第十話 決死の突入、その先に 1

 王城にゲートを設置してから数日目の夕刻。詠太えいたとハインツは、レイチェルとともに拠点内の空き部屋へと急いでいた。

 こちら側の入口として設置を行ったゲートが使用可能な状態になったと、レイチェルから報告を受けたのだ。


 部屋に入り、空間に目を凝らす。事前に聞いていた通り、やはり肉眼では全く確認できないようだ。


「術者であるわたくしが魔力をあて、淡く緑色に輝けば開通している証拠です」

 直後、レイチェルの言葉の通り空中に緑色の魔法陣が浮かぶ。

「おお、緑だ」

「こちらのゲートは王城より後に設置したもの。すなわちこれが開通してしまえばもうこの『通路』は使用可能という事ですわ」


 鮮緑の光に照らされ、ハインツが身を震わせる。

「いよいよ、だな」

「ああ。俺たちだけじゃゲートの設置さえままならなかった。ノーザンライツのみんなには心の底から感謝するよ」

「礼はコトが終わってからだ。まぁ事情を知った今、これは俺の戦いでもあるけどな」


 詠太えいた、ハインツ、レイチェル、そして他のメンバー――そのひとりひとりが当事者だ。事情は違えど目的は一つ。全ては大臣を打ち倒すため。

 三人は互いに無言で頷き合い、空き部屋を後にするのだった。



 すぐに全員を応接室に集め、緊急の作戦会議を開く。

 まずハインツから決行は今夜、日付の変わるタイミングで行うことが告げられた。

 詠太えいたとリリアナ、ステラにシャパリュ、そしてレイチェル。そこに加えてノーザンライツ。これがこちらの戦力の全てである。


頭数あたまかずではちょっと物足りないが、全員が有能な精鋭だ」

「少数精鋭か……こうしてるとチェルモッカを思い出すな」

 ハインツの言葉に詠太えいたが反応した。

 詠太えいたたち暁ノ銀翼は、かつてチェルモッカ砦攻略のためハインツらとともに任務にあたったことがある。その時は陽動部隊として本隊の到着まで耐えていればよかったが――今回はそうではない。


「さすがにこの人数だ、戦闘は極力避けなきゃならないな」

 退路の確保に人員の半分を割き、残るメンバーで探索を行う。

 目指すは地下牢のさらに下層。うまくすれば地上部分には出なくて済むかもしれないが、こと作戦行動において希望的観測の類は極力排斥すべきだろう。

 もちろんそのあたりの事はこれまでも散々話し合いを重ねてきた内容であり、ここでは各メンバーの役割分担、そして隊列についての方針を入念に確認し、会議は終了となった。


「日付が変わったら突入だ。各自準備を整えて深夜零時、ゲート前に集合してくれ」

 ハインツの言葉で一時解散となり、詠太えいたも自室へ戻る。

 とはいえ、銀星館からほとんど何も持ち出せていないところからの仮住まいである。準備と言っても心の準備ぐらいしかすることがないのだが――。


「――詠太えいた、いる?」


 この声はリリアナだ。詠太えいたはドアを開け彼女を中へ迎え入れた。


「これ、アンタのナイフ」

「持ってきてたのか!?」

 どうやらリリアナは銀星館を後にするあの時、詠太えいたのナイフも持ち出していてくれたらしい。


「ありがとう。これだけでも心強いよ」

 頼りないナイフだが今まで立派に詠太えいたを支えてくれた相棒だ。これがあれば百人力、とまではいかないが気合が入ったのは事実である。そして何よりも、あの緊急時においてこれを持ち出そうと思ってくれたリリアナの気遣いが嬉しかった。


「みんなを……絶対に」

「うん。でも正直、不安で押しつぶされそう。……アタシのキャラじゃないのは分かってるんだけど」

 そう言って目を伏せるリリアナを、詠太えいたは精一杯の言葉で元気づける。

「大丈夫だ。セレニアの将校に、王様直属のエンティティ、それにゴールドランクのチームがついてるんだぞ。そして何より俺がいる!! なんて――」


 ――トッ


「――――!!」

 リリアナが無言で詠太えいたの胸に頭を預ける。

「ね、詠太えいた……」

「…………」


 二人はぴったりと身を寄せ、互いの顔を近付けた。

 もはやどちらからどちらに、何をチャージするのかも定かではない。いや、二人にとってそのようなことはもはや問題ではない。詠太えいたも、リリアナも――互いに自分を肯定してくれる存在を、自分の不安を解消してくれる存在を、ただひたすらに求め奪い合った。



「ふぅ……」

 詠太えいたが長い吐息を漏らす。

 二人はベッドに仰向けになり、チャージの余韻に身を委ねていた。心地のよい感覚が身体の隅々を駆け巡り、繋いだ手を通して互いの感情が行き来する。

 リリアナの意識の中に、もう先程のような憂いは感じられない。そして詠太えいた自身の心もまた、格段に軽くなったように感じる。


「……がんばろうな」

「うん」


 ベッドから身を起こし、二人は無言で見つめ合う。互いの真顔に照れて思わず吹き出し、ひとしきり笑い合った後――どちらからともなく、再び身体を寄せ合う。


「……兄貴ーー! 兄貴ぃーーーー!!」

「――何だ!?」


 突然、二人の間に割って入るように屋外から響いた野太い声。窓辺に寄って表を見ると、何者かがこの建物内に入ってくる様子が見える。続いて階下から響くひときわ大きな声。

「ぅ兄貴いいぃぃーーーー!!!!」

 

