第30話 夏祭り

 姫乃と二人で待ち合わせ場所で喋っていると、遠くから元気のいい声が聞こえてきた。


「姫乃お、陣、おまたせ~!!」

 

 学校での終業式以来会っていないが、相変わらず純菜は元気がいい。

 白地に真っ赤な花の紋様と緑で彩られ浴衣の袖を揺らしながら、とてとてと速足で歩いてくる。

 普段はロリっ娘なのに、こういう恰好をすると、なんだか少し大人っぽい。


「姫乃、おひさ~!」

「はいはい、纏わりつかないの。暑いから」


 いきなり抱き着こうとする純菜を、姫乃が適当にあしらっている。


 それから少し遅れて、葵もその場に現れた。

 濃いめの青に白っぽい花模様が散りばめられた浴衣姿で、やっぱりこの三人の中では一番大人っぽく落ち着いた雰囲気だ。


「みんな、待たせた」

「大丈夫、まだ時間前だよお!」

「こ、こら純菜、抱きつくなって!」


 こうして無事に全員がそろって、


「陣だけ普通の格好だね。どうせなら陣も、浴衣にすればよかったのにい」

「はは、ごめん。俺、浴衣持ってないんだ」

「純菜、この男に、そんなこと言わない方がいいわよ」


 少なくとも着る物については、全く姫乃の信頼がない。

 浴衣姿の美少女三人の中で、確かに俺だけが浮いている。

 とはいえ、今更どうしようもなく。


 日が西に傾いていくにつれて、周りに人が増えてきた。

 浴衣姿で手にうちわを持った男女、子供がいる家族づれ、何かの大勢の集団……


「あ、そうだ。姫乃と陣って、一緒に宿題やってたのよね?」

「え……なによ、いきなり?」

「助けてよお、姫乃。私、全然進んでなくってさああ」

「まあ、まだ時間はあるから、頑張りなよ」

「ねえ、私も入れてよお」

「えっと……それは……」


 姫乃が応えにくそうに、目線を空中に泳がしている。

 まさかいきなり、うちの家で一緒にやってるとは言い難いのだろうし、外でやるとアニメの観賞会もできなくなるので、それで逡巡しているのかもしれないけれど。


「じゃあ純菜、こんど家に来なよ。一緒に見てあげるからさ」

「ほんとに? ありがとう!」

「姫乃、だったら私もお邪魔していいか? 久々にお前の家にも行ってみたいし」

「うん。いいよ」


 俺の目の前で、女子三人の勉強会の話しがまとまりつつあった。

 いずれにせよ、俺と姫乃が二人でやってることには、影響は及ばなかった訳で。


 雑談を交えながらぶらついているとだんだんと夕闇が訪れて、街燈や提灯に明かりが灯り、賑やかなお祭りの会場に幻想的な空気が加わっていく。

 通りから公園にかけての一帯には多くの露店や屋台が立ち並び、色彩豊かな通りを演出している。

 遊技場やミニゲーム、食べ物屋、アクセサリーやお面を売る店などいろいろあって、目の前で調理される食材が食欲をそそる。


「やっぱお祭りはいいなあ。あ、あれやらない?」


 純菜が飛び跳ねながら、あちらこちらへと俺達一行を連れまわす。


 目の前にある射的に目をつけたようで、お金を払って鉄砲の玉を受け取っている。


「じゃあ、俺もやろうかな」


 彼女と並んで鉄砲を構えて、当たると倒れやすそうな縫いぐるみに狙いを定めて、目いっぱい前の方に体を乗り出す。

 引き金を引くと、『パンッ!』と乾いた音がして。


「あ~、おしい!」


 後ろで見ている二人の応援を背に一発、二発と放つも、中々当たらず。

 当たり前だけれど、的が大きいものは当たっても倒れにくく、小さいものはその逆で、小さめ狙いの俺が放つ玉は空を切り続けた。


「う~ん、だめだあ……」


 横で凹んでいる純菜に、


「純菜、お前何を狙ってたんだ?」

「あれ……」


 か細い指先が示す先には、ひときわ大きい猫の縫いぐるみがあって。


「かすっても、全然倒れないし……」

「ちょっとデカいんじゃないのか、あれ」


 それを狙って一発撃つと、頭をかすめて揺らぎはするものの、倒れるまでには至らない。

 頭の上の方に真っすぐ当たれば倒れやすいかもな。

 

