ナツキ㊦

21日の放課後。


先に気持ちを落ち着かせたくて、あえて学校近くの駅前で待ち合わせた。


待ち合わせ場所は、駅近くの噴水広場にした。


これが失敗だった。


待ち合わせの30分前に、私は噴水の前に立っていた。寒いのに顔熱い。


あと15分。心臓がばくばくしてきた。


あと10分。


「ねえねえ、さっきから誰か待ってるの」


2人のガタイいい男の人に声をかけられた。

ずっと苦手にしているタイプ。


私は少し派手だし、ナンパ待ちと思われた?


待ち合わせの相手がいると言っても、しつこく話かけてくる。


片方の男に腕、つかまれた。


普段はこんな場所、カリナ、ヨーコと3人でしか来ない。変な男はヨーコが追っ払ってくれる。


本当の私は気が弱い。


「は、離して、だ、誰か」


大声で人も呼べず、手もふりほどけない。思っていた以上に怖い。



「その子、僕の連れなんですが」


カイ君が来てくれた。男の人の手が緩んで、逃げることができた。カイ君が、男の人と私との間に入ってくれた。


私は涙目で、カイ君の背に隠れた。


周囲の人が異変に気付いてスマホを構えると、2人の男は逃げていった。


ただ逃げる間際に、片方の男がカイ君の胸を押した。カイ君は尻もちをついた。


「カイ君!」


胸の左側、手術した心臓の上。


私は慌てて膝を付いた。カイ君の手を取った。


「大丈夫。ごめん、待たせて嫌な思いさせた」


まだ待ち合わせ時間の前。


「私が勝手に早く来ただけ。それより本当に大丈夫なの・・」


カイ君は緊張からだと言うけど、顔が青くなっていった。


彼は家の人に電話した。最寄り駅にお姉さんが車で迎えに来てくれるという。


1人で帰るって言うカイ君の手をつかんで離さなかった。


自分が降りる駅を過ぎて、カイ君の最寄駅まで付き添った。


電車を降りた。急行も止まらない小さな駅。降りた人々は足早に去り、ホームは私達だけになった。


手を繋いだまま、向き合った。


カイ君の顔色と呼吸は普通に戻っていた。安心したら涙が出てきた。


「ナツキちゃん・・」。カイ君が何か言いかけた。



「カイ」

気付かないうちに、横に人がいた。


慌ててカイ君が手を引っ込め、私も彼の手を離した。


立ってたのは、大学生風の女性。


カイ君のお姉さんで、サキさんだった。ホームまで来てくれた。


「あんたがナツキちゃんかな」


「は、はい」


ドキッとした。なんで知ってるんだろ。


「留年したカイがクラスに馴染めたの、あんたのお蔭だって感謝してるよ」


「あ、いえ・・・・あっ」


それどころじゃない。お姉さんに経緯を話した。


「ごめんなさい。私のせいで、カイ君が胸を殴られたんです」


「いや俺、初めての経験でビビり過ぎただけ。あのくらいのショックじゃ心臓はびくともしないから」


「へえ、カイやるね~。人生初の武勇伝じゃん」


「だろ、あはは」


その言葉で、気持ちが少し楽になった。


サキお姉さんに、家に寄らないかって言われたけど、時間も遅くなったし遠慮した。


本当は行ってみたい。


別れのカウントダウンが始まった私達。家族に会っても、カイ君は迷惑だ。




そういえば・・


結局、今日は気持ちを伝えられなかった。プレゼントも鞄の中に持ったままだ。


ただカイ君、あんな顔して助けてくれた。帰りの電車でも、私のこと気遣ってくれた。


怖い目にあっても、カイ君と心が近くなった気がして嬉しかった。


今なら、罰ゲームは誤解だよって伝えたら、分かってくれる気がする。


電話しようと思ったけど、さよならを告げられる可能性もある。電話するのが怖くなった。


LIMEのやり取りに切り替えた。


カイ君は体調に問題ないって返事をくれる。



だったら、24日にプレゼントを渡したい。今度こそ、きちんと気持ち伝えたい。


22日、終業式が終わった。カイ君は聞いてた通り、検診で欠席。


『24日に会いたい』。学校帰りにメールを送って、返事を待った。


返事がくるまで、すごく長く感じた。時間を見ると5分しか経ってなかった。


LIMEでの返答はOKだった。場所は大きな駅の駅ビル。


あそこなら暖かいし、カイ君の負担も少ない。


◆◆◆

24日、午後3時。


私は駅の改札が見える、タタールコーヒーだね。


うん、カイ君待ってるの。


ここの駅ビルって大きいんだ。地下にメルデリアがあるし、好きな雑貨屋もある。


ビルに隣接して、ファーストフードやコーヒーショップのチェーン店も幾つか並んでる。


大きな本屋もあるし、すごく時間が潰せる。


もうすぐ4時になる。


さ、次は何のお店に行こうかな。


ちょっと行き先変更。


屋上の一階下、線路くらいしか見えない不人気スポット。そこのテラスも驚くほど人がいない。


寒いし、イルミネーションないし、ここならいい。



人に見られず、静かに泣ける。



待ち合わせは午後1時。


どうやらカイ君の中の3ヶ月、23日に終わってたらしい。


9月24日のあの時、罰ゲームって聞こえて許せなかったんだ。


今さら好きだって言っても無駄なのかな。


12時半に駅ビルに来て、1時に着いたってLIMEした。万が一にも彼が気に病まないように、暖かい駅ビルにして正解だった。


さて最後のメッセージでも残そう。


『駅ビルで時間つぶして、早めに帰った。今までありがとう』


前の3件のメッセージにも既読がつかない。


ブロックされてないけど、希望なし。


何度もLIMEを開きそうになるから、電源も切った。

今は、カリナやヨーコが電話くれたとしても、うまく話せそうにない。


寒いけど晴れてる。


普通に告白すれば・・


いや私、メンタル弱すぎるから、勢い付けずに告白なんかできない。


「あはは、実際には何も言えてないや」


こんなに苦しいとは思わなかった。


3ヶ月も前から、分かっていたのに。


「結局、好きだったの、私だけだったのか・・」


あんなに優しかったのが演技だったなんて、まだ信じられない。


怖い男の人から助けてくれた。あの必死な目と声、嘘だったなんて、考えたくない。


ただ、これが現実。



良かった、ここに来てて。やっぱり涙が出る。


良かった。カリナやヨーコに心配かけなくて。


家に帰るのも、落ち着いてからにしたい。


暗い顔して帰ったら、心配してくれる両親が驚いてしまう。



トイレの横のベンチ、誰もいないから独占させてもらおう。


なんか、目の前が霞んできた。



足元に、ぽたぽたと水滴が落ちてる。





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