第19話 ヴァネッサ~汚馴染みはあきらめない~


……まさかこんなことになるなんて。

 このヴァネッサ・ターリングラドともあろう者がこんな事になるなんて、自分の目の節穴差が憎い。自室で“椅子”に腰かけ、足を組みながら思案に耽っていた。

 家の格やバックボーンを加味して幼馴染で婚約者のドーブルス王子からリバル王子へと鞍替えをするのには成功したものの、冤罪追放は失敗してリバル王子は今や四つん這いのヨツンヴァイン王子と蔑まれる始末。学園でもすれ違う人間に、あくしろよと馬鹿にされて死んだ魚の目をして生きている……このままでは良くない。


 しかも御前試合の場では切り捨てたドーブルスが勇躍したのもさらにまずい。私やアンジェラの協力でそろえた圧倒的な戦力を壊滅させた戦いぶりが強者を良しとする国王のお眼鏡にかなったのは確定的に明らか……見限ったのは失敗だったわね。


「ヴァネッサ……ヤバイわよ!この状況はなんだかとっても……ヤバイわよ!」


 友人のアンジェラもさすがに困り果てているが言われなくてもわかっている。アンジェラも同じように、幼馴染の婚約者だったカストルが廃嫡になったので双子の弟に乗り換えたらドーブルス王子と組んで今や次代の王国最強騎士と呼ばれる程になっている。しかもカストルを廃嫡にしたフェンバッハ家からは蜘蛛の子を散らすように人が手を引いている有様。

 アンジェラが危機感を持つのも無理はないが、それは私も同じこと。


 “男なんて女が成り上がる為の道具、踏み台にしていいようにしなさい”―――そんな母の教えに従い、ここまでのし上がってきたのにまさかこんな所で躓くなんて。


「ヴァネッサ、このままじゃ私たち負け組よ!!カストルとヨリを戻さなきゃ破滅だわっ」


「落ち着きなさいアンジェラ。まだ慌てるような時間じゃなくってよ―――まだ、私たちにはこれがあるわ」


 そう言って胸の谷間から隠し持っていた葉を取り出す。


「何それ?」


 アンジェラがキョトンとした顔で首を傾げているが、知らないのも無理はない。これはこの国ではあまり知られていない、東方の国原産の植物。


「これは東方の国から取り寄せた、その名もシャブシャブハーブ……おハーブでしてよ!」


「おハーブ!!」


 私の言葉に目を丸くしながら頷くアンジェラ、こういう馬鹿っぽいリアションは嫌いじゃない……親に甘やかされたので色々と足りないところはあるが、友人である私に対して全幅の信頼をおいているのでペットの珍獣を見る程度には愛着がある。


 それはさておきこのシャブシャブハーブ、御前試合には間に合わなかったのが惜しいがある程度まとまった量を輸入する事には成功している。

 そう、このシャブシャブハーブは実際の所色々と“ヤバイわよ!”な代物ではある。継続して摂取させたら再起不能になるので東方の国では使用が禁止されているドーピングアイテムだ。


「……これはこの国では“まだ”使用が禁止されていないドーピング効果のあるハーブよ。これがどういうことがわかって、アンジェラ?」


「まだ使用が禁止されていない……つまり、まだ使用が禁止されていないという事ね!!」


 なるほど、と言った様子でドヤ顔をキメるアンジェラ。うーん、この。


「え、えぇ、そうね。……このハーブを使って、私たちの立場を再浮上させるわ。切り札は最後までとっておくものよ」


 正直、ヨツンヴァインに関してはもう駄目だと思っている。だがこのまま私の立場まで巻沿いにして沈まれたままではたまったものではないので、このハーブでシャブシャブしてもらって―――少なくとも私の立場が改善する位までは利用して使い潰させてもらう。その後でハーブの後遺症で廃人になろうと死のうと私のしったことではない。


「そのハーブはそんなに凄いの?」


 その言葉に、えぇと頷きながら縛り上げたうえで椅子がわりに腰かけてにしていた従者―――M字ハゲの騎士の口にハーブをちぎってねじ込む。ターリングラドの家に仕える騎士の中では一番の実力者だったので御前試合に派遣させたが何も良いとことろをみせずに打倒された無能。しかブルーツとかいったわね。


「おごっ、お嬢様、何を……!」


「黙りなさい無能なMハゲ。いいから飲み込みなさい」


 そう言っておハーブの欠片を飲み込ませてブルーツから距離を取る。ハーブを飲み込んだブルーツは白目をむき、泡を吹いた後に全身から魔力を放出して縄を吹き飛ばし、身の回りにシュワンシュワンと漲らせた。


「ハーッハッハッハ!!いい気分だぜぇ!!」


 明らかに異常なテンションと様子にアンジェラがびっくりして私の後ろにサッと隠れる。

 相変わらず小心者ねぇと苦笑しつつ、ブルーツに声をかける。


「どうかしらその力は?それなら……あの魔力5のゴミを倒せるでしょう?」


「倒す?倒すんじゃねぇ……跡形もないほどコナゴナにしてやるっ!……俺は……超(スーパー)ブルーツだ!!!」


 漲るやる気と敗北の屈辱をばねにハイテンションになったブルーツの様子にビクビクしながら、アンジェラがこちらに聞いてきた。


「なんだかすっごいハイテンションというか廃テンションになってるけどこれ大丈夫なの?」


「このハーブは咀嚼嚥下させることで高揚感と共に魔力を増幅することができるの。デメリットとして知性や自制心の低下があるけれど、些細な事ね。あ、でも他にも色々と副作用があるから貴女は食べちゃだめだからね」


「そーなのかー」


 わかったのかわかっていないのかコクコクと頷いている。


「あとはあの速攻でやられた槍騎士……ラッカリィといったかしら?

 あの者にもおハーブを与えましょう。やせぎすだったけれどおハーブを与えたらもう少しマシな働きをするでしょ」


「い、いいのかなぁ?これ、いう事聞いてくれる?」


「大丈夫、問題ないわ。ブルーツは父の代から私に仕えているもの。それに、ターリングラド家は隷属の魔術を代々研究してきたもの。アンジェラが心配するなら、隷属の魔道具をつけてからおハーブをシャブシャブさせるわね」


 ラッカリィの方は、筋肉はついていてもやせぎすでいつも物静かな男だからまさかハーブをシャブシャブさせたら暴走するなんてことないでしょうけどね。


「……流石ヴァネッサ!!これで私たちの大逆転ざまぁ展開ね!!」


 勝利を確信しウキウキと喜ぶアンジェラに、にこりと笑顔を浮かべながら頷く。


「楽しい遊戯大会のはじまりはじまりー!」


 手足をピーンと伸ばし顔に笑顔を張り付けた廃テンションのブルーツ……もとい超ブルーツをみながら、起死回生を確信してほくそ笑む。

 あっさりやられたブルーツでこの強化状態なのだ。このハーブを強力な魔力と才能を持つヨツンヴァインにキメさせれば勝利は間違いない。勿論その後でヨツンヴァインは廃人になるだろうけどそれは私の知った事ではないし……私はこんなところで終わる女じゃない!地べたをはいずり泥を啜ってでも……成り上がってやるわ!!!

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