6「今後のためにも」


「――という感じで、階段から落ちたエルナを助けたのがきっかけで仲良くなったんです」

「…………」


 エルナと出会った時のことをセトリアさんに説明し終えた。もちろん細かいやり取りまでは話していない。頭を撫でたなんて言える雰囲気ではないし言う必要もない。


 ――なんであんなことをしたんだろう。

 両親の話を聞き、フィンリッドさんに仲良くして欲しいと頼まれたから? それが一番理由として合ってるのに、違和感があるというか。違う気がする。これはいまだに答えが出ない。


 それより問題は、この時交わした約束だ。


『エルナの代わりに頑張る』


 まさか休みなく働かせられることになるなんて誰が思う? さらに、


『私の用意したこの世界のボーナス。それは彼女です。喜んでいただけましたか?』


 エルナの部屋を出てすぐに頭の中に響いた女神の声。

 どの辺りがボーナスなのか? その時は首を傾げる程度だったが、今は女神に詰め寄り問いただしたいレベルの疑問になっていた。


 腕を組み黙って聞いていたセトリアさん。僕の話が終わってもしばらくそうしていたけど、ようやく口を開いた。


「フィンリッドさんが教えた、ですって? なんで登録したばかりの新人に……やっぱりあの人を問い詰めないと。……いえ今度そんなことしたら追い出される。それはまずいわ」

「セトリアさん……?」


 なんか不穏なことを呟いたな。聞き流そう、と思ったのに。


「追い出されそうなんすか? セトリアさん。あれ、でももう宿舎にはいないっすよね?」

「うおぉいゴルタ! お前すごいな」


 こいつ、度胸あるのかないのか……。


「黙れと言ったわ、新人。――私、今度エルナ絡みで問題起こすとギルドを追放されかねないのよ」

「……待って下さい。エルナになにをしたんですか」


 ていうか今のこの状況、すでに問題起こしてない? 職員のハンドさんを脅してるっぽいし。エルナになにをしたのか本気で心配になってくる。


「なにって、かわいくて心配だから気にかけていただけよ」

「はぁ。具体的には?」

「朝、宿舎の掃除をしているエルナを眺めて、依頼が早く終わった日は買い出しに出たエルナを追いかけて、食堂で働くエルナを見守って、夜は彼女のベッドで添い寝をしたわ」

「え、うわ……っ」


 僕は思わず出そうになった言葉を飲み込み、口元を手で押さえる。


「それちょっと恐いっすね……――おぶっ!」


 バカだな。口に出してしまったゴルタは、セトリアさんに顔面を蹴られてのたうち回ることになった。僕はもう彼の心配をするのに疲れた。

 ゴルタを蹴飛ばしたセトリアさんは小さくため息をつき、


「ふぅ……。エルナが倒れないか、心配だったからよ」

「どうしてそこまでエルナのことを?」


 エルナが心配だから、という気持ちはわからないでもない。でも一日中付き纏ったり添い寝したりするのはやり過ぎだ。


「どうしてですって? ……これ以上のことをあんたに教える理由はないわ」

「う、まぁ……そうですけど」


 ここまで話して、そこは教えてくれないのか。消化不良だけど、仕方がない……。

 そんな僕の気持ちが顔に出ていたのか、セトリアさんが言葉を付け足す。


「ただこれだけは宣言しておくわ。――私はどんなことをしてでも、エルナの不安定な魔力を治してみせる」

「え…………な、治せるんですか!?」

「治せる、治せないじゃない。治すの。あの子の魔力を安定させる方法を見つけてみせるわ。必ずよ」

「魔力を安定させる……方法」


 そんな方法、あるんだろうか。高名な魔法使いもお手上げだったのに。


 ――いや。そうやって疑う前に、自分で探すべきだ。


(そうだよ、僕はいつだってそうしてきたじゃないか。あるかどうかわからない、魔王を倒すための方法を。旅をして探してきた)


 セトリアさんは、それと同じことをすると宣言しているんだ。


「……セトリアさん、僕もそれ、協力したいです」

「必要ないわ。――と言いたいところだけど、好きにしなさい」

「はい。好きにします」


 セトリアさんならそう言うと思った。彼女の第一優先はエルナが良くなることなのだ。治すのは自分じゃなくてもいい。そう考えられる人だ。

 だから僕は僕で――エルナの魔力を安定させる方法を探してみよう。


「もう一つ、あんたに言っておくことがあるわ」

「なんでしょう?」

「もし私の可愛いエルナに手を出したら……どうなるか、わかってるわね? あれじゃ済まないわよ」


 あれ、と言うのは鼻から血を出して転がってるゴルタのことだ。


「わ、わかりました……」


 なんでみんなそういうこと言うんだろう。

 やっぱりちょっと面倒な人に関わってしまった……先輩たちが心配してくれたのも今ならわかる。


 でも、エルナの魔力の件は話が別だ。どんな人と関わろうとも、なんとかしてあげたいと思う。

 転生、休息や魔王のことも関係無く――


(そういえば、一度だけ。世界の平和や、魔王を倒す以外の理由で戦ったことが……)


 僕は首を振る。決して忘れることのない、あの

 それは、今こんな場所で思い起こすことではない。


 ――帰ろう。そう思って歩き出そうとすると、


「待ちなさい、もう一つあったわ」

「え、まだあるんですか?」

「言いたいことなら山ほどあるわよ。でも、これは一番大事なこと」


 セトリアさんはそう前置きをして、再び僕を強く睨み付けてくる。

 今の話以上に大事なことってなんだろう。相変わらず不機嫌そうだけど、その目は真剣だった。


「エルナの様子が少しだけおかしい。原因は絶対あんたよ。なんとかしなさい」

「……え?」




          * * *




「セトねえに会ったの!? そっかー。優しい人だったでしょ?」

「え!? あー、うん。そうだねー……」


 大量発生した平原ビックトードの討伐。その依頼が終わってクタクタで宿舎に帰ってくると、すぐにエルナと鉢合わせた。せっかくなのでセトリアさんのことを話してみると、そんな反応が返ってきて面食らった。