 詠太えいたたちが下へ降りると、そこには見知った顔があった。イワン・ニコラエヴィチ・ポポフキン。かつてメロウの件で詠太えいたと決闘を行った討伐隊ズヴェズダのリーダーである。


「――あ!! 詠太えいたさん!! ご無沙汰してます!」

「え!? え!?」


 混乱する詠太えいたの後ろからハインツが現れる。

「わりぃ、言ってなかった。コイツら、今俺のとこで下働きをしててな――」


 詠太えいたとの決闘に敗北した後、ノーザンライツにより捕縛されたズヴェズダの面々。本来であれば投獄されるところであったのを、ハインツが便宜を図り身元を預かったのだという。


「いやー、こういうヤツらってどうも……放っておけない性分でな」

 きまりが悪そうに説明するハインツ。まあ、ハインツらしいと言えばハインツらしいのだが――。

「コイツらでも見張りぐらいならできるだろうってんで、急遽呼んだんだ」

「へへっ、よろしく。他のヤツらももう来ますぜ」

「大丈夫なのか……」


 何とも不安が拭えないが、どうあれこの状況での増員は純粋にありがたい。その後残りのズヴェズダメンバーも合流し、やがて――集合の時間を迎えた。



「――いいですか。この床に描いた線の範囲でゲートが設置されています」

 レイチェルから全員に改めてゲート使用についての注意事項が伝達される。

 ゲートによる転移は事前に術者により魔力刻印を施された者のみに起こる事象で、そうでない者がゲート部分を通過したとしても何も起こらないらしい。


 レイチェルによって皆に刻印が施されていき、全員の準備が整ったところでハインツが口を開いた。


「姫さん。この刻印の効果はどれぐらい持つ?」

「若干の個人差はありますが、おおよそ一昼夜ほどは有効です。その間はゲートを通じた双方向の移動が可能ですわ」

「――刻印の効力が切れた場合はどうなる?」

「単に、ゲートが使用できなくなるだけですわ。ちょうど通過中だった場合はどちらかに弾き出されます」

「よし。危ないと思ったらゲートを使って戻れ。そうすれば敵は追って来れない」


 全ての準備が整い、いよいよ突入の時が来た。ハインツが皆の前に進み出る。

 作戦会議の折、先陣を切るのは素早さと攻撃力を併せ持つハインツ、そしてその補助としてキリエがそれに続くという決定がなされていた。

「いざ乗り込んだ先で兵士と鉢合わせでもしたら厄介だ。まずは、ゲートの先の状況を確認しないとな」

 ハインツはキリエに目配せをすると、神妙な面持ちでゲートに歩み寄った、のだが――


「――そういう役目だったら任せてくださいよ!!!!」

 ここで急にイワンがゲートに向かって勢いよく駆け出した。

「あ……イワン! ばか!!」

 制止の言葉も間に合わず、一瞬にしてイワンの巨体が虚空に消え失せる。


 全身が完全に消えてから数秒。

「兄貴!!!!」

 突如、何もない空間からイワンの頭だけが生えるように現れた。


「オーケーです! 行けます!!」

「お前な――」

 確かにイワンは作戦会議に参加していなかったのであるから、これはこれで仕方のない面もある。しかし独断で勝手な行動を起こしたことに対してはハインツから容赦のない叱責が飛んだ。

 大きな体を目いっぱい縮こまらせてしょげ返るイワンの姿が哀れではあるが、ともかくこれで安全の確認はとれたのは事実である。イワンとズヴェズダメンバーに改めて作戦内容の伝達を行った上で、皆が順にゲートを潜り王城地下牢への移動を行うこととなった。



 イワンの報告通り、牢獄内には誰もいない。もともとこの地下牢の使用頻度は低いようではあったが、立ち入り禁止の規制が続いていることも大きな理由だろう。

 先日のゲート設置の際に出会った見回り兵士の件もさして問題にはならなかったようだ。


 まずは通路内に見張りを配置しつつ地下牢内の探索を行う。が、特に怪しいところは見当たらず、探索の成果としては芳しくない結果となった。ハインツの認識では王城内に地下と呼べるような場所はこの地下牢しかなく、収監施設への入口があるとすればここである可能性が高かったのだが――。


「これは……『上』も含めて考えないといけないな」

 ハインツの言葉に、全員の表情が強張る。

 無人の牢獄内と違い、地上部分はいわば国の中枢。探索の危険度も段違いだ。


 破壊された道筋をたどって牢獄内を進み、地上への出口が視認できたところで一行は足を止めた。


「よし、ボクの出番だね」

 シャパリュが猫の姿に変わり、駆けだした。地上に出る必要があった場合、シャパリュが偵察役となるのも事前に決められていた項目のひとつである。


 シャパリュの姿が消えてから一分、二分……。周囲を確認するだけにしては時間が掛かりすぎている。

「さすがにちょっと遅くないか……?」

 詠太えいたたちの間に焦りが見え始めたその時――。


「おーーーーーーい!!!!」

 シャパリュが慌てた様子で戻ってきた。

 詠太えいたたちの元にたどり着くなり、彼女は息を切らしながら叫ぶ。

「大変!! 大変だよ!!!!」

「おい、そんな大声出したら――」

「いないんだ! 誰も……いないんだ!!」

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