第七話 偽りの正義、虚像国家 3

 詠太えいたたちが森に身を潜めていたのと時を同じくして、ルメルシュの居住区はいつになく物々しい雰囲気に包まれていた。


「暁ノ銀翼。軍より招集命令が出ている。ここを開けよ」

 荒々しい声が昼下がりの銀星館に響く。

 今日は任務のない公休日。というのもリリアナと詠太えいたの二人が国王の呼び出しに応じて王城に出向いているためである。


 イレーネが気配を消して外の様子を伺う。武装した兵士が多数、建物の入り口を取り囲むように立っているようだ。

「恐れ入ります。ただいま皆出払っておりまして、後日改めまして――」

「ならぬ! 開けよ」


 ただ事ではない雰囲気に緊張が走る。屋敷内にはイレーネの他にマリア、メリッサ、メロウ、そしてニーナ――外出中の二人を除く全てのメンバーが揃っており、その全員が神経を張り詰めてその経過を見守っていた。


「――エッベルス様。皆様を何卒」

 イレーネは小声でそう告げると、すっとドアに向き直る。


「申し訳ございません。お約束のないご訪問への対応は出来かねます。よろしければご用件をお聞かせ願えませんでしょうか。急を要するのであれば私の方から責任者へ連絡をとることも――」


 ズドン!!


 言い終わらぬうちに、衝撃音が鳴り響く。外から丸太のようなもので突かれたようだ。

 蝶番が壊れ、外れかかったドアの隙間から兵士が顔を覗かせる。

「開けよ、と申しておる」

「……少々、お待ちください」


 マリアたちが裏口から出て行ったことを確認すると、イレーネはその身を床に沈ませた。そのまま地中を移動して館の外、兵士たちの背後で地上に出る。


「このような大人数で一体どのような――」

「ぬぉ! 貴様何を企んでいる!!」

「――この状態ではもう扉を開けることはかないませんので」


 兵士の数は二十名程。その兵士たちを掻き分けるようにして、イレーネの前に進み出る人物があった。


「リドヘイム王国大臣、ヤズ・ヨギストフトです」

「――存じ上げております。ヨギストフト様。一国の大臣であらせられるお方がどのようなご用件でしょう」

「言った通りです。セレニア討伐隊『暁ノ銀翼』に出頭命令が出ています」

「本日、王城よりお呼び出しを受けて既にリーダー他一名がお伺いしているはずですが」

「ええ、そうですね」

「他のメンバーに関しましては休暇を頂いておりますのでここには――」

「おや。……では皆さん丁度ここへ戻って来られたところでしたかね」


 大臣のその言葉に合わせ、銀星館の裏手から兵士により拘束されたメンバーたちが現れる。


「実は……あなたたちの代表がお城で良くないことをしましてね。それきり行方知れずなもので……まずはあなたたちを拘束させてもらいます」

 マリアは何とか抜け出そうと激しく抗うが、その体を拘束している光の輪はびくともしない。

「無駄ですよ。あなたに私の魔法が破れるはずがない。まあ、この場で暴れてさらに罪状を重ねていただいてもよいのですが」


 イレーネはマリアをたしなめるように視線を送ると、一歩前へ出て大臣に告げた。

「……仕方ありません。ご一緒いたしましょう。しかし――あちらのお方は隊員であると同時にクローネンダール家の御令嬢です。この件、クローネンダールへは報告させていただきます」