「すいません、もう一回」

「はいよ」


 店のおじさんに代わりの弾をもらって狙いを定め――


「あれ、重すぎて多分無理だわ」

「うう~、縫いぐるみい~……」


 何発かを当てることができても、結局その縫いぐるみは、びくともしなかった。

 凹んでいる純菜の頭を、葵がなでなでする。


「じゃあ、なにか食べるか?」


 高すぎる望みは諦めて、葵の提案に乗って食べ物屋を物色する。

 お好み焼、串焼き、とうもろこし、唐揚げ…… 色々あって目移りしてしまう。


「あ、じゃあ私あれ!」


 気を取り直した純菜は、早速チョコバナナ屋の方に走っていく。


「俺、あれ食おうかな」

「モダン焼き? いいね。じゃあ、シェアしない?」

「うん、そうしようか」


 姫乃と一緒に、その店の前に並んだ。

 山盛りのキャベツの上に肉と麺が乗っかって、白い湯気が立ち上っている。

 とろみのあるソースがたっぷりかけられるのを見ると、腹の虫がゆっくりと起き出してくる。


 そんな姿を見ていた葵が小声で、


「なあお前等、やっぱり仲いいよな?」

「え、葵、急に何を……?」

「気にするな。私は、あっちの串焼きでも覗いてくるとしよう」

「ちょっと、葵!?」


 急にそんなことを言われて戸惑ってしまったが、姫乃も同じようで、黙って下を向いていた。

 ちょっと照れくさくて、お互いに言葉が出てこない時間が続いて……


「はい、お待ちどお!」


 陽気なおじさんから、モダン焼きを1つと割り箸を二つもらって、通りの脇で二人でそれをつつく。


「美味しいね、これ」

「うん。粉もんって、日本の文化だと思うよ」

「ふふっ、何よそれ」

「だって、味付けはほとんど具材とソースだけなんだよ? それでなんでこんなに美味いのかなって」

「じゃあ今度、陣が作ってみてよ。私、陣が作ったのが食べたいな」

「う…… 分かった。やったことないけど、頑張るよ」


 濃厚ソース味を堪能しながら二人で喋っていると純菜がやってきて、


「あ、それ美味しそう!」

「あなたも食べる?」

「うん!」

「はい、あ~ん」

「わっ! 美味しい、これ!」


 腹ごしらをしながら回っていると、すっかり日が暮れて暗くなって、賑わいや喧騒もどんどん大きくなっていった。

 暗闇を照らす提灯の灯りが、なんとも温かくて幻想的だ。

 

「花火、どこで見よっかあ?」

「どこかおススメの場所とか、ないのか? 私は最近来てなかったので、よく分からないのだが」

「えっと、もうちょっと先の広場か、それかぐるっと回って、人があんまりいない川辺ってのもありだよ?」

「詳しいな、姫乃は」

「私このお祭り好きで、毎年来てるからさ」

「一番近いとこで見るか、離れたとこで静かに見るかってことか?」

「うん、そんな感じだよ」


 どうしようかと話し合って、どうせだったら近くで見ようかということになり、広場の方に足を向けた。


 人込みを縫ってゆるゆると歩みを進めていると、前の方から見たことのある人影が近づいてきて、不意に目が合った。


「……陣?」

「…………麗華、か?」


 そこには、濃紺色に桃色と白の花模様があしらわれた浴衣と、淡い紋様の入った真っ白い帯に身を包んだ麗華がいた。





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