第5話 陣と姫乃

 週が明けて月曜日になった。

 毎週頭の日は、何となく気分が沈んで、体が重く感じる。

 次の休みまで遠いし、あまり好きじゃない授業も受けないといけない。

 いきがかり上、あまり仲の良くない人とも話をしないといけなかったり。


 じゃあなんで高校に通うのかと考えてしまう時があるけれど、大人になって社会人になるためには必要なプロセスなのだろうと、哲学的な事を自分に投げ掛けて、学校に向け重たい足を運ぶ。


 けれど、今日はいつもとは、少しだけ違った。

 一条さんのことが気になって、心がはやったのだ。


 先週末、君の推しになる宣言をしてしまって、家に帰ってから恥ずかしさで悶絶してしまった。

 話したことは嘘ではないし、一条さんを少しでも勇気づけてあげたい気持ちはあった。

 けども、電車の中で他に人もいる中で、いきなりあんな事を言ってしまって、果たして良かっただろうか。


 変に思われただろうか。

 でも、別れ際には笑って手を振ってくれたよな。

 少なくとも、嫌われてはいないことは信じたい。

 

 今日最初に顔を会わせることができたら、どんな反応をしてくれるのかな。

 土日の二日間、そんなことばかりが頭の中で浮かんでは消えていった。


 いつものように教室に入って後ろの方の席につくと、一条さんは前の方の席に座って、仲良し二人組と一緒に雑談をしていた。

 コンビニで泣いていた姿とは別人のように、身振り手振りで何かを話しながら、笑顔を振りまいている。

 

 後ろ姿からは、見た感じ、普通だな。

 少しだけ安心した気になって、筆記具と数学の教科書を机の上に並べた。


 最初の時間のHRで担任から、林間学校イベントの発表があった。

 毎年夏休みに、希望者だけで、一泊二日で山の中に泊まるイベントがあるのだそうだ。

 希望がある者は今週中に、申込書を提出するようにとのこと。


 どうしようか、せっかくの夏休に学校行事に参加するのは気が乗らないが。

 後で木原と榎本には相談してみよう。


 それから何事もなく時間が過ぎて、お昼休みになった。


「俺達今日、食堂いってくっから」


 木原と榎本が揃って出て行ったので、コンビニで買って来たサンドウィッチとおにぎりを机の上に置いて向かい合った。

 一条さんは友達二人と、綺麗なハンカチに包まれたお弁当箱を囲んでいる。


 頂きますと合唱しようとすると、不意に一条さんが立ち上がって、こっちの方へ歩いて来た。

 俺の机の斜め前あたりで足を止めて、平然とこちらを見下ろしながら、


「陣、あなた本当に、家ではお料理しないのね?」

「……へ? あ、うん、まあ、そんな感じで……」

「ちょっと話があるからさ、放課後時間くれる?」

「……はい、了解です」


 どや顔気味の表情から降って来る圧力を感じながら、訳が分からずひとまず首を縦に振った。


 その間、クラス中の視線がこちらに集まっていた。

 昼休み、一条さんがわざわざ俺の席まで来て言葉を投げる。

 今まで見た事も無い風景は、みんなにとって興味を引くのに、十分だったのだろう。


「ねえ、姫乃、あの子と知り合いだったっけ?」

「まあ、この前から、ちょっとね」

「ええ、なになに、気になるう!」


 一条さんが座る島から、小声でそんな声が漏れてくる。


 なんだろう、一体?

 やっぱり、怒らせてしまったかな……


 戦々恐々としながら午後の授業を終えて佇んでいると、一条さんがやって来た。

 手に鞄を抱えていて、帰り支度を済ませているようだ。


「陣、今日予定あるの?」

「いや、とくにないけど」

「じゃあ、帰りながら話そっか?」

「……はい? それって、一緒に帰るってこと?」

「一応、その意味だけど。まさか、推しの子と一緒に帰るのが、嫌なの?」

「いや、嫌じゃないけどさ……」

「葵、純菜、ごめん。今日、この子と一緒に帰るから!」

「「りょうかい~!」」


 遠くの席から、一条さんの友人二人が、彼女に手を振っていて、何やらひそひそと話している。

 超美少女と冴えないモブとが奏でるレアな出来事に、他の学友達も呆気に取られている感じだ。

 木原と榎本も、ぽかんと口を開けて、ただこちらを眺めていた。


 早くしろとせかされるので、とりあえず教科書を鞄にしまい込んで、彼女の後について教室を出た。


「あの、一条さん?」

「なに?」

「もしかして、怒ってる?」

「え、なんで? 怒ってなんかないわよ、別に」

 