 イレーネが念話での交信を試みる。のだが――


「通じない……魔力妨害…………?」

「そりゃあそうでしょう。犯罪者にそんな自由があるとでも?」

 大臣はイレーネの手を乱暴に掴み上げると、周囲の群衆に視線を向け声のトーンを上げた。

「いかな名家であろうとも処遇は変わりません。これは―――『国家反逆罪』、なのですからね!!!!」


 その声を合図とするように、兵士がニーナの身体を乱暴に抱え上げる。その拍子に、ニーナに抱かれていたシャパリュがその腕をするりと抜けて銀星館内へと逃げ込んだ。

「あっ……シャパリュ!!」

「ええい、猫など捨て置け!」

 群衆の眼前で次々に馬車に押し込められていく暁ノ銀翼メンバー。


「シャパリュ、シャパリュ……えーたああああぁぁぁぁ!!!!」

 王城に向かって進行を始めた馬車の中からは、ニーナの悲痛な叫び声がいつまでも響いていた。



「なんだよ……これ」

 そんな言葉が吐息とともに漏れ出す。

 リドヘイム軍が引き揚げてから幾らかの後。銀星館に到着した詠太えいたは、無惨に破壊されたドアを前に呆然と立ち尽くしていた。


 ドアを蹴破り、中へ飛び込む。

 一階、二階、三階。戻って再度一階、地下。

 建物内のどこを見てもメンバーの姿はない。


「みんなっ! ……どこ行ったんだよ!!」


 焦燥感から口を突いて出た言葉。

 その声に反応するように物陰からのそりと小さな影が現れた。

「シャパリュ……! なあ、何があったんだよ!? ……クソッ、お前が言葉話せればなぁ」

 詠太えいたはシャパリュを抱き上げ、苛立ちの声を上げる。


「――詠太えいた!? 詠太えいたぁー!!」

 遅れて到着したリリアナたちも詠太えいたと同じくこの状況に困惑しているようだ。

「何よこれ!!」

「それが……みんなどこにもいないんだよ! 入り口はあんなんなっちゃってるし」

「何があったの!?」

「わからない――俺が来た時にはこうだったんだ!」


「うーん、では……彼女に聞いてみましょう」

「彼女??」

 ステラは詠太えいたに近づくと、その腕の中のシャパリュに語りかけた。

「もう……いいでしょう?」

「ニャーン」


 ポン! というまるで漫画の擬音そのままの音。飛び散るカラフルな星、もくもくと湧き上がる煙。

 気付くと詠太えいたは両腕に小柄な少女を抱えていた。

「――いッ!!!?」

「にゃははー。重いでしょー。おろしておろしてー」


 ニコニコともニヤニヤとも言えぬ独特の笑みを浮かべ、詠太えいたを正面から見据える少女。

 身長は百五十センチ……いやもう少し低いか。小さな体に華奢な手足、黒を基調としたサイケデリックな配色の上着を羽織り、両手はそのポケットの中に収まっている。

 目深に被った耳付きフードからは柔らかそうな癖っ毛がはみ出し、その奥に見えるくりくりとした大きな目はまるでガラス玉のようだ。


 シャパリュの姿が一瞬で消え、その代わりに現れた少女。

 先程のあまりにもベタなエフェクトからして、やはりシャパリュが姿を変えたものと考えるのが正しい……のだろう。


「やーやー、どもども。改めましてオニャンコポンのシャパリュさんだよ。これでも一応、神様」

「『シャパリュ』って――それはニーナが付けた名前だろ?」

「神に属する種族は固有の名前を持たないのさ。だから、これからもボクの事はシャパリュって呼んでよ」

「そういうもの……なのか」

「うん、そうそう。よろしくよろしく」


 この状況、以前の詠太えいたであれば事態が呑み込めずに慌てふためいていたところなのだろう。しかし詠太えいたもすっかり慣れたもので、落ち着き払った様子でステラの方へすっと向き直った。


