第31話 夜空の下

 麗華は俺のすぐ前で立ち止まり、嬉しげに笑みを向ける。


「こんなとこで会うなんてね」

「ああ、全くだ」


 俺の方はと言えば、偶然の出会いに動揺を感じて、うまく言葉を返せない。


 去年麗華と付き合っていた時には、夏祭りは一緒に行きたいねと言った話をしながら、結局は実現しなかった。

 事情があって俺自身がそれどころではなかったのはあったけれど、その頃には彼女から、さよならを言われていたのだった。

 彼女の浴衣姿とかを想像して心が弾んだものだったが、それも過去の思い出。

 それが、こんな形で実現しようとは。


 こんな偶然は起こって欲しくない、起こるわけがないと思い込んでいたけれど、広いとはいえ同じ祭の中、こういうこともあるのだろうか。

 神様の気まぐれだとしたら、一言文句を言いたい気分になる。


「お友達と一緒なのね。みなさん、今晩は」

「あ、どうもお!」

「今晩は」

「……」


 麗華に挨拶をされて三者三様だけど、姫乃だけは俯いたまま言葉を発しない。


「お前は、なんでここにいるんだ?」

「あら、私だって、お友達と一緒よ」

「そうか、じゃ、お互い楽しもうな」


 そう言ってその場を立ち去ろうとする俺に、


「待ってよ、せっかくこうして会えたのに。ちょっとでいいからお話できない?」

「……そうは言っても、俺も友達と一緒なんだ」

「あの、みなさんごめんなさい。ちょっと陣をお借りしたらだめかしら?」


 そんな麗華の言葉に、事情がよく分かっていない純菜と葵は、俺の方をじっと見つめている。


「いいよ、陣。行ってくれば」


 そう小声で呟いたのは、姫乃だった。


「おい、姫乃……」


 そんな姫乃に、葵が肩にそっと手を掛ける。

 もしかして今のやり取りで、何かを察したのだろうか。


「大丈夫。陣、私達、待ってるから」

 姫乃は、力なくそう言葉にする。


「……そうか、すまないな。じゃあ、ちょっと行ってくる」

「みなさん、ごめんなさい」


 麗華がペコリと、首を垂れる。


「ねえ姫乃、いいの?」

「ん……」


 姫乃と純菜のそんなやり取りを背にして、麗華と一緒にその場を離れた。


「何か用か?」

「そんなに怒らないでよ。もう少し、静かなとこに行かない?」

「怒ってはないけどさ、急だったものだから」


 麗華について行って、人気のあまりない、少し離れた場所に移動した。

 近くを流れる川の土手の草の上に、二人で腰を下し。


「ここって、花火が綺麗に見えるのよ」

「そか。そう言えば、姫乃もそんなようなこと言ってたな」

「……」

「それはいいけどさ、お前、友達はほっといていいのか?」

「……後で連絡しておくからいいけど。これだけ人がいっぱいなんだから、はぐれることもあるでしょ?」

「お前、確信犯かよ」

「まあ、そこは大目に見てよ。陣の先約って、あの子達?」

「ああ、そうだよ。申し訳なかったけどな」

「姫乃さんも、一緒だったんだね」


 そう言いながら、麗華は俺から目線を逸らして、草むらの方に向いた。


「うん。だから?」

「ちょっと傷ついちゃった。だって陣、この前もあの子と一緒だったでしょ?」

「友達だったら、そんなこともあるだろ?」

「……本当に友達なの?」

「……今のところはな」


 そこから長い間、俺は何も話さずに、暗い川面に目をやっていた。

 麗華も同じような感じだったけれど、ふっと俺の方を向いて、


「夏祭り、一緒に行きたいねって話してたね?」

「そうだな。ま、それどころじゃなくなったから、仕方なかったけどさ」

「こんな形でも、実現できてよかったと思うよ、私は。本当は最初から、あなたと二人で来たかったけど」


 暗い空に顔を上げて、麗華はそんなことを呟く、


