4「エルナとの出会い」


「はじめまして! ワーク・スイープ宿舎職員、エルトゥーナ・エイルーンだよ。よろしくね!」

「初めまして、僕はラクルーク・リパイアド。ラックでいいですよ」

「あ、わたしもエルナでいいから。歳、同じくらいだよね? 普通に話してよ」

「あぁ――うん、わかった。そうさせてもらうよ」


 この世界での僕の出身地はプレンという田舎の村。そこから遥々ギルド都市カルタタに出て来た僕は、予定通り冒険者ギルド『ワーク・スイープ』に登録。手続きを済ませて宿舎の部屋に通された。するとしばらくして、彼女――エルナが宿舎の案内役として尋ねてきたのだ。


 ちなみにその直前、長旅に疲れてベッドでくつろいでいる時に前世の記憶に目覚め、しかも休息のための転生だということも思い出し困惑していた。

 この世界の世界観や冒険者ギルドの珍しいシステムに驚き(知っているのに驚くという転生ならではの不思議な驚き方。これも慣れた)、本当に平和な世界なんだな……と、ようやく頭の中を整理できたところでエルナがやって来たのだ。


「ラック、お昼まだでしょ。食堂で食べるといいよ。時間過ぎてるけど用意してあるから」

「それは助かる。お腹空いていたんだ。ありがたくいただくよ」

「うちの宿舎、ご飯美味しいから期待しててね~」


 そう言ってエルナは笑顔で胸を張った。


 エルトゥーナ・エイルーン。

 彼女は透き通るような水色の髪が印象的な女の子だった。ただ、とても明るく元気で笑顔なのに、妙に顔色が悪いように見える。気のせいだろうか?

 施設の説明をするため、二階だった自分の部屋を出て宿舎の入口に向かう。エルナが前に出て歩き出したからもう顔色を確認することができない。けど……なんだか足もとがおぼつかない。左右にフラフラしている。

 大丈夫かな、この子……。

 声をかけるか迷っているうちに階段にさしかかり、ゆっくり降り始める。その背中をハラハラ見ていると――案の定、グラリと大きく体が傾いた。


「――っ、危ない!」


 身体はすぐに動いた。腕を伸ばし、肩を掴んで抱き寄せる――が、狭い階段、バランスを崩して二人して落ちていく。


 ――ズダンッ!!


「ぐっ……うぅぅっ!」


 必死に体を捻って背中から落ちる。強打して、一瞬呼吸が止まった。エルナを抱えていて受け身が取れなかったのだ。

 でも彼女のことは守ることができた。怪我はないはずだけど――とにかく、息を――。


「――っ、くっ――かはっ! はぁ、はぁ、はぁ……エ、エルナ? だいじょう、ぶ?」


 呼吸を整えながら声をかけるも、彼女からの返事はない。

 僕は慌てて身体を起こしてエルナの顔を覗き込む。すると彼女は真っ青な顔で強く目を瞑っていた。僕の呼びかけにも反応が無い。気を失っている。


「エルナ! 頭は打ってないはずだけど……いや、その前から意識を――っ!? だ、誰か! 誰かいませんか!」


 階段の途中で突然意識を失ったんだとすると、僕にはその理由がわからない。とにかく誰か助けを呼んで、わかる人に診てもらうべきだ。

 ――だけど、どこからも返事がない。昼を過ぎたこの時間、人が出払っているのか。ギルドの方に行けば誰かいるはずだけど、エルナを放っておくこともできない。どうすれば――


「どうしました? ――っ、エルナ!!」

「えっ……あ!」


 いつの間に現れたのだろう、初老の女性がすぐ後ろに立っていた。全然気配がなくて驚いてしまったけど今はそれどころじゃない!


「この子、突然倒れて意識がないんです! 頭は打ってないと思うんですけど、どうしたらいいですか?」

「彼女の部屋がすぐ近くにあります。そこへ運びましょう。案内しますよ」

「はい、わかりました! ……あの、エルナは」

「大丈夫です。しばらくすれば目を覚ましますから、さあ」

「……はい」


 この人は事情を知っているようだ。黙って従おう。エルナをそっと抱き上げて、彼女の部屋へと運ぶことにした。




          * * *




 エルナの部屋は一階、階段横に並んでいる部屋の一つで、本当にすぐそばだった。この辺りは職員用の部屋なのだろう。

 初老の女性が扉を開けてくれて中に入る。部屋の広さや作りは僕の部屋と変わらない感じだ。

 女性がベッドを整えてくれて、僕はエルナをそっと寝かせた。


「ご苦労様です。少し服を緩めて、シーツをかけますね」

「はい」


 僕はベッドから離れて、入口の方に移動する。ここからだと女性の後ろ姿しか見えない。


(……ていうかあの人、ただ者じゃないな)


