3「ヒーラー、セトリア・セブナ」


「――え? 終わってないって……なにがです? セトリアさん」


 僕らが受けた依頼は間違いなく完了している。ゴーレムが回収しきれなかった素材も集めきった。やり残したことはない。

 それなのにセトリアさんは、まだ終わっていないという。


「私の用事が終わっていないの。はぁ……なんでこうもイレギュラーなことが起こるのよ。だいたい、2人だけにしてって言ったのに。ハンドのやつ、覚えておきなさいよ」


 なにを言っているのかわからないが、とりあえず『ハンド』というのはギルドの男職員の名前だ。


(2人だけにして――?)


 そう言ったセトリアさんは、じっと僕のことを睨んでいる。

 まさか彼女は、僕になにか用事があるんだろうか。いまの言葉から察するに、依頼で僕と組めるようハンドさんに頼んだようだし。


 ――いや、なんで?

 思わず僕が首を傾げてしまうと、セトリアさんはますます鋭い目つきになった。さっきやらかしたゴルタに向けた視線以上に冷たい目だ。


「ラック、あなた……あんたは、なんなのよ!」

「え……。なんなの? って、突然言われても」


 僕は混乱する。なんのことを言ってるんだ? 心当たりがなさすぎる。

 そもそも今日までセトリアさんのことを知らなかったんだ、なにかあるわけがない。

 それでもそんな風に言うとしたら――。


(――ハッ! まさか、転生のことに気付いている?)


 なんなのって、何者なの、って意味か?

 転生のことがバレているならその聞き方もわかる。わかるけど、


(いやいやいやそんなわけないって――!)


 バレるような行動、言動はなに一つしていない。強いて言えばケンツの前で高等魔法のスカーレット・ファイアを使ったくらいだけど、それが彼女に伝わったとは考えにくい。


「ラック師匠。セトリアさんになにしたかわからないっすけど、ちゃんと謝った方がいいっすよ……?」


 ゴルタが寝転がったままそんなことを言う。


「僕がなにかしたように見えるの? セトリアさんとは今日が初対面だぞ?」


 それだけは間違いない。僕がなにかしたはずがないんだ。


「じゃあなんであんなに師匠のこと睨んでるっすか。ちょう恐いっすよ!」

「わ、わからないよ……ていうか師匠って呼ぶなって。特に今は余計な誤解をされかねない」


 まぁそのことは突っ込んでこなさそうだけど。

 でも本当に睨まれる理由がわからない。ゴルタも不思議そうに首を傾げながら体を起こした。僕ら二人は説明を求めるようにして、セトリアさんを見る。


「……鈍い男ね」

「すみません」

「やっぱりなにかしたっすか?」

「ゴルタ、ややこしくなるから黙ってて」

「そうね、黙ってなさい。邪魔なんだから」

「ひぐっ!」


 かわいそうに、ゴルタは悲鳴を上げて僕の足にしがみついた。ああでもこれは邪魔かも。

 そんなゴルタには目もくれず、セトリアさんは僕を睨み続ける。


「私がする話は一つ。それ以外のことをあんたと話すわけないでしょ。覚えておきなさい」

「はぁ……そうですか。よくわからないけど、ではその一つってなんの話でしょうか」

「決まってるでしょ!」


 僕の中では決まってないんですけど……。思わずため息が出そうになるのをなんとか堪えた。

 セトリアさんは拳を強く握り、今にも襲いかかってきそうな、恐ろしい魔物のような形相になる。ゴルタは頭を抱えて震え出した。

 しかし僕はというと、困惑はするけど怯えてはいなかった。むしろちょっと冷静になってきた。だって心当たりがまったくないし。どうせただの誤解だろう。

 40回も転生してるんだ、これくらいで動じる僕じゃない。


 セトリアさんは大きく息を吸い、叫ぶ。ようやく説明してくれるのか――



「あんた! エルナのなんなのよぉぉ!!」



「――――エルナの!?」


 予想外の人物名が出てきた。僕は思わず後ずさり、ゴルタを蹴飛ばしそうになった。

 さっきまでの余裕は完全に消し飛び、彼女の顔から言い表せない恐怖を感じた。自分のことならともかく、こういうのは僕の40回の転生なんて役に立たない。動じまくりだ。

 ていうかなんでここでエルナが出てくる?

 激昂したセトリアさんが大声で続ける。


「知ってるのよ! あんたがエルナと仲良いって! しかもギルドに入ってすぐに仲良くなったんでしょ? なんで、どうしてそんなことになるのよ!」

「な、なんでって言われても。そんなの、エルナが……」


 頭の中で、エルナと出会った時のことが思い起こされる。だけどそれをこの場で話すわけにはいかない。僕が言いよどんでいると、


「あんた、知ってるんでしょう? あの子の『不安定な魔力』のこと!」

「えっ……な、なんでセトリアさんがそれを―――あ、待った! いま話すのはマズイですよ!」

「なんっすか、エルナさんの魔力がどうかしたっすか?」


 いつの間にか顔を上げているゴルタ。こういう時は聞き逃してくれよ。

 しかしこれは面倒なことになった。セトリアさんが『そのこと』を知っているのに驚いたし、詳しく聞きたい。でも今はゴルタがいる。ここでその話をするわけにはいかない。


「別に構わないわ。もう私は待てないのよ。……そこの新人、これから話すことは絶対に誰にも話したらだめよ。もし話したら……わかってるわね?」

「ああ、そうするのか……。ゴルタ、わかってるな?」

「ひぇぇ!? わ、わかりました! 師匠の言うことは絶対っす! セトリアさん、約束するっす。誰にも言わないっす」


 ゴルタはこういえば絶対に誰にも言わない。そこは安心していいだろう。……だけどゴルタが知ることには変わりないんだよな。本当にいいのか?

 やっぱり不安になったけど、もう遅い。セトリアさんからは逃げられない。


「さあラック。あんたとエルナが出会った時のこと、全部、話してもらうわよ」

「……あの、この状況、やっぱり意味不明なんですけど……」

「いいから話しなさい。ちなみに隠しても無駄よ。おおかたの予想はついてるから。倒れたんでしょう? あの子」

「っ……!」

「エルナさんがっすか? いつも元気じゃないっすか。もしかしてどこか悪いっすか?」

「新人は黙ってなさい。……ほら、早く。話しなさいラック」

「……そっか、エルナの魔力のこと知ってるなら、倒れることも当然知ってますよね。わかりました、お話しします。――でもそうなると、内容はセトリアさんが思っている通りですよ」


 そう、セトリアさんの予想は当たっている。

 僕がエルナと出会った時、彼女は突然倒れたのだ――。


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