第十話 決死の突入、その先に 2

 一国の中心である王城に、誰もいない。

 シャパリュが告げた内容はあまりに突飛なものであった。

 その報告を信じないわけではないのだが、詠太えいたたちは念のため十分な警戒を保ったまま慎重に地上へと向かう。


 出た先は城の裏庭にあたる部分だ。

「静かだな……」

 深夜であるとはいえ少なくとも警備にあたる兵士などはいるはずなのだが、それも見当たらない。


「僕、ちょっと城内にも入ったんだ。でも、本当に誰もいなくて――」

「どういうことだ――?」


 詠太えいたたちは周囲に注意を払いながら、順に建物内へと入った。

 玄関ホールから広間へ抜け、さらに食堂に貯蔵室――衛兵の控室ももぬけの殻だ。ついには謁見の間にたどり着くがここも無人。玉座には王冠を被った木製の人形が据えられている。


「そんな……だってこないだまでは……」

 ハインツはつい数日前、レイチェルとともにこの王城を訪れたばかりだ。その時には何ら普段と変わったところはなかったはずだが――。

 できれば誰にも出会わないことを願っていた詠太えいたたちだったが、いくら何でもこれは想定外だ。


「みんなは……どこだ?」

 この王城にはリドヘイムとセレニア、両国から多くの国民が捕らえられていたはずだ。まずは魔力砲システムと地下牢下層の収容施設、この二つを見つけ出さなければならない。

 詠太えいたたちが探索を再開しようとしたその時――。


 ――ゴォン! ゴォン!


「何だ!?」

 無人の王城に突如鳴り響く衝撃音。誰かがいて欲しい訳ではなかったが、これは確実に『誰かがいる』ことの裏付けにほかならない。


 音の出どころを追って屋外へ出る。たどり着いたのは敷地の端に立つ小さな塔。入ってすぐのところにある錠のかかった重厚な扉がその発生源のようだ。


 ガンッ! ガゴン!!


 鳴りやまない音。明らかにその向こうにいる『誰か』。

 この場における最善の対応は扉を開けることなのか、開けないことなのか――皆が二の足を踏む中、レイチェルがふらりと扉に歩み寄った。


「レイチェル! 危ないぞ!」

 詠太えいたの制止も聞かず、うつろな表情で扉を見つめるレイチェル。何かを確認するかのように扉に触れ、その顔を寄せ、額を押し当てる。

「おい! 何やってんだ!!」


「――――メイ」

「え?」

「これは――メイファンの気配です」

 それだけ告げるとレイチェルは扉に向き直り、あらん限りの声を張りあげた。

「メイ、いるのですね!? メイッッ!!!!」


 レイチェルの声に呼応するように、ぴたりと音が止む。そして一瞬の後――


 ――ガンガンガンガンガンッ! ゴォン!!

 先程にも増して激しい轟音が塔を揺るがす。

「え? え? ……なんか、獣の唸り声みたいのも聞こえてきてるんだけど」

「この声――!! やはりメイですわ!」

「え? あ……えぇ~~……」


 レイチェルのエンティティ、飛頭蛮のメイファン。詠太えいたたちがかつて戦った際には圧倒的な強さを見せつけられた相手だが、レイチェルと敵対関係にない今は襲ってくることもない……と信じたい。



「これ、こっちからは開けられないのかな」

 詠太えいたの問いにステラが答える。

「この扉は魔法防御と物理防御の両方がかけられています。使用されている術式は魔法というよりは呪いに近いものですね……ひとたび発動すれば術者に依存せず、以降半永久的にそこに存在し続けるという性質を持っています」


 その術式を施したのは、やはり大臣なのだろう。

 厳重に封じられた扉、そしてその向こうにはメイファン――状況から見て、やはりここが何らかの収容施設に通じる入り口であるということは間違いなさそうだ。


「この鍵だけでも壊せないか? なんか外れかかってるようにも見えるんだけど……」

 詠太えいたは扉に付いた巨大な錠前を指し示した。

「この錠前はダミー……いや、呪いを具現化させるための媒介のようなものでしょう。外したところで扉は開きません」


 扉の向こう側からの音は次第に激しさを増している。


「解除にあたっては術式に従う必要があります。それにはおそらく何か鍵となるものが必須――」


 ガァン!!!!