 長い白髪を後ろで束ね、スラッとした後ろ姿。背筋がピンとしていて姿勢が良く、歳を感じさせない。なにより、後ろから見てもまったく隙が無い。

 さっきも声をかけられるまで気配を感じなかった。おそらくベテラン冒険者だ。40回転生した冒険者としての勘がそう言っている。


 シーツを掛け終えた女性が、くるりと振り返る。


「このまま寝かせておきましょう。……そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。取って食ったりしませんから。それより説明が欲しいでしょう? こちらにいらしてください」

「え、あ、はい……」


 うわ、完全に見透かされている。警戒と言うより、何者なのか気になっていたんだけど。

 僕はそっとベッドに近寄り、エルナの顔を見る。顔色は悪いままだけど、さっきよりは楽そうに見えた。


「さて……あなたは今日ギルドに登録した新人冒険者さんね?」

「そうです。エルナに宿舎を案内してもらうところだったのですが……」

「やっぱりそうでしたか。申し遅れました、私はフィンリッド・ケイントール。冒険者ギルド『ワーク・スイープ』のオーナーです。これからよろしくお願いしますね」

「えっ、オーナー!? あ……ラクルーク・リパイアドです。よろしくお願いします」


 慌てて頭を下げると、フィンリッドさんはクスッと笑う。死ぬほど驚いた顔を見られてしまった。


 ギルドのオーナー、フィンリッド・ケイントール。つまり『ワーク・スイープ』の所有者で――田舎で暮らしていた僕でも知っている有名人だ。

 もともとはイルハリオン王国の騎士だったそうだが、旧王都奪還のために冒険者の指揮を任され、最初の冒険者ギルドの管理をしていたとか。

 その後、複数の冒険者ギルドが作られるようになるとギルド協会を設立。国からの支援を仲介する立場となる。

 そんな中、いくつかの民間冒険者ギルドの立ち上げにも協力。結果彼女は複数の冒険者ギルドのオーナーとなる。もっともオーナーというのは肩書きだけで、出資者のようなものらしい。

 ワーク・スイープもそのうちの一つなのだけど――初代ギルド長と親交があったそうで、彼が引退し2代目に引き継ぐ際に面倒を見るよう頼まれたとか。そのため基本的にここのギルドにはオーナー室があり、フィンリッドさんはいつもそこにいる。つまりこのギルドだけは例外で、オーナーという肩書きが相応しかった。

 当時はそのおかげでかなり人気のある冒険者ギルドだったようだけど、件のゴーレム需要に押されてしまい、現在は他のギルド同様人手不足らしい。


(まさかそんなすごい人が突然現れるとは思わなかった……)


 よく考えたら、ここはそのワーク・スイープなのだ、白髪初老のベテラン冒険者という時点で気付くべきだった。前世の記憶が戻ったばかりなのと、目の前でエルナが倒れたことで、そこまで冷静に考える余裕が無かった。


