第八話 砂の都、隠匿された街 3

「――じゃあ、次は居住区に案内するね」

 地下の街での住民登録を終えたメイファンは、セルキーと共に再び移動を始めていた。


 砂埃の舞う道を歩くことしばし。やがて到着した『居住区』は、だだっ広いスペースにただ乱雑にテントが立ち並ぶだけの殺風景な場所であった。

 この無数にあるテントのうち一つがメイファンに割り当てられているとのことで、セルキーの持つメモを頼りに目当てのテントを探す。

 どれもこれもボロ布をつぎはぎしたような小汚いテントばかりで、メイファンからすれば正直どれでもいいのだが、どうやらそうもいかないらしい。


「……あった!!」

 探し回ること小一時間。二人は遂に目的のテントにたどり着いた。

 セルキーはメイファンの手を取り、まるで自分の事のように喜んだ。そのままひとしきりはしゃぎ回り、息を切らしてへたり込む。

「へへー。やったねー」


 ――不思議な娘だ。


 リドヘイムの国民ではあるが、この娘に関しては悪い気はしない。

 先程聞かされた身の上話。これは本人の口から直接聞いただけに過ぎず、現時点では何の確証もないのだが――しかしそこに裏を勘繰るのは少々無粋なのではないか、という思いもメイファンの中で育ちつつあった。



「じゃあ、これ。食べてね。明日からは配給があるから」

 セルキーはメイファンに包みを手渡すと、明日も来ると言い残して去っていった。

 静かになったテントの中でひとり腰を下ろす。


 せっかく一人になれたのだ。まずは色々と考えを整理しなければ。この場所のこと、今後のこと、脱出方法……

 メイファンは深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、静かに考えを巡らせ始めるのだった。



「……メイファン、いる?」

 不意に聞こえた声に目を開ける。

 見ると、テントの入り口からセルキーが中を覗き込んでいる。いつの間にか眠ってしまっていたようだ。

 街は常に明るく保たれており時間の感覚がないが、おそらく朝になったのだろう。


「これから出掛けられる? あなたのこと、みんなに紹介するから」

「みんな、とは……。ここの住人たちか?」

「うん、そう。これからここで暮らしていくにあたって、ご紹介。準備できたら教えてね」


 ここに長居をする気はないのだが――そんな言葉が口をついて出そうになるのを飲み込む。


「問題ない。いつでも行ける」

 その返答にセルキーは少し驚いたような表情を見せたが、すぐにしかめっ面になってメイファンに詰め寄った。

「やー! ちょっとー。女の子がそんなんじゃダメよぅ! ちゃんとした化粧品とかはないけど、少し可愛くしましょ!」


 セルキーはメイファンの後ろに回り込むと、取り出した櫛でその髪をすき始めた。


 ――この櫛は常に持って歩いているのだろうか。


 美容や身だしなみには無頓着なメイファンではあるが、この件はまた別の意味でメイファンの関心を引いた。


 この街の住人はある程度の所持品については許されている――ということはつまり、脱出に使えそうなものを集めて保管しておくことも可能なのではないか。

 幸い、個人に割り当てられた居住スペースもある。

 あとは定期的に居住区への検分などがあるのかないのか、その確認が必要だ。セルキーがこの街で世話役としての役割を担っているが故の特例という事も考えられる。いずれにしてももう少し様子を見る必要があるだろう。


「――はい、できた」

 終わったようだ。これでやっと――

「あとはちょっとパウダーと、口紅と……原料は鉱物の粉だから安心してね」

「……いやっ、もういい! 早く案内してくれ!!」


 セルキーを振り切って強引に外へ出るメイファン。名残惜しそうなセルキーをメイファンが急き立てるような形で、二人は居住区を後にするのであった。



 居住区から徒歩にして五分ほどの区域。街のまわりを取り囲む岩壁に隣接した何らかの施設の前で、セルキーは立ち止まった。


「ここ、ゴミの処理場なの」

 岩と砂ばかりのこの街には似つかわしくない金属製の設備――おそらく焼却炉なのだろう。煙突とおぼしき部分が上方へと伸び、そのまま岩盤を貫いている。

 周囲には何名か作業中の人員がおり、セルキーが声を掛けると皆こちらへ集まってきた。


「この街の住人はみんなそれぞれ自分の役割を持って生活しているの。今日からはここがあなたの仕事場。こちらの皆さんと一緒に仕事をしてね」


 セルキーを通して、皆にメイファンが紹介される。

 ここのメンバーは全員がセレニア国民ということもあり、メイファンも快く受け入れてもらえたようだ。


 ひととおりの挨拶が終わり皆が持ち場へ戻っていく中、セルキーがメイファンにそっと告げる。


「ここにいる人たちはね、みんな誰かのエンティティだった人たちなの。サマナーさんはサマナーさんでどこか別のところに集められているらしいんだけど……みんな召喚契約は切れてない。にもかかわらずここに閉じ込められてチャージができないの」

「待て、それでは……」

「そう。いつかは――」


 この街の住人の覇気の無さ――そういうことか。


「私はちょっと例外で、召喚契約がない状態で連れてこられたの。そういう人が他にもいて、その人たちは案内役や街の管理に関わる職に就いてるわ」


 そうか、とだけ答えるとメイファンはくるりと背を向け歩き出した。セルキーはその背中に手を伸ばしかけて、止める。無言で立ち尽くすセルキーの瞳には、血が滲みそうなほど固く握りしめられたメイファンの拳が映っていた。