 でもセトリアさん、エルナのことは過剰なくらい可愛がってるみたいだし、彼女からしたらそう見えるのだろう。エルナもセト姉と呼ぶほど慕っているようだし。

 とにかく余計なことを言うと後が恐い。話を合わせることにした。


「セトリアさんの魔法のおかげでだいぶ助かったよ」

「セト姉は回復魔法のエキスパートだからね。いつもその研究ばっかりしてたよ」

「回復魔法か……。あれ、支援魔法は?」

「支援魔法も得意だけど、専門的に研究しているのは回復魔法だよ。宿舎に居た頃も本の数がすっごくて。床が抜けるんじゃないかって心配されててね。それもあって早い段階で宿舎を出ることになったの」

「そうなんだ……」


 そうなのか? 本当にそれだけかなぁ。違う理由もあったんじゃないか?


「エルナはセトリアさんと仲良かったんだよね?」

「うん! でもさすがに、昼の間ずーっと離れた所から見るのはやめてって言ったけどね」

「あぁ……うん」

「わたしの部屋で夜更かしもよくしたよ。いつの間にかわたしが先に寝ちゃってるんだけどね。……そっか、もしかしてセト姉」


 そこで言葉を止めて、僕のことをじっと見てくる。


「な、なに?」

「ラック、セト姉とわたしの魔力の話をしたでしょ?」

「! う……うん。そうなんだ。まさかセトリアさんが知ってるとは思わなかった」

「だよね。ていうか教えておくべきだったね、セト姉のこと。……セト姉とはさ、そんな感じで仲良かったから。すぐに魔力のこと知られちゃったよね」

「なるほど……」


 確かにそれだけ仲が良ければすぐに知られるだろう。

 ……あれ、魔力のことを知ったから、倒れないか心配になったって言ってたよな。エルナの話を聞く限り、知る以前から付き纏っていた様子だが……。


「セト姉、魔力の話をしてからそれまで以上にすごーく心配するようになっちゃって」

「あぁ……」


 加速していったわけだ。


「だからラックのことも気になっちゃったんじゃないかな」

「え? 僕のことも? なんで?」

「こないだ会った時にラックのこと話したから」

「……なるほど。そりゃ、気になるよな」


 セトリアさんが敵意むき出しで睨んでくるわけだ。それに……。

 今度は僕が、エルナのことをじっと見てしまう。


「ん? どうかした?」

「いや……なんでもないよ」


 セトリアさんから言われた、エルナの様子がおかしいという話。

 言われた時は心当たりが浮かばなかった。今だっていつも通りのエルナだ。

 だけど、思い出した。この間ケンツやゴルタのことを話した時、まさに様子がおかしいと感じたんだ。

 気のせいかもしれない。それくらい些細な、原因のわからない違和感だった。セトリアさんが気付いたことと同じかどうかもわからない。


「なによ突然黙り込んで。本当にどうしたの?」

「う、ううん。ごめん。今日の依頼大変でさ……さすがに疲れた」

「そうなの? でも――」

「あ、明日の依頼は受けるよ! 部屋で一休みしてからカウンターに行くから。ガミガミ言わないで大丈夫だから!」

「……まだなにも言ってないんだけど?」

「……そうだね」

「ま、そういうことなら早く部屋に戻りなよ。おつかれさま。わたしも仕事に戻るね。あ、でも部屋で寝ちゃだめだよ? ちゃんと夕飯も食べに来てね」

「う、うん……。ありがとう」


 エルナはそう言って、手を振って食堂の方へと歩いて行ってしまう。

 以前なら、依頼を受けると言ったとしても、どんな依頼? 討伐? 護衛? もしかして旧王都の依頼? と、詳しく聞いてきた。部屋に戻らないで先にカウンターに行けと急かされただろう。なのに最近、今みたいにあっさり引き下がるのだ。最初の頃に比べたら休めちゃってるし。


「いや物足りないとか思ってないぞ。思ってない、けど……」


 ――やっぱり、少し様子がおかしい。感じた違和感を無視するべきではないかも。



 ちなみに依頼を受けにカウンターに行くと(結局部屋には戻らずカウンターに直行した)、リフルさんと男性職員のハンドさんから謝罪を受けた。

 依頼内容の説明不足、想定以上の難易度の高さ。そしてセトリアさんと組まされたことについてだ。

 依頼についてはブルバック商会に問題があったとして――。

 セトリアさんに関しては職員たちもきちんと把握していて、エルナと仲良くなった僕と組ませるのは避けてきたらしい。だけどいつかはこの日が来る。ならば一度組ませてみよう、ただし2人っきりにはしないように。と、判断したそうだ。

 配慮に感謝すべきか、気を使わせていたことを申し訳なく思うべきか、複雑な気分だった。

 そして、詳しく聞くにセトリアさんは、やはりエルナへの付き纏いをフィンリッドさんに咎められて宿舎を追い出されたようだ。

 だよなぁ……。もちろん、独り立ちできるだけの十分な実力もあったんだろうけど。


 彼女はやり過ぎてしまったけれど、エルナのことを可愛がり、心配しているのは間違いない。僕たちの思うところは同じはず。

 本当はもっと協力するべきだ。敵意を向けられているけど、きちんと話すべきだ。

 今後のため――エルナの魔力のためにも。


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