「そろそろお話しても?」

「あっ、すみません! ちょっと呆けてしまって。……彼女、エルナが倒れたのは病気かなにかですか?」

「いえ、病気ではありません。ひとことで言えば体質です」

「体質って……ええと?」

「彼女は他人よりも魔力がとても不安定なのですよ」

「それは、魔力が低いってことですか? いや――」


 魔法を使うための力、魔力。その強さは人によって違う。修行や訓練で増やすことはできるが、生まれ付き極端に低い人や、逆に高い人もいる。

 それを素質や才能と呼ぶならわかるけど、体質という言い方は妙だ。それに――。


「――魔力が低いからって、突然倒れるなんてこと、普通ないですよね?」

「ラクルーク君は物知りですね。その通り、ただ低いだけでこんな風に倒れません。確かにエルナの魔力は極端に低いのですが――それよりも、不安定さの方が問題なのです」

「不安定……? あ、もしかして上下するんですか?」

「はい。そういうことです」


 魔力が高くなったり、低くなったりする。

 ……そんな人がいるんだろうか。これまでの転生の中でも聞いたことがない。

 首を傾げる僕に、フィンリッドさんが詳しく説明をしてくれる。


「例えば、エルナくらいの年齢の平均魔力を10としましょう。その場合エルナの魔力は3程度です」

「……それは少ないですね」


 他の人の3分の1もない。これはかなり低い方だろう。

 ちなみに僕はその基準だと10……いや9か。8くらいかも。もう少し欲しかった。これくらいなら訓練で取り戻せる範囲だけど。

 魔力はいつもあまり鍛えていなくて、だいたい記憶が戻ったあとに鍛えることになる。今回もそうしないといけないようだ。


 フィンリッドさんが手を伸ばし、そっとエルナの額に手を当てた。


「エルナは魔力3を基準に、日によって――あるいは時間によって上下します。高い時で5でしょう」

「今日、今はどれくらいですか?」

「今は――倒れるほどの時は、1でしょうね」

「…………」

「魔力が上がっている時はまだいいのですが、極端に下がる時は危険です。今回のように、突然倒れてしまいます」

「なるほど……」


 例えば、魔法を使いすぎて魔力が尽きてしまった場合――人は身体に力が入らなくなり、倒れてしまう。それと似たようなものかもしれない。

 エルナの場合その最大値が下がるのだ。もっときついはず。


「魔力が低い時は無理するなと、普段から言っているんですけどね。今日は新しい冒険者が宿舎に入るから張り切っていたのかもしれません」

「それは……なんか、複雑です」

「ふふ、あなたが悪いわけではありませんよ。気にしてはいけません」


 確かにそうなのだけど、無理をさせてしまったようで申し訳ない。


「それにしても、なんで魔力が不安定なんですか? 本当に体質というだけなんですか?」

「さっきはそう言いましたが……実は、わかっていません。何人か名のある魔法使いに診てもらったのですが、皆、首を傾げるばかりで」

「そんな……」


 僕はエルナの顔を見る。だいぶ顔色が良くなってきた気がするけど、悪い夢でも見ているのか険しい顔をしている。


「ラクルーク君。エルナの魔力のことは他言無用でお願いします。ギルド内でもこのことを知っているのはごく僅かです」

「わかりました……って、えぇ!? そうなんですか? じゃあどうして僕に話したんです?」


 これはエルナの個人的な秘密だ。倒れるところを目撃したからって、ここまで説明する必要はなかったはず。ただの体調不良だと言われたら納得するしかなかったし。

 僕が驚いていると、フィンリッドさんは顎に手を当て、


「そうですね……私の長年の勘でしょうか」

「……勘?」

「あなたは若いですが、どこか雰囲気があります。まるで多くの経験を重ねた冒険者のような。だからでしょうか、話しておいた方がいい、そう思ったのです」

「――――!」


 ――驚いた。40回の転生に気付いたわけではないだろうに。


(あっ……)


 フィンリッドさんはじっと僕のことを見ていた。顔だけじゃない、全体をだ。

 きっと今の反応もしっかり見られてしまった。


「か、買い被りですよ。僕はプレン村っていう田舎から出てきた、新人冒険者です」

「あら、プレン村ですか。あそこはのどかでいい所です。強い魔物も少ないですし」

「え、えぇ。そうですね」


 フィンリッドさんが柔らかい笑みを浮かべてくれて、緊張が解ける。

 誤魔化せて……ないだろうな。この人、本当に油断ならない。


「さて、私はそろそろ仕事に戻らなければなりません。ラクルーク君」

「あ、ラックで構いません。みんなそう呼ぶので」

「わかりました、ラック君。エルナは幼い頃に母親を亡くし、父親も行方不明。彼女の母親と親交のあった私を頼って、ここに来ました」

「なっ――――」

「しかも生まれ育ったのは遠い異国の地。こちらには歳の近い友人が少ない。ですので、是非仲良くしてあげてくださいね」

「は……はい」


 突然告げられたエルナの身の上に絶句してしまったけど、なんとか返事をする。


「え……ていうか……あの……そんなことまで話してよかったんですか?」


 そんなさらっと話すようなことじゃないぞ――?

 かなりプライベートな話だ。ぶっちゃけさっきの話以上に困惑している。


「ふふ、さっきと同じ勘ですよ。――ラック君、もう少しエルナの様子を見ていてもらえますか? もし容態が悪くなるようなら、すぐにカウンターの誰かに声をかけてください」

「は、はぁ。そうですね、まだ放っておけないですよね」

「ええ。……ああ、それからもう一つ」

「っ、なんでしょう?」


 部屋を出て行こうとしたフィンリッドさんが途中で振り返った。ドキリとする。また鋭い質問が飛んでくるかも。

 僕が身構えていると彼女はクスリと笑い、


「寝ているからって、変なことしたらいけませんよ。クビでは済みませんからね」

「――!? し、しませんよ!」

「信じています。では、よろしくお願いします」


 そう言って笑いながら、今度こそフィンリッドさんは部屋を後にする。


 変なこと? そんなことしたら文字通り首が飛ぶ。

 僕は無意識に自分の首をさすっていた。


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