 扉が開いた。というより、扉そのものが外れて弾け飛んだ。


「レイっ! チェルっ! さまぁっっっっっっ!!!!!!」

 一同が目を丸くする中、絶叫にも近い声を上げて駆け寄ってくるメイファン。

「よくぞご無事でっ!!!! ……ああっ! こうして再度お会いすることができるとはっ!!」

 メイファンの全力の抱擁を受け、レイチェルの顔が見る見る青ざめていく。


「これ、止めた方がいいんじゃ――」

 思わず呟いた詠太えいたの声に、メイファンがぴくりと反応した。レイチェルと抱き合った姿勢のまま、その首だけをぐるりと詠太えいたの方へ向ける。

「う……」

 目が合った途端メイファンから発せられる凄まじいまでの殺気。

「また……貴様らかあっ!!!!」

 言うが早いかメイファンはレイチェルから体を離し猛然と詠太えいたに襲い掛かった。


「待ちなさい! メイッ!!」

 レイチェルの一喝に、メイファンの動きがぴたりと止まる。掴みかかろうとする手は詠太えいたの眼前数センチ、まさに間一髪である。

「この方たちは皆、目的を同じくする同志です」


 レイチェルがこれまでの経緯を説明することで、メイファンは何とか落ち着きを取り戻すに至った。詠太えいたたちとのわだかまりも解消されたところで、今度はメイファンの方から情報共有が行われる。

 地下の街のこと、街の結界のこと、監視の兵が身に付ける護符のこと――。

 今から数時間前、急に結界の力が弱まったことで内部の兵士を打ち倒すことができ、この扉へたどり着いたとのことだった。


「地下にはどれくらい――?」

「数百は収容されている」

「その中に――俺たちの仲間もいるかもしれないんだ」


 望みが薄いことは分かっていた。術式のかかった扉を隔ててすらお互い通じ合ったレイチェルとメイファン。しかしその扉がなくなった今も、詠太えいたのセンサーは無反応のままだ。


「私が知っているお前たちの仲間はアークデビルとその侍女、それに人魚だが――地下でそれらしい人物は見かけていない」

「そうか……」

 地下にいないということは魔力砲システムの方だろうか。未だに誰の気配も感じ取れていないのが気になるが、そちらも早く見つけ出さなくては。


「お前たちの仲間のあの人魚――」

「ん?」

「家族などは……いるのか」

 唐突に投げかけられた予想外の問い。ばつの悪そうな顔であさっての方向を見つめているメイファンに、詠太えいたが答える。

「え? ああ、お姉さんがいたんだけど、行方不明なんだ。……でもなんでそんなことを?」

「……そうか。いや――」

 メイファンが言葉を濁し、それきり黙り込む。

 どのような意図での質問だったのか、それについてさらに突っ込んで聞きべきなのか――戸惑う詠太えいたがふと視線を移したその先で、穴の奥から小柄な男が顔を覗かせるのが見えた。


「メイファンさん!!」

「ヤフォスか。――地下で組織されているレジスタンスのメンバーだ」


 収容施設内で有志が立ち上げた抵抗組織。かねてより地下からの脱出を目的に活動を続けており、今回の騒乱でもこのレジスタンスメンバーが主体となって地下内部の制圧を行ったらしい。