「ステラさん、知り合いなのか?」

「彼女もリドヘイム王のエンティティなんです」

「うんうん! ちょっと『あの時』から君たちのところでお世話になっちゃってたけど――」


 ――『あの時』って……アレか。


 かつてニーナが巻き込まれた世界樹騒動。

 詠太えいたによる救出後、シャパリュはそのまま成り行きでニーナによって連れ帰られたのだった。


「それで一体……何があったのですか?」

「そうそう、大臣が軍を引き連れてやって来てね――」

 ステラに促され、シャパリュが事の一部始終を説明する。


「……でね、あのね、ごめんなさい。ボク一人じゃどうもならなかった。あの場から離脱して、こうしてみんなに伝えるのが精いっぱい」

「仕方ないよ」

 詠太えいたはそう一言だけ告げる。

 メンバー全員が人質にとられているような状況でシャパリュが正体を現しても、一緒に連行されるだけの話だろう。


「じゃあ――ここにいたら危ないじゃない! 早く荷物!! まとめてこなきゃ!」

 リリアナが血相を変えて部屋を飛び出し、階段を駆け上がっていく。その姿をひとしきり目で追った後、詠太えいたが振り返った。


「――ステラさん」

「はい?」

「正直……大臣がどうの、国の乗っ取りがどうの、ステラさんの話を聞いてもまだ半信半疑ではあるんだけど……」

「それは仕方のないことだと思います。もし私があなたの立場だとしても――」

「――でも! でもひとつだけはっきりしている事がある」

「…………それは?」

「大臣は、リドヘイムは、俺の仲間に危害を加えた」

「ええ」

「……俺の動く理由はそれだけで十分だ」

 口調こそ物静かだが、その表情には詠太えいたの決意と覚悟がありありと感じられる。


「協力……してくれるのですね」

「ああ」

 詠太えいたはステラを見つめ、力強く頷いた。

「協力、というか逆にこっちが助けてもらう部分も多いと思うんだけど……」

 ここまで話して、詠太えいたの視線がレイチェルに向く。

「それに、リドヘイムからだけじゃなく、セレニアからも……捕まっている人たちがたくさんいるんだろ?」

「アキヅキ……」


「素晴らしい!!」

 突然、シャパリュが大きな声を上げる。

「それでこそボクたちの見込んだ秋月詠太あきづきえいた君だ!!」

「……見込んだ?」


 ――またこれだ。

 ステラといい、シャパリュといい、先程から妙に引っかかる発言が多い。そもそも彼女らは、詠太えいたの事を以前から知っていたというのか。


「二人とも、俺――」

「あ、あんたたち!!」

 発しかけた詠太えいたの言葉が、突然発せられたよく通る声にかき消される。声の方向へ振り向くと、そこには一人の老婆が立っていた。隣に住む銀星館の大家である。


「何やってんだい! みんな連れてかれちまったよ!! また兵士が来るといけないから早く逃げな!」

「大家さん! ――軍のヤツらに何かされなかったか?」

「なに、アタシは大丈夫さね! ただ、アンタたちが戻ってきたらすぐに通報するように言われたよ。逃がしたり匿うようなことがあったら投獄するって脅し付きでね」

「大家さん……」

「やだね、通報なんてするわけないだろ! アンタたちはみんなアタシの子供みたいなモンだ」


 詠太えいたは階段に駆け寄り、階上のリリアナに声を掛けた。

「リリアナ、急げ!!」

「いやーーーーっっ!! 急かさないでよー!!」


 てんやわんやで荷物をまとめるリリアナの手が胸のバッジに当たる。先程、褒賞と一緒に受け取ってすぐに付け替えた、白銅のバッジだ。


「…………」

 これまで長きにわたり心の拠り所としてきたこの討伐隊のバッジの輝きが、今はやけに鈍って見える。

「アタシが……アタシが今までしてきた事って……」


 インキュバスの父親とサキュバスの母親の間に生まれたリリアナは、リドヘイム軍兵士であった父親をセレニアとの戦いで失い、また母親もリドヘイム王城から呼び出しを受けた際にセレニア軍の襲撃に遭って連れ去られ、孤児となった。

 両親ともにセレニアによって奪われる形となったリリアナは、以降セレニアを憎んで育つ。

 だからこそリリアナはセレニア討伐隊として活動することを選択し、その活動に誇りを持って身を捧げてきたのだが――


「でも、それってもしかして――」

 そう、いずれも軍より『そう伝えられた』だけである。

 父親の遺品が戻ってきたわけでもない。母親が本当にセレニアにいるのか確かめる術もない。

 今ここにあるのは銀星館がリドヘイム正規軍による襲撃を受け、メンバーが連れ去られたという事実のみ。ステラの話す内容が真実であるとすれば、憎むべきはリドヘイム軍であり、大臣ヤズ・ヨギストフトではないのか。

 大臣の我欲に任せた理不尽な侵略行為に、自分は加担してしまっていたのではないのか。


 複雑な思いに顔を歪めながら、胸についたバッジを外す。それをそっと机の上に置くと、リリアナは部屋を後にするのだった。



「お待たせ……って、あれ、大家さん!?」

「リリアナちゃん! 無事だったかい」


 階下に戻ったリリアナを皆が囲む。

「リリアナ、魔力妨害だかなんかでみんなの居場所が探知できない」

「牢番のオークたちによれば、メイはどこか『別の場所』に収容中だと――」

「これまで拉致された人々は数百人には上るはずです。おそらく皆さん同じ場所に……」

「いずれにせよ、もう一度王城に突入する必要があるかもねー。案内はボクとステラに任せて!」


「――はいはいはい!!」

 リリアナが大きな声で話の流れを切る。

「まずはここから離れることが先決! でしょ。ほい詠太えいた、これ持って」

 リリアナが詠太えいたに荷物を投げつける。

 その表情にはもう先程までの迷いはない。ここにいるのはリーダー、リリアナ・エルクハートである。

「さあ、行くわよ!」

 皆の表情が一気に引き締まる。

 傾きかけた陽射しを受けて、詠太えいたたちは歩き始めた。

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