(12)

 望月がずっと引きこもりだった生徒の復学に成功した。だがそんなことは、今の三井にはどうでいいことだ。望月が引き受けると言っているのだから押しつけてしまおう。

 三井が考えなければならないのは香澄のことだけだ。いつ香澄からの糾弾があるか分からない。香澄を脅すために撮影した動画や写真ですら、犯した罪の証拠になると思えばむしろ三井の心を追い詰めた。

 帰りのHRを終え、三井は職員室へ引き返しながら思索する。

 とにかく三井は、可能な限り香澄に近づかないようにし、そして可能な限り香澄の様子を観察するようにした。いつも通りにしろとは言ったが、実際香澄はあまりにもいつも通りだった。それが三井の疑心を募らせる。脅しが効いてその通りにしているのか? そんな演技をやれと言われて、はいやりますと12歳の少女がこなせるものだろうか。それとも意に介していないのか? そもそもが犯された後の態度しか三井は知らない。だから変化がないのも当然と言えば当然なのか。

―――いっそもう一度犯してみるか。

 一度も二度も変わりはあるまい。それで様子の変化を見るのもいいかもしれない。そうだ、もう一度犯せば……。三井の股間に熱が溜まっていく。三井の欲に都合のいい理由が与えられていく。もう一度、あの躰を。

「先生!!」

 急に大きな声をかけられ三井はヒィッと息を呑む。どうやらずっと声をかけられ続けていたらしい。反応できなかったのは三井があまりにも呆けていたからであり、その声があまりにもボソボソと淀んだものだったからだ。大声は焦れた結果の反動か。

 振り返ると、そこには例の不登校児、小林悠真が立っていた。三井はうっと身構えてしまう。あらためて正面から立つと、三井とさほど変わらない目線に大きな脂肪をまとった、中学一年生とは思えない巨躯と鋭い眼光に気圧されてしまう。ぼさぼさの髪の不潔感も、近寄りがたい雰囲気を助長していた。

「せ、せ、先生。あ、あの、」

 小林はどもりながら何かを訴えようとしている。片手に持たれたスマートフォンが今にも握りつぶされてしまいそうなほど力んでいる。額にはじわじわと汗が滲んできている。

「あの、これ、これを、これ、」

 三井はとりあえず小林が何かを言い出すまで待つ。いったい何の用だ。お前の面倒は望月が見るということで話がついているのだ。そっちへ行ってくれないか。三井が担任という己の立場を鑑みないことを考えていると、やがて小林は踵を返してしまった。

「な、な、なんでも、ないです!」

「あ、おい……。」

 走り去る小林を追いかけるほど、今の三井に情熱はなかった。

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