 駅までの道程、少し前をスタスタと歩く彼女に念のため訊いてみたのだが、どうやら怒っているわけではないようだ。


「せっかくだから、どっかで座って話そっか?」

「うん、いいけどさ」


 何の話なのか分からない恐怖感を感じながらついていくと、通り沿いのハンバーガーショップを指さして、


「ここでいい?」

「うん」


 学校への通学路の途中にあるだけあって、店内には同じ制服の生徒が、あちらこちらから目に入る。

 みんな勉強をしたりお喋りをしたり、思い思いの時間を過ごしてる。


「一条さん、ここ、うちの学校の生徒多いね?」

「まあ、そうよね。学校近いし」

「これって、平気なの?」

「なにが?」

「人に見られるっていうか、なんていうか……」

「別に、友達同士が一緒にいるのって、普通でしょ?」


 二人でいるところを見られて噂になったりして、変に迷惑が掛からないか心配してみたのだけれど、あまり気にしていない様子だ。

 まあどう見ても不釣り合いな組み合わせの二人がいても、そっち方向の噂には、なりえないのかもしれないけれど。


 ハンバーガーセットを二つトレイに乗せて、窓際の席で向かい合って腰を下した。

 こうして間近で正面から見ると、やっぱり一条さんは可愛い。

 色白で、大きな瞳が潤んでいるように見えて、何だか守ってあげたくなるような気になってしまう。


「それで、一条さん……」

「ねえ、それ止めない?」

「え?」

「なんか、よそよそしいのよね、その呼び方」

「そっか。じゃあ、なんて呼べばいいかな?」

「姫乃でいいわよ。この前だって、そう呼んでたでしょ?」

「いやだって、あれはあの時、あいつらを追っ払うために咄嗟に言っただけでさ」

「ごちゃごちゃうるさいわよ。嫌なら無理にとは言わないけどさ。せっかく、推しに免じて、許してあげようかと思ってたのに」

「……姫乃、でいいです」

「よろしい、陣!」


 嬉しいやら恥ずかしいやらで、何だか頭が混乱してきた。


「でも、姫……乃、学校でこれって、さすがに目立っちゃわない?」

「そっか、言われてみればそうね。じゃあ学校の中では、陣君と姫乃さんにしとこっか?」

「うん、それでよろしく」


 俺は乱れた呼吸を落ち着けてから、


「それで姫乃、話ってなに?」

「あ、そうね。その前に、陣は林間学校どうするの?」

「ああ、どうしようかなあ。木原や榎本と相談しようかって思うけど、もしかして行かないかも」

「え、なんで?」

「だってせっかくの夏休みなのに、学校の先生とかと会ってもねえ。それに、山歩きはしんどそうだし」

「あなた、夏の思い出を作ろうとか、思わないの?」


 姫乃は怪訝そうな視線をこっちに向けながら、身を乗り出してくる。

 さきほどの可愛く可憐な雰囲気から一転して、目が座っていて何だか怖い。


「俺はそっちよか、クーラーの効いた部屋での涼を味わうとかでもさ……」

「陣が来てくれると、キャンプ飯とかお任せできそうで、助かるんだけどなあ」

「はは、そんな理由……? なら他にも……」

「陣!?」

「……もしかして、それも推し対象からの命令?」

「ま、まあ、そうとってもらってもいいけど。とにかく行こうよ、ね?」

「分かりました……。でも、キャンプ飯で、同じ班になれるかどうかは、分からないんじゃない?」

「あ、それね。一応希望は取るとか言ってたから、私と純菜と葵と、それとあなたで希望出しておくから」


 どうやらこれで、夏の予定が一部埋まってしまったようだ。

 姫乃は満足げな顔で、チョコバニラシェイクを啜っている。


「それとね、陣?」

「うん」

「今度の土曜日って、空いてる?」

「えっと、夜はバイトだけど、その前なら大丈夫かな」

「そう。なら、私に付き合ってよ」

「へ?」

「気晴らしに映画でも行きたかったんだけどさ。葵は部活で試合があるみたいだし、純菜は先約があるみたいなのよ」

「それって、二人でってこと?」

「そうだけど、何か文句あるの?」

「いえ、ないです……」


 あまりに急転直下の展開で、頭がついていっていないけれど。

 でも、こうして次の土曜日の予定は埋まり、俺と姫乃は、互いの連絡先を交換した。


 推しの姫乃とこうして話ができていろんな約束ができるのは嬉しいし、気持ちが弾んでくるけども、まだまだ距離感がつかめず戸惑ってしまう。

 知りあい以上友達未満? 

 それとも、友達同士って言ってたから、そのくらいにはなってるって、思っていていいのかな?

 

 色々急展開があって圧倒されかかったけれど、決して嫌な気分じゃなく、むしろ何だか心地よかった。


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