(13)

 思った以上の強敵だった。

 三井から逃げ切った小林はヒィーッ、ヒィーッと安普請の隙間風のような情けない音を立てて呼吸する。足が震えるし涙が滲む。心臓の鼓動に合わせて指先が痺れる。

 スマホの画面を突きつけるだけの簡単なミッションだったはずなのに、手が固まったように動かなかった。ビビるな。圧倒的に有利なのは自分だ。ビビる? 違う、少し慎重になっただけだ。

 小林には一つの“計画”があった。小林はそれをスマートにこなせるはずだった。だが、自分の部屋という限られた縄張りで肥大化した根拠のない自信と、画面越しでない現実の大人と相対する緊張とのギャップに体が言うことを聞いてくれなかった。やったこともないことをいきなりこなせる人間などいないことを小林は知らない。特段何もしていない立っているだけの三井が小林には強敵だった。

 想定通りに動けなかった自分を認めず、小林は計画を再検討する。

「(きょ、今日はもういいかな。そうだ、登校初日だぞ。今日はちょっとした哨戒だ。もういいや、疲れた。大丈夫だ、いくらでも機会はある……。)」

 しかし計画の“成果”に期待しきっていた肉体の火照りが収まりそうもない。

「(あぁ、くそ! イライラする。これだから現実はクソゲーなんだ。)」

 心中毒づきながら鞄を取りに教室へ戻る。そこで、小林はもう一人の“ターゲット”の姿を見つけた。教室には他に誰もいない。

 そのあまりにも無防備な立ち姿に、萎えていた気持ちが盛り返す。こいつなら、こんなにも弱々しいこいつならなんとかなるんじゃないか。本命はそもそもこいつだ。火照った体と期待が後を押す。このまま帰るのは嫌だ。

「お、お、お、おい。おい。」

 小林は友坂香澄に声をかけた。

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