5「冒険者の約束」


「んんっ……あれ……ここは……」

「あぁ、目が覚めた? エルナ。ここは君の――」

「え――きゃああ! だ、誰?! ここ、わたしの部屋だよね? なんで男の子がいるの!」

「うわああ落ち着いて! 思い出して! 新人のラックだよ!」


 エルナが目を覚ましたのは、フィンリッドさんが出て行って割とすぐのことだった。

 正直心配していたのだ。フィンリッドさんがいないのに、すぐに状況を把握してくれるのか? 冷静に説明を聞いてくれるだろうか?

 そしたら案の定だ。エルナは悲鳴を上げて身体を起こし、狭いベッドで後ずさった。僕は必死に弁明する。


「お願いだから悲鳴をあげないで。君は階段で倒れたんだよ。覚えてない?」

「倒れ――……あ……そっか……」

「……思い出した?」

「うん……わたし、結局やっちゃったんだ……」


 力が抜けて、エルナはストンと手を下ろす。すると掴んでいたシーツも一緒に下がってしまい――フィンリッドさんが緩めた胸元が目に入ってしまう。

 服に隠れて気付かなかったけど、彼女はペンダントをしていた。その先になにか――木製だろうか? 不思議な模様が彫られた球形の飾りが付いている。アクセサリーというよりお守りかなにかかもしれない。

 もう少しよく見たかったけど、そのすぐ下の膨らみが目に眩しく、僕は顔を上げた。なるべく見ないようにして説明を続ける。


「倒れたあと、すぐにフィンリッドさんが来てくれたんだ。それで部屋に運んだんだよ。……ちなみにシーツをかけたりしたのはフィンリッドさんだから。誤解しないように」

「うん。フィンリッドさん……うぅ、また迷惑かけちゃった」


 今ので緩めた胸元に気付いて欲しかったが、だめだった。もうそっとしとこう。


「それで、その……フィンリッドさんが教えてくれたよ。エルナの魔力のこと」

「え? そうなの? ――それは、ビックリかも。フィンリッドさん、そのこと滅多に人に教えないのに」

「うん、ギルドでもほとんど知られてないんだって?」

「そうなの。心配かけたくないし――。でもフィンリッドさんが教えたのなら、君にはなにかがあるのかもね。ふふ、素質あるんじゃない? 冒険者の」

「え、あ~……だ、だとしたら嬉しいな。あのフィンリッドさんが認めてくれたってことだからな」


 本当は少し違うだろうけど、ここは話を合わせておこう。突っ込まれても答えられない。


 だけどそうやって2人で笑い合っていると、突然エルナが真顔になった。


「あれ? 待って、さっき階段で倒れたって言ったよね? もしかしてわたし、落ちた?」

「うん。降りる途中で――あ」


 しまった。よく覚えていないのなら、そこは教えなくてよかったかもしれない。

 思った通り、彼女はみるみる顔を青くしていく。


「落ちたのに、わたしどこも怪我してないよね?」

「してないと思うよ、うん……」


 どこも痛いところが無いみたいでなにより。だが、これは。


「もしかして君が庇ってくれたの?」

「あー、なんていうか、庇ったような、そうとは言えないような、どうだったかな」

「そうなんだね? ちょっと、わたしの代わりに怪我してない?! ちゃんと診てもらった?」

「う……うん。大丈夫だよ。軽く背中を打った程度で、もうなんともないから」


 実はまだ痛みがある。もしかしたら打ち身になっているかも。だけどこのくらいならあとで回復魔法をかけてもらえばすぐ治る。だから、大丈夫。

 というわけで、本当になんともないって顔でエルナに返事をしたのだけど、彼女は納得しなかった。


「なんともなくないよ! うぅ……ごめんなさい。例え本当に怪我をしてなくても、一番迷惑をかけたのは君なのに。真っ先に謝らないといけなかったのに。本当に、ごめんなさい」


 エルナはベッドの上で正座して、深く頭を下げる。


「ほ、本当に大丈夫だってば! 顔をあげて!」

「でも……」

「それより、えーっと……そうだ。今日みたいなこと、よくあるの?」

「ううん。……いいえ、そんなことないです。倒れるなんて、滅多にないことです」


 ……あれ、なんで急に敬語になった?


「ならよかった――いや良くはないな。昔から、なの?」

「はい。小さい頃のことはよく覚えていません。昔の方が倒れる回数は多かったと思います」

「そうなんだ……ていうかなんで敬語なんだよ」

「迷惑をかけましたし、魔力のことも知られてしまいました。このことは、他の人には言わないで欲しくて」

「もちろん誰にも言わない。でもやめてくれ、普通に話してよって言ったのエルナじゃないか」

「そう、ですけど……」


 こんなに様子が一変してしまうとは……。どうやら彼女にとって、魔力のことは思った以上に枷になっているようだ。

 そんな彼女を見ていると、僕の中で温かい感情が蘇る。


(――――?)


 頭の中で疑問符が浮かんだ時には、すでに自然と手が伸び、エルナの頭をそっと撫でていた。


「……エルナが気負うことはないよ。出会ったばかりだけど、敬語で話されるとなんか調子が狂う。だから普通に話してよ」


 エルナは少し驚いた顔で僕を見上げ、やがて柔らかい笑顔になる。


「ラック……。うん、実はわたしも。違和感がすごいっていうか。ごめん……ううん、ありがと。普通に話すね」

「ああ。改めて、これからよろしく。エルナ」


 そう言ってお互い笑い合う。よかった、少しは元気になってくれたかな。

 ホッとして――すぐに、エルナの頭に手を置いたままなのに気付いて、慌てて離す。気恥ずかしくて背を向けてしまった。

 内心、とても驚いている。頭を撫でたのもそうだけど、あんな言葉が僕の口から出てくるなんて。

 ……だめだ、自分でもよくわからない。


「じゃ、じゃあ僕は食堂に行くよ」

「あっ――そうだね、食堂のスタッフさんたち待ってるかも。ごめんね案内できなくて」

「いいって。ちゃんと休んでて。それじゃ、また……」


 手を振ってエルナの部屋を出ようとする。だけど「待って」と呼び止められた。

 なんだろう。僕はベッドの側まで戻る。


「あのさ、わたしはこんなだから冒険者になれなかった。いつ倒れるかわかんないなんて、恐いでしょ?」

「それは……そう、だね」

「だからギルドの宿舎職員になったの。それでね、ラックにお願いしたいんだ。……わたしの代わりに、がんばってくれないかな」

「エルナの代わりに?」

「このワーク・スイープの冒険者として、がんばって欲しいんだよ。……ダメかな?」


 あぁ、そういうことか――。

 僕はきちんとエルナに向き直り、力強く頷く。


「……わかった、約束する。頑張るよ、エルナの代わりに」


 エルナが伸ばした手を握り、僕は、約束したのだ――。


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