 それから数日の間、メイファンは与えられた役割を黙々とこなした。

 午前中は街をまわってゴミを収集、午後からはその日集めたゴミの処理を行う。

 リミッターの効いた身体での肉体労働はなかなかに堪えるものがあったが、メイファンは日々の仕事をきっちりとやり遂げた。


 セルキーはメイファンを気にかけて毎日訪ねてきてくれ、ゴミ収集チームのメンバーとも気心が通じてきた。

 しかしセレニア軍の騎士として、ここからの脱出とレイチェルの救出を忘れてはいない。できれば――他の住人たちも解放してやりたい。


 幸い、ゴミ収集という業務から街の構造は早い段階で把握できた。役に立つかわからないがゴミの中から使えそうなものも何点か持ち帰って保管している。

 あとは腕力や能力が制限されているこの身体で、どのようにやり遂げるか――ゴミ収集チームの協力を得られれば焼却炉の煙突が使えそうなのだが……。



「メイファン!」

 今日ももう作業終了の時間のようだ。

 セルキーは毎日この時間になるとゴミ処理場に現れる。そのまま一緒に居住区まで帰り、メイファンのテントでしばらく過ごすというところまでがお決まりの流れとして定着しつつあった。


 いつもと変わらない陰気な風景を眺めながら、二人は居住区までの短い道のりを歩く。


 ゴォン……ゴゴォ………………ン


「なんだ!?」


 突如巻き起こる地響きと振動。天井部分から広範囲に落盤が起こり、街はたちまち蜂の巣をつついたような大騒ぎとなった。右往左往する住人の間を縫って、兵士たちが慌ただしく走っていく。


「メイファン!!」

「ここは危ない。どこか屋根の付いたところへ――!」


 セルキーを避難させ、メイファンはすぐさま駆けだした。避難誘導や怪我人の救護など、メイファンは住人の安全確保のため精力的に動き回る。


「――こっちは任せて!」

「危ない! 下がっていろ!!」

「やだ! 手伝う!!」


 断続的に続く音と揺れの中、セルキーそして他の住人たちがメイファンを中心に一体となる。

 メイファンの主導で展開された非常時対応は統率の取れた理想的なものであった。ひときわ揺れの大きかったこの居住区にあって被害は数人の軽傷者を出すのみにとどまり、やがて――揺れは収まったのだった。


 静けさを取り戻した街で、怪我人の処置や瓦礫の撤去など、事後処理が進められる。

 メイファンと共に作業にあたっていたセルキーが、呟くように語り掛けた。


「ねえ、メイファン。さっきのあれね……『上』で何かが起こったんじゃないかと思うの」

「上、というと?」

「これは街のみんなには伝えられていないのだけれど……リドヘイム城よ」


 ――やはりか。しかし、近いとは思っていたがまさか直下だとは……


「ここは地下遺跡を利用して構成されている街なの」


 リドヘイムは古くからこのルメルシュを中心に繁栄を重ねてきた。その後、別の場所へ首都を移していた時期もあるのだが、現在の王が即位する際に永きに渡り国の中心地として栄えてきたこの土地への敬意から改めてこのルメルシュが再度首都として制定され、同時にその遺構の保護のためその真上に位置するように新王城が建造された。

 その遺跡が現在収容所として使われている訳であるが、まさか先人も自身の生活の跡がそのような使われ方をするとは思っていなかっただろう。


「……で。何であなたにこんなことを話すかというと、なんだけど」

 セルキーはメイファンに顔を寄せ、小声で囁く。

「この街にはレジスタンスが組織されていてね……住人の脱出のためにあれこれ動いているの」

「――何!?」

「この街は最初、単なる牢獄のような場所だったみたい。住人によるある程度の自治が許されるようになったのは、レジスタンスの努力の結果なんだって」


 セルキーは周囲を確認すると、さらに身を寄せて言った。

「それでね、実は――私もそのメンバーなの。……メイファン、リーダーに会ってくれる? 私たちはみんなでここを出たい。そのために是非あなたに協力してもらいたい。今日、改めてそう思った」

 セルキーは真正面からメイファンを見据える。口調はいつものセルキーだが、その表情はいたって真剣だ。


「……わかった。協力させてもらおう」


 みんなでここを出る。それはそのままメイファンの目標でもある。おそらく一人では達成が難しいと考えていた矢先、この提案はメイファンにとっても有難い。


 メイファンはすぐにセルキーとともに居住地内の別の区域へ向かった。

 セルキーが立ち止まったのは他よりも二回りほど大きなテントの前。ここがこのあたりの救護所となっているようだ。

 入り口からセルキーが声を掛ける。大きな声で周囲の人員に指示を出しながら現れた女性――この人物がレジスタンスのリーダーのようだ。


「ああ、セルキー。……彼女が例の?」

「そう。メイファン、っていうの」

「砂の街へようこそ、メイファン。……いや、ようこそってのはおかしいか。アタシはシャルカ・エルクハート。よろしくね」


 女性はそう言ってメイファンの手を力強く握った。

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