第42話 文化祭

「俺、文化祭で、純菜さんを誘ってみるわ」

「そうか、頑張ってみろよ」


 たまには気晴らしにと、木原勇治、榎本周作、そして俺の三人で、ランチのために上がった屋上で。

 木原が巨体を揺らしながら決意を口ばしったので、一先ず激励を。


「まあ勇治、残念会の準備くらいは、しておいてやるから」

「おま……周作、俺がフラれるって、決めつけてないか?」

「だって純菜さんって結構人気だから、他にも誘いたいって奴いるぜ」

「え、そうなのか?」


 普段他愛のない話を一緒にしている俺にはピンとこないので。訊き返してみた。

 確かに、黙ってると小柄な清純派美少女と思われても不思議ではない容姿だし、あのノリで場をかき回す様は、見ていて気持ち良くもある。


「ああ。あの三人組は、他のクラスでも狙ってる奴多いみたいだから、早めに先約しておいた方がいいかもな」

「三人組って、姫乃に葵もか?」

「そうだよ。お前は普段から一緒にいるから気にしてないのかもしれないが、結構羨ましがられてるぞ。しかも最近、姫乃さんと一緒に登校してるって、噂になってるぜ」

「まじか?」

「まじ」


 他人の噂などは微塵も興味がないので気にしていなかったけど、そんなことになっていたんだな。


 木原の健闘は祈りつつも、俺は俺で悩みの種がある。

 文化祭当日は麗華が是非来たいと宣っているので、入場チケットを申し込んでおいた。

 そうなると、彼女一人を放っておく訳にもいかず。


 姫乃と一緒の時間も楽しみたいけれど、お互いに当日は殺人ピエロとメイドさんの役目もあるので、合う時間はそれほど多くは無さそうだ。


 そんな中でも、文化祭の準備は着々と進んでいる。


 当日の飾り付けの準備や、食材、簡単な飲み物やら調理器具の手配、仮装衣装の探索とレンタル等々、やることに暇がない。

 それに、ゲストをお迎えするための練習も。


「ねえ…… これ、本当に言わないとダメなの?」

「こういうのを期待するゲストもいるかもだから、一応練習しとくんだよお」

「え、と…… ご、ご主人様…… 元気ちゅうにゅう、もえ、きゅん、きゅん……」

「ダメ、姫乃! 気持ちがこもってないい~!!」

「だって、こんなの言ったことないし……」

「実際の物語でもあったセリフでしょ!」

「そんなこと言ったって……」


 純菜先生のご指導に、姫乃が頬を赤らめて従っている姿が可愛い。

 蓋を開けると意外とメイドさんは女子にも人気があったようで、総勢6人ほどのメンバーになっている。


「畑中君、ピエロ装束はあったけど、一人で大丈夫?」

「ああ、まあ、なんとかするよ。多分、他に希望者はいないと思うしね」


 心配げに尋ねる衣装係にはそう返事をしたけど、一人でセリフを喋って練習をするのは、中々に気恥しい。

 教室の隅の空気に向かって、


「お、お~やおや、これはこれは可愛い仔猫ちゃんたち…… 私めの人形コレクションに加えて欲しくないかい?」


 自分でやるとは言ってみたものの、こんなキャラが受けるのかどうかも分からず。

 とりあえず当日はメイドさんや騎士様達に任せて、隅っこの方にいるとしよう。




◇◇◇


 そんなこんなで、文化祭当日は秋晴れのいい天気だった。


 昨日の内に飾り付けが終った教室に姫乃と一緒に赴くと、朝一からの担当組が既に着替えを終わっていた。


「あ、姫乃に陣、おっは~!」

 

 白と黒を基調にレースがあしらわれ、ふわふわに開いた膝上10センチほどのスカート姿、いわゆるメイド服に身を包んだ純菜が、笑顔で出迎えた。

 事前に予想はしていたけれど、純菜のメイド姿は絶品で、ロリっ子好きにはたまらない風貌とオーラを纏っている。


 他にも、お姫様風のドレスを着た女子や、貴族風の衣装で腰に模擬剣をさした男子がうろうろしている。


「ねえ、陣はどこでピエロやるのお?」

「そーだなあ。午前中にやってしまって、午後はほぼフリーにしてもらおうかな」


 殺人ピエロ役の俺は、裏方の仕事を手伝いながら、好きな時に仮装をしてフロアにいろということになっている。

 要はメインキャラでもないので、適当にやっていろとのことで、あまりあてにはされていない。


 ちなみに姫乃は、この後昼をまたいでの担当である。


 始まりの時間になるとちらちらと客が入り始めて、仮装メンバーは忙しく動き回る。

 注文を聞いてから裏方の方に伝えて、飲み物やケーキ、スナック類の準備をする。


「はい、ご主人様、元気注入、萌えキュンキュン!」

「うおお~、メイドさんだあ!」

「も、もう一回!」


 両手でハート型を作って甘いセリフを投げる純菜は、男子生徒に大受けのようだ。

 他にも、騎士役の男子が、女の子のゲストと談笑をしている。

 結構可愛い子達なので、いささか下心ありかもしれない。


「ねえ陣、私と葵、ちょっと見学してくるから、任せていい?」

「ああ、いいよ」

「じゃあよろしくな、陣」

 

