

「ありがとう、暖かいよ」

「ほら、もっとくっつかないと、歩きにくいよ?」

「そ、そうだな、うん」


 肩を寄せてしっかりと腕を絡めて、離れ離れにならないように。

 体も心の中も、温かみで包まれていく。


 気付けば曇天の空。

 今日の夜には雪になるかもしれないと、天気予報が言っていた。


 夕方近くになって、街が一望できる展望台に向かった。

 夕暮れを待って少し時間を潰して。


「ねえ、もしかして夜景?」

「うん。分かる?」

「そりゃあ、ここに来ればね。なかなか考えるじゃん、陣?」

「……そうか?」


 長い列を待ってチケットを買って、エレベーターで上に向かった。

 扉が開いた先には、人で賑わう暗めの照明のフロアがあって、その向こうに大きなガラス窓が360度で貼られていた。

 

 窓辺に向かうと眼下には、白、赤、黄……無数の光の海が一面に広がっていた。


「わああ……」


 薄暗い灯りの中で、姫乃が目を輝かせる。


「あっち、俺達が住んでる方だな」

「すごく綺麗……ね、あっちも行ってみよ?」


 俺の手を掴んで別の窓へ。

 順番に、全部の景色を堪能していく。


「ありがとう。クリスマスにこんなの見るの、初めて」

「そうか。俺は…… 夜景はほとんど見たことがないけど、いいもんだな、うん」

「もしかして、私と見たかったの、ねえ?」

「いや、まあ……男一人では、なかなか来れないしね」

「え、それって、女の子だったら、誰でもいいってこと?」

「いや、そうは言ってません、はい」

「もう……」


 悪戯っぽい目をして、笑みをこちらへ向けてくる。


 夜景も綺麗だけど、お前の方が――

 そんなことが言えたら、もっと二人の距離は近くなるのかな。

 とても言えないような大人なセリフも、つい頭を過ったりする。

 

「夜、どうしよか?」

「えっとね、ちょっと、付き合って欲しい所があるんだ」

「そう? いいけどさ、何だろ?」


 一通り夜景を堪能して。

 そこから向かったのは、バイトへ行く際のいつもの最寄り駅。


「ねえ、これって、洋食屋さん?」

「うん、そうなんだけどさ。俺先に行って準備してるから、十五分ほど遅れて来てくれないかな?」

「あ、うん。そう言うなら……」


 姫乃を駅に残して、俺は一足先に洋食屋Tanyへ。

 ドアの鍵を開けて、照明を付けてエアコンをかけ、普段のエプロン姿に着替えて、表のドアと看板にちょっと細工をして。

 それから、姫乃が訪れるのを待った。


 程なくしてドアが開き、


「いらっしゃいませ」

「ちょっと陣、あれどういうこと? 本日貸し切りで、『ビストロ陣』って!?」

「今日はここ、姫乃のためだけに貸し切りなんだ」

「……ええ!!?」


 色々と考えて、今日の夜の場所は、ここに決めた。

 俺にとって落ち着ける場所、それに、姫乃と初めて訪れた場所。

 今日は賑やかな常連さんの姿はなく、クリスマスツリーが飾られて、壁にはきらきらと輝く飾り付けも。

 今日の朝早くから、マスターやおかみさんにも手伝ってもらって、準備したものだ。


「クリスマスイブの日、店を俺に貸してくれませんか? しばらくバイト代はいりませんので」


 そんな突拍子もないことを申し出た俺に、マスターとおかみさんは、静かに訊いてきた。


「それで、何がしたいんだ、陣君?」

「姫乃と二人で、自分で開いたお店で過ごしたいんです」


 そんなことを口にした俺に、


「クリスマスのサプライズなのね?」

「そういうことか。陣君がそんな我がままをいうのは珍しいが、姫乃ちゃんとのことか……」


 マスターはおかみさんの方を向いてから、


「なあお前、このところ、クリスマスを二人で過ごしたことなんて、なかったよな?」

「そうですね。陣君からのプレゼントだと思って、二人でどこかへ行きましょうか、久しぶりに?」


 二人で見つめ合い、顔の皺を深くして、穏やかに笑い合っていた。

 そうして、俺の我がままを、二人はあっさりと受け入れてくれた。


「本日は『ビストロ陣』の一日限りの開店だよ。店員は俺一人で、お客様は姫乃一人でね」

「陣、それ……」

「俺もいつか、こんなお店が持てたらなって思うんだよ。今日はその先取りでもあるんだ」

「……じゃあ、私がその、陣のお店の、最初のお客さん?」

「Yes, ma’am. いつものメニューに加えて、ケーキにローストチキンに特製シチュー、それにノンアルのドリンクもございますよ?」

「じゃあ、お任せでお願いするわ」


 姫乃はぱあっと笑顔を咲かせて、テーブル席についた。


 二人一緒の時間を静かに過ごしていると、窓の外に白いものが舞い散るのが目に入った。


「ちょっと待って」


 ドアを開けると、外には白い粉雪が舞っていた。


「雪になったみたいだな」

「ねえ、後で一緒に、外を歩こうよ?」

「うん、そうしよう」

「あ、そうだ、忘れてた!」


 姫乃は脇に置いてあった鞄から、綺麗にラッピングがされた箱を差し出した。


「はい、プレゼント」

「ありがとう。開けていい?」

「うん」


 破れない様に丁寧に包装を取り除いて箱を開けると、中には綺麗な色の靴下のセットが入っていた。


「あのね、暖かいものにしようかって思ったの。寒いと傷口が痛いって聞いたから、足が冷えないように」


 足の傷跡のことを心配してくれていたようだ。


「ありがとう、今の俺にぴったりかも。あ、ちょっと待って。俺からもあるんだ」


 裏方に取りに戻り、小さくて白い紙袋を姫乃に差し出した。


「ありがとう、なにかな?」


 姫乃が中に入っていた包装箱を開けるとそこには、銀細工に青色の石があしらわれたペンダントが入っていた。


「これ、宝石?」

「ああ、アメジスト。姫乃の誕生石だよ。本当は誕生日にあげた方がいいのかもしれないけど、他に思いつかなかったんだ」

「……ありがとう、凄く嬉しい。大事にするね?」


 そう言ってほほ笑む姫乃は、手元にある宝石よりも、何倍も綺麗に輝いて見えた。



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