「扉、開いたんですね」

「ああ、何とかな」

 男は詠太えいたたちの方に振り返り、頭を下げた。

「自分、ヤフォスって言います。皆さんは――メイファンさんのお仲間で?」


 地下制圧後、メイファンたちは最初にこの扉を見つけた。しかしこれがどうしても開かないため、レジスタンスメンバーはここをメイファンに任せて他に出口となる箇所は無いか探っている最中なのだという。


「にしても……なんですか、これ。ここ、王城ですよね」

 ヤフォスは城内の静まり返った様子に当惑しているようだった。

 収容施設を出た先が王城という知識はあったようだが、さすがにこの状況は理解ができないらしい。


「俺たちも事態の把握ができていない。まずは皆の脱出を最優先にしたいところだが、数百人規模で今すぐに動くというのは危険だろう」

「私も同意見だ」

 ハインツの意見にメイファンが賛同する。

「メイファン――つったな。地下の皆を集めて待機しといてくれ。地上の安全が確認され次第、移動を行ってもらう」

「承知した」


 メイファンとヤフォスの二人は地下へ戻り、詠太えいたたちは城内の探索へと向かった。

 城門は固く閉ざされており、内部にもやはり人の気配はない。敷地の隅にある別棟では魔力砲システムが発見されたのだが、ここも無人であった。

 王城に何が起こったかは定かではないが、ひとまずの安全は確認されたと言っていいだろう。脱出した人々の保護シェルターとして使用することに関しては問題なさそうだ。


 メイファンに結果を告げ、捕らわれていた両国民の救出を開始する。

 誘導はズヴェズダとメイファン、そして地下レジスタンスのメンバーに任せ、詠太えいたたちはブリーフィングを行うため城内の一室に集まった。


「こんな簡単に王城の奪還がかなうなんて……」

「――誰もいないというのがなければ素直に喜べるんだが」


 ステラの見立てによるとこれは超自然的な災害などではなく単純に皆どこかへ移動しただけ――ということであるらしい。

「地下の結界が弱体化したのが数時間前、ってことは移動そのものは日中から始まっていた可能性が高いな」

 明るい時間帯に大きな動きがあったのならば、近隣住民の目にも触れているはずだ。そのあたり、周辺への聞き込みである程度見通しが立てばよいのだが……。


 またレイチェルからは地下の結界と衛兵の護符の件も懸案事項として挙げられた。

 こういった内容の魔法技術はセレニアの専売特許のようなもので、いかに大臣が魔術に優れていようともリドヘイム国内でそれを実現し、長期にわたって運用することなど本来であれば不可能なのだという。


「なんだかわかんないことだらけだけど、まずは――」

 地下からの救出の完遂とその後のケア。今はここに全力を注ぐべきだという詠太えいたの意見に皆が同意し、ブリーフィングは終了となった。

 ハインツが立ち上がって指示を出す。


「食料や生活資材は十分な量の貯蔵を確認している。まずはその運び出しと配給に何人か、こっちは俺の方で指揮をとる。それとサフィールは薬を用意してくれ。詠太えいた、一緒に行ってやってくれるか?」

「わかった」

「姫さんたちは避難者名簿の作成だ。よろしくな」

「お任せください」


「あとは……」

 ここで廊下から特徴のあるダミ声が聞こえてくる。

「噂をすれば、だな」


「あにきぃぃ!!」

 力任せにドアを開け放ち、騒々しく登場したのはイワンだ。その後ろにはメイファンが続いている。

「全員の脱出が完了しました!!」

「――比較的消耗の少ない者は広間へ、加療を要する者などは居室へ収容している。それと……レジスタンスのリーダーが皆に会いたいと――」

「リーダー?」

 レイチェルが問い返す。

「はい。内部でレジスタンスを組織し、この脱出計画を牽引した人物です。私はその脱出計画に協力させてもらいました」

「わかりました。呼んでください」


 イワンに声を掛けられ、部屋へと入ってきた人物。その姿を見てリリアナが素っ頓狂な声を上げた。

「――お、お……おかーさんっっ!!??」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る