「ねえ、今度は私に、先約を頂戴」

「は?」

「今度は、私に付き合ってよ。お願いだから」

「お前、そうは言ってもな……」

「恋人も付き合ってる人もいないんだったら、別に問題ないでしょう? 遠くでも近くでも、どこでもいいからさ。それとも、私のこと、そんなに嫌い?」

「嫌いっていうか、もうお前とは、終わったものだと思ってるからな」

「じゃあ、また始めようよ。私、何でもするから。ね?」


 俺の手を掴んで、縋るような眼差しを向けてくる。


「すまん、いきなり昔のようには、戻れないさ」

「それでいい。私ずっと待ってるから。ただ、一緒の時間をもっと頂戴、ね?」

「麗華……」

「まだ、好きなの。陣のことが……」


『ドーン!!』


 雷鳴のような音が鳴り響いて、眩い閃光が空を舞った。

 見上げると、色鮮やかな光の大輪が暗い夜空に次々と浮かび、その残照が俺達を照らす。


「あ、花火始まったわね」


 花火の途中で腰を上げるのも何だかばつが悪く、それから暫く一緒に過ごして。

 

 花火の音が鳴りやんで、静寂の夜が戻ってから、


「ね、私、行きたいとこあるからさ、今度付き合ってよ?」

「……」

「お願いだからさ……」

「分かったよ、そこまで言うなら」

「……ありがとう」


 暗闇の中で、俺の手を掴んで呟く麗華が何だか小さく見えて、迷いながらも断ることができなかった。


 姫乃のことが頭を過るけど、彼女は俺の推しであって、仲のいい友達。

 そう自分の中で反芻してみて、少しだけ落ちついた気分になる。


 また連絡するねと約束してから麗華とは別れて、姫乃達と合流するため、メッセージを送った。


「すまん、待たせた」


 他の三人との待ち合わせ場所に現れた俺に、なんとなく冷ややかな目線が浴びせられた。


「陣、花火の間もずっといなかったし、何してたのよお?」

「いや、ちょっと話が長引いてね」

「そもそも、あの綺麗な人、誰よ?」

「ええっと……」


 純菜の目がずしっと座っていて、いつになく威圧感がある。


「あの、昔の知り合いでさ……」

「隠さなくてもいいんじゃない、陣?」


 そう静かに言葉にしたのは、姫乃だった。

 この中では唯一、俺と麗華の過去を知っている。


「えっと……元カノだよ」

「「へっ!?」」


 純菜と葵が目を見開き、姫乃は表情を変えない。


「陣って、あんな綺麗な彼女いたの?」

「まあね。付き合ってたのは三か月だけだけどね」

「ふうん。その元カノと、何の話しをしてたのよ?」

「……普通の昔話だよ。久々に会ったんで……」

「嘘。この前、洋食屋さんにも来てたよね」


 姫乃から鋭い突っ込みが入り。


「はは…… ゆっくり話すのは久々なんだよ、ほんと」


 と、思い付きの嘘を並べてみるが、三人が俺を見下す胡乱な視線は止まない。

 

 姫乃が推しだと言い切っている以上、実はこの前の休日に一緒にいましたなどと喋ってしまったら、一体どういうことのなるのかも分からず。

 ひとまずは余計なことは言わず、嵐が過ぎ去るのを待つ作戦。


「じゃあ陣、私たちに、携帯見せられる?」

「はあ……?」

「純菜、もうその辺にしといてあげなさいな。今日は偶然会っただけなんだし」

「……まあ、姫乃がそう言うならいいけどさ」


 そう言い放って駅の開札にスタスタと向かう姫乃と純菜の背中を眺めていると、葵がポンと肩に手を掛けてきた。


「気にするな、陣。きっとお前にも、色々とあるのだろう」

「う……まあ、それなりにはな」

「ふっ。さ、行くぞ」


 涼やかな笑みを浮かべる葵と並んで改札を抜けて、家路についた。



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