 姫乃と葵は、連れ立って出て行った。

 外の男子生徒からお誘いがあったのかどうかは知らないけど、女子二人で回ってくるらしい。


 とりあえず、ノルマを果たそうか。

 そう考えて、共用で設けられた更衣室に赴き、ピエロの装束に着替えた。

 教室に戻るとメイク担当の女子に、白粉と口紅でメイクをしてもらい、接客スペースへ。

 手持無沙汰状態のまま欠伸をしながら突っ立っていると、向かいのドアが開き、一瞬その場の全員の目がそこを捉えた。


 肩の上に乗っかった長い髪に手をやりながら、麗華が入って来たのだ。

 紺色のブレザーを羽織り、赤と黒のチェック模様のミニスカートから覗く脚が、白く透き通って見える。

 女神様降臨、といっても過言ではないかもしれない。


 俺の姿に気がつくとすっと近寄ってきて、


「よろしく、ピエロさん」

「お、おう……」


 彼女を空いた席まで連れて行って、練習したセリフを吐いてみる。


「お~やおや、これはこれは可愛い仔猫ちゃん。私めの人形コレクションに加えて欲しくないかい?」

「あはは、面白い!」

「た、頼み物はなんぞや?」

「じゃあ、コーヒーとケーキで」


 注文された物を持って行って去り際のセリフを吐こうとすると、麗華が手招きをしてきた。

 顔を近付けると、周りに悟られないほどの小さな声で、


「ねえ、陣。学校内を案内して欲しいんだけど?」

「いいけど、俺午前中は、ずっとここだぞ」

「じゃあ、その後でいい。待ってるから」

「……分かった」


 その場で細かい話をするわけにもいかず、一旦OKをした。


 それから、ピエロ姿を面白がった子供の相手をしたり、裏で飲み物の準備を手伝ったりしていると、純菜達との交代で姫乃が入って来た。


 純菜のメイド服と同じようなデザインだけれども、もっと身長は高く出るところは出ているので、何だか艶めかしく見える。

 思わずガン見をしていると、


「あんまりじろじろ見ないでよ。恥ずかしいじゃない……」

「そうか、結構似合ってると思うけど?」

「もう……」


 頬を赤く染めてぷっくりと膨らませながら、同じように見とれている男子ゲストの方へと向かっていった。


 午前中のお役目を終えた俺は、そそくさと着替えを終えて化粧を落とすと、麗華に待ち合わせの連絡を入れた。


 お昼の時間を回っていたので、一緒に模擬店で焼きそばとフランクフルトを買って腹に入れてから、校内をぶらつく。

 展示コーナーや吹奏楽、ゲームコーナーとかを見回っていると、


「ねえ、陣、相談があるの」

「なんだ?」

「クリスマスって、空いてる?」


 一瞬、息を飲む。

 クリスマスは、イブも当日も両方とも空けておくようにと、姫乃から言われている。

 どう応えようかと頭の中をこねくり回してから、


「すまんが、両方詰まってるんだ。バイトの予定も入るかもしれないし」

「そっか…… 残念」


 麗華は肩を落として、悲し気な表情を浮かべて俯いた。


「やっぱ、ハンデ大きいなあ」

「なに?」

「同じ学校でいつも顔を合わせてるのと、たまにしか会えないのとじゃ、ちょっと違いすぎるよね。姫乃さんが羨ましい」

「何を言っている。俺と姫乃とは、別に……」

「じゃあ、私も陣のお家に呼んでよ。一緒にご飯食べたりとか、私だってしたいわ」

「それは……」

「ごめんね、無理言って。でも、私だって寂しいの……」


 来てもいいよとも言えず、かといって突き放すのも忍びなく、結局胡麻化すしかなかった。


「すまん、その話は、また今度にしてくれ」

「……意地悪ね、ばか」


 それから一通り案内をしてから、これから片付けがあるからと告げて、麗華とは別れた。

 何となく浮かない表情の麗華が、気にはなったのだけれど。


 教室に戻ると、姫乃と純菜の姿がなく。


「葵、姫乃と純菜は?」

「ああ。姫乃は散歩してくると言って出て行ったな。純菜は、木原と一緒にどっかへ行ったぞ」

「木原?」

「ああ。木原が純菜に声を掛けて、二人で見学にでも行ったらしいな」


 どうやら木原は、門前払いはくらわずに、純菜との時間を過ごせているようだ。


 その後、無事に予定行事をこなして片付けが始まった頃、姫乃が戻って来た。

 けれど、見るからに元気がなく、目が赤く腫れている感じだ。


「姫乃、どした?」

「あ……何でもないよ……」

「そうか、ならいいが」

「あの、陣…… 今日は、先に帰ってくれるかな? 私ちょっと用事があって」

「? ああ、分かった」


 片付けを終えて、クラスのみんなと先生全員で、お疲れ様の雄たけびを上げてから、俺は一人で家路についた。


 その日の夜、一つのことをやり終えた達成感と開放感に浸りながら、ベッドの上で横になっていた。

 すると、ピロリンと、スマホの着信音が鳴った。


 ―― 姫乃からだ。


『明日って、空いてる?』

『うん、空いてるよ』

『二人だけで話したいんだけど、そっちに行ってもいい?』


 明日は日曜日、確か母さんは、知り合いと出掛けるって言っていた。


『多分母さんはいないし、大丈夫だよ』

『分かった。じゃあお昼過ぎくらいに』


 なんだろう?

 二人だけでとあたらためて言われると、緊張してしまう。

 

 もしかして、今日麗華を呼んだことがばれた?

 背中に冷たいものを感じつつも、素直に白状しようと腹をくくって、眠りについた。


 その翌日は母さんが朝から出掛けていて、やはりこの家の中で一人だった。


 午後になってからインターホンが鳴って、画像をみると姫乃だった。

 

 ドアのところに向かい、


「よう、ようこそ」

「うん。ごめんね、急に」


 昨日の夕方もそうだったけど、今日も何だか元気がなく、虚ろな目をしている。

 前を見ているようでも、目線が全然定まっていない。


 とりあえず、いつものようにリビングに座ってもらって、コーヒーを入れた。


「なあ姫乃、何かあったのか?」

「……うん、ちょっと……」


 肩をすくめて顎をぐっと引いて、表情が見て取れない。

 少しの間様子を見ていると、やがて小さな唇が震えるように動いた。


「ねえ……陣……私に隠してること、ない……?」

「え……いや、その……実は昨日、麗華を呼んでてさ、ちょっと案内を……」

「……それもあるけどさ、もっと大事なこと」


 姫乃は顔を上げて、いつになく真剣な目で俺を